21話
平日の昼間、裏世界から未だに帰れていない鼓動は、帰る手掛かりを探して今日も裏世界内を彷徨っていた。
今歩いているのは栄、以前とある能力者に襲われた苦い記憶の場所である。
行き交う人々の間を肩を落として歩く鼓動だが、それには理由がある。
数日前、表の世界に帰ろうとした鼓動だったが本来機能する筈の入り口を通れなかったのだ。
それから亜久路に教えてもらった入り口を全て試したが、敢え無く全滅。
最早望みは無かった。
平日の真っ昼間に大きく溜息が出るのも無理もない事だろう、今は通行人に鼓動の様子を見てあからさまに怪訝な顔をされるのにも気になら無いのだ。
これからの事を考えていた鼓動だが、その思考は直ぐに打ち切られた。
右腕の袖を軽く引かれたからだ。
そちらに目を遣るとこの数日で見慣れた少女が興味津々といった表情でビル下にあるケバブ屋を指差していた。
今にも涎を垂らしそうな少女に鼓動は-------
モグモグと幸せそうに口いっぱい詰め込む少女にゆっくり食べるように注意して、どうしてこう成ったのか考える。
数日前、はれて志球磨と同じく手配書の出回るお尋ね者に成った鼓動だったが、予測していたような賞金目当ての襲撃者に出くわす事は無かった。
それどころか、遠目に此方を伺いそそくさと何処かへと去って行かれる事が多かった。
そんな様子に何処か不安なものを感じはしたが、実害が出ていないので気にしてもしょうがないと無視を決め込んだ。
のは良かったが、その現状を見た亜久路さんに、「暫くは大丈夫そうだね〜、じゃあこの娘宜しく。オジサンはこれから大人のお遊戯の時間だから〜!!」と、すっかりこの少女を任せられてしまった。
これからどうすれば良いのか、先の事を考えると頭が痛いが今はどうしようも無い。
色々と知っていそうな志球磨は姿を見ないし、もうお手上げだ。
憂鬱な気持ちから再び溜息をつきそうな時、また袖を引かれた。
「こどう、こどう。あれ〜。」
見てみれば、少女が何かを指さして一生懸命にアピールしている。
初めてあった時から妙に懐いていたこの少女は、拙いながらも鼓動限定で話し掛けるのだ。
ここ数日で唯一の成果といえば、この少女が心を開いたという事だろうか。
そんな少女に返事をしながら、その小さな指が指し示す方を見ると、
其処には酒瓶を片手に仰向けで倒れる女性の姿があった。
「・・・・ッ!・・・・っ!?」
思いもよらな過ぎる光景に鼓動が動揺して固まるのとは別に、少女は女性に近寄り指で突つき始めた。
その行動を見て鼓動は直ぐ様少女を倒れた女性から引き離す。
「こ、こら!駄目でしょ、行き成り怪しい人に話し掛けちゃいけません。危ない人だったらどうするの!?」
「?」
自分自身、混乱から何を言っているのか分からなくなりながら、鼓動は必死に思考を回す。
こういう時はどうすればいいんだ?
救急車?いや警察か?でもこの裏世界って警察いるのか?
「と、と、兎に角、だ、誰かに助けを-------」
その時、突然右足首に強烈な圧迫感を覚え、鼓動は錆び付いた機械のような動きで右足を確かめると、右足首を鷲掴む手が。
この状況でそんな事をするのは一人しかいない訳で-------
鼓動は今度こそ後ろを振り返ると、
「み、水をクレェ・・・・ッ!!」
鬼気迫る形相を浮かべた女性が、鼓動に襲いかからんばかりに迫ってきた。
「ギヤャァァァァァァァァァァァァ!!??」
「・・・ッ・ッ・・・・ンクッ、プハァ!!生き返る〜!やっぱり二日酔いには水を飲まないと駄目。」
豪快にペットボトルを凹ませながら水を飲み切った女性、名前は芝崎愛花というらしい。は先程までの形相が嘘のような美しい顔で笑う。
正直、あの姿を見なければ見惚れていたのだろうが、生憎とあの形相が目に焼き付いて離れないので見惚れる事は無かったが。
それよりも。
チラリと後ろに目を向ければ少女が心底怯えたようにしがみつく。
力いっぱい鼓動の服を握り締めて離さない姿は、命の危機にひんした小動物そのもので見てていっそ哀れにすら感じるほど。
どうやらあの顔を見てしまったようで、トラウマになったのではと戦々恐々としてしまう。
「水ありがとう。あ~、危うく二日酔いで人様に見せられない事に成る所だった。そんな所見られたらもう、その人を潰すしか無いので余計な手間が省けて本当に助かっちゃった。・・・・もう出す寸前だったし。」
「・・・・・・・・」
危ねぇぇ!!??後少し遅かったら俺潰されてたの!?何この人、危険人物じゃん!警察は何やってんだ!
