4話
亜久路が能力を使い衝撃を消し去った。
その事実に目を見開く二人に、当の本人は何時もの胡散臭い笑みで何でも無いかの様に肩を払うのみ。
「危ない、危ない。もう少しでやられちゃう所だった、まぁさっき強烈なの一発貰ってるんだけどね。」
それどころか軽口で肩を竦める姿に気負いや危険性を感じている様子は無い。
「亜久路さん、」
「ん、何だい?シーズン君。あまりの格好良さに感動しているのかい?」
「本当に戦えたんですね。」
「酷くない!?言ったでしょ戦えるって、そんなに叔父さんの言葉信用ならなかったかな!?」
信用ならなかった訳ではないが、ここまで見てきたどうにも胡散臭い姿に事実かどうか疑ってしまったと伝えると、亜久路は肩を落とし項垂れる。
「日頃の行い、か。そりゃどうしようもないかも。」
「自覚はあるんですか」
それに対してアハハと乾いた笑いで答えを濁した亜久路は、自分の分が悪いと感じたのか早々に話を切り上げ詩音に向き直る。
「さて、そんな事よりお嬢さん。見ての通り君の能力は俺には効かない、ここいらで引いてくれると助かるんだけどね?」
その亜久路の提案に詩音は、一切の思考の時間を掛けずに警戒を強めた様に睨み付けながら切り捨てる。
「冗談。これだけコケにされてハイそうですかって帰れる訳が無いでしょうが。」
「そりゃそうだよね。・・・だから叔父さん、予言をしようと思います。」
「は?」
「え?」
突然の宣言に呆けた顔をする二人に構わず、亜久路は左腕の時計を確認しだした。
「今から、おっと、3、2、1、」
ブルブル、ブルブル
振動音が狭い路地裏に響く。
「!?」
その音の出処は詩音の右腰の辺りからしているようで。
詩音はそれに驚いたものの直ぐに携帯の着信だと気付き、亜久路を睨みながら電話に出た。
「はい、こちら詩音で-------------」
『おいっ!!詩音っ!!!』
「んにぃっ!?」
あまりの大声にワタワタと携帯を取り落としそうになる詩音は、突然の大声に驚いてなのか、はたまた先程の声を聞かれたからなのか顔を赤くしている。
「葦際先輩、そんな大声出してどうしたんですか?今ちょっと取り込み中なんですけど」
『んな事言ってる場合か!何回連絡入れたと思ってんだ、此方優先だよ!直ぐ戻って来い!』
「え、あのちょ、待っ、」
ブツッ、ツー、ツー
詩音の話を聞かず、電話の相手は怒涛の勢いで捲し立てて直ぐに通話を切ってしまう。
先輩と言っていたから上司か、それに準ずる人かいずれにしても詩音が敬語を使っていたことから頭が上がらない相手という事が分かる。
しかも、あれだけの大声で話をしていれば当然、周りにも内容が聞こえている訳で、
「・・・・・。」
「あ、叔父さん達のことは気にしないで帰っていいよ。」
「〜〜〜〜五月蝿いわねっ!分かってるわよ、そんな事っ!!」
気不味い沈黙を破った亜久路に怒りを爆発させるように叫んで、路地裏の出口へと駆け出す詩音。
その背中は見る見るうちに遠ざかり、路地裏の角に消えて行った。
「はい、さよなら!」
全速力で駆けていく詩音に何時も通りの気の抜けた声かけをする亜久路、あまりの状況の変化について行けず鼓動は唖然と少女のその背中を見送った。
「じゃあ、シーズン君。叔父さん達も帰ろっか?」
「・・・・・はい。」
ビュービューと何時も通りの強い風が体に吹きかかる。
路地裏の入り組んだ建物の最上階にポツンと唯一人、眼下の騒ぎに目を向ける。
「・・・・・変なの。全く能力を制御出来ていない。」
能力は目覚めた瞬間にある程度使い方が分かる物だ。
自分の時もそうだったし、きっとあの少女やあの男もきっとそう。
なのに-------------
その小柄な少女はチラリと未だ呆けた顔をした青年を見て、それとは別に不可思議に感じた疑問を確認する様に声に出す。
「あの時に感じた力は間違い無く行間系の物だった。私と同じ、変えるタイプの能力。・・・の筈。じゃあ能力が使えなくなったのは何故?」
ブツブツと、疑問に思った事を口に出す。
昔からの何かを考える時の癖だった。
それをすると何かに書いたり、するよりもずっと頭に入って来る気がする。
然し、それをやっても分からない事が分かる様になる訳では無い訳で、結局その思考を断念した。
元来自分は頭脳労働には向いていないのだ。
そう言い訳を誰にするでも無く溢し、この場を去る男達を見送る。
その時、一際強い風が吹いて被っていたフードが外れ、遮られていた眩しい陽射しが顔に直接当たる。
黒髪の短髪が風に揺れ眩しい陽射しを遮る様に右手を目の上に当てた。
突然の出来事に恨みがましそうに虚空をその水色の瞳で睨み付け、その無駄な行動に溜息をついた。
「・・・・・帰ろう。」
「アッハッハ〜、いや〜今日は本当に色んな事があったねぇ。主に物騒な事が。」
「分かってるならそんな事に首突っ込ませないでくださいよ!!」
あの後無事に帰って来た事務所で呑気にそう言った亜久路さんに突っ込むが、本人は悪戯を成功させた子供の様に笑っている。
「でも実際説明するよりも早く理解出来たでしょ?」
「何回か死にかけたけどね!?」
鼓動の必死のツッコミも亜久路には暖簾に腕押しで全く気にしている様子が無い。
その事に項垂れて頭を抱える鼓動に軽く謝罪をし肩を叩く。
「まぁまぁ。遅かれ早かれ危険な目に合うのは決まってるんだからさ、それなら早い内に色々と経験したり知識を蓄える事も大事だからね。」
「そんな、・・・・・ん?遅かれ早かれ?」
「あれ?シーズン君忘れたの?君外の世界で死にかけたばっかりじゃない。」
その言葉で蘇るあの時の記憶。
武器を持った柏木に斬られた痛み、死の危険が近づいて来る恐怖。
そうだった、俺はもうのうのうと安全に生きていた時とは違って命の危険がある立場にあるんだ。
そう自覚した途端ジクジクと痛みを訴え出す身体に思わず傷のあった部位を撫でる。
そこにはもう傷は無いのに、忘れていた、忘れようとしていた物が一気に溢れて来る。
「そう、ですよね。俺死にかけたんですよね。」
「うん。これから先、あの少女は確実に君を狙うだろう。その時に何かしらの自衛手段が無ければ前と一緒の結末に成る、叔父さんがまた運良く駆けつけられるとも限らないからね。」
確かにその通りだ。
あの時みたいな奇跡が二度起こるとは限らない、あくまであの時はただ運が良かっただけで、今のままじゃ次が無いのは目に見えている。
「幸い、今日その目処は少しだけど経った。シーズン君も無事に能力に覚醒めた事だし、暫くはそれを使い熟す練習なんかもしなくちゃいけないしね。」
俺の能力。
あの時に確かに発動した俺の力、意味の分からないコマ送りの様な現象。
これから先、自分が辿る道筋を垣間見た。
間違い無い、その時俺は確かに未来を見た。
それが俺の能力・・・・・?
「そうそう、シーズン君。今日泊まって行きなよ、明日も色々と忙しいさ。」