春夏秋冬鼓動
《100万円の賞金首》
「じゃ、じゃあ。もう大丈夫そうなので俺達はこれで・・・・・・・・」
「ちょっと待って。」
そそくさと逃げようとしたのに、速攻で肩を掴まれてしまった。
物凄い力で肩が悲鳴を上げ始める。
鼓動よりも頭一つ分小さい身長の小柄な見た目からは、想像もつかない様な半端ではない握力。
一体何処にそんな力があったのか、冷や汗が止まらなくなる鼓動とは対象的に涼し気な満面の笑みな所に強い恐怖を感じる。
「ここであったのもなにかの縁だし、折角だから私に付き合わせてあげます。」
「い、い、痛い痛い!?もげるっ、肩がもげるっ!?」
上から目線なその物言いより、万力のような肩にしか意識が行かない。
ガタガタブルブル、と俺の悲鳴で少女が震えだすのを感じながらも、物凄い力で掴まれている為一向に逃げ出せない。
此方が悶え苦しんでいるのにも芝崎はどこ吹く風で開いている手を頬に当てながら如何にも困ってますといった表情で話し出す。
「ちょうど人が必要だったんですよね〜。こんな所で手頃な人材と出会えるなんて、やっぱり大事なのはお酒の縁♪」
唯一人上機嫌に鼻歌でも歌いそうな様子で、芝崎愛花は鼓動の腕を掴み引き摺りながら歩き出す。
ここまでの言動が全て強引で何一つ頷いていないのに、トントン拍子で何かが決まって行く。
「ちょっ、一体何を・・・・」
「ちょうど今日は任務があって誰かの手を借りたかったんですよね〜。でも昨日少〜しだけ飲み過ぎちゃって、相方を頼むのを忘れちゃって困ってたんですよ、・・・・だから、暫く手を借りますね。」
「そんな急な・・・・」
決定事項のように言い切る芝崎に、流石に鼓動も苦言を呈する。
見ず知らずの人に水を分け与えるのとは訳が違う、この数日で裏世界の危険を嫌というほど理解した鼓動は頑として拒否をする所蔵だ。
「え?・・・・手伝ってくれないんですか?」
そんな鼓動の反論に帰ってきたのは、能面の様な無表情。
其処には先程までの満面の笑みも、機嫌の良さそうな顔も、二日酔いで引き攣っていた表情も何一つ無いまっさらな顔があった。
その芝崎の顔を見て、あら奇麗なお顔、お人形さんみたい。
なんて現実逃避をした、が・・・・
結局、春夏秋冬鼓動にその用事を断る事は出来なかった。
嗚呼、頭痛い。
平日の真っ昼間から俯せで地面とハグを決めて、裏世界の栄で良く見られる駄目人間の一人になるのは、裏世界にある二大組織の片翼、【アーク】の幹部を務める私、芝崎愛花だ。
何故このような女を捨てた状態に成っているのか、理由は簡単だ。
昨日少〜しだけ羽目を外して呑み歩いたのだ。
3件目で飲み友達と再会し、ハシャイだところまでは覚えているのだけれど、それ以降の記憶は一切無い。
こんな状態を葦際先輩に見つかってしまえばお説教は免れ無いだろうな、なんて現実逃避をしながら徐々に意識が微睡みの中から覚めるのを感じる。
もう少しで覚める、そうしたら身体を起こさなければ、なんてぼんやりと考えながら急激に主張しだす頭痛に顔を引き攣らせた。
さっきまで気に成らなかった痛みが、段々と無視出来ないものに変わって行く。
あ、やば、これ、痛いっ、痛い痛い!?
どうやら本当に飲み過ぎたようで、今日の痛みは何時もの比ではない。
不味い、く、薬、そうで無くともせめて水、水を・・・・
その時不意に近づく気配が有るのに気がついた。
痛みで朦朧とする意識でその気配、どうやら子供らしい、が自分を突つくのを感じながら、子供がいるなら一緒にいる大人が助けてくれないかとか細い願望を考えていたら、思惑通りに直ぐにそれは来た。
直ぐ近くで自分から子供を慌てて離しながら、背を向ける姿、どうやら男のようだ、に向けてこの機を逃すかと体を起こし話し掛ける。
「み、水をクレェ・・・・ッ!!」
足首を掴んだのが悪かったのか、初対面なのに男には叫び声を挙げられてしまった。
こんな美少女を捕まえて何を言うか、いや掴まえているのは私なのだけれど。
それから紆余曲折あり、そこら辺の自販機で買った水を見ず知らずの男から受け取りくいっと呷る。
水の冷たさが心地良く、頭のモヤモヤとした気持ちの悪いものが軽く引くように薄れるのが分かる。
少々端なく豪快に飲んでしまったが、まぁもっと端ない地面とのハグを見られているので今更だと考えながら、取り敢えず恩人と自己紹介をする。
如何に私といえど恩人に名を名乗らぬほど落ちぶれてはいないのだ。
何なら後日菓子折りを持ってお礼を言いに行くまである。
面倒臭くて多分やらないかもしれないが、今はそんな気持ちということだ。
そんな下らない事を頭に浮かべながら、チワワのように震えてしがみつく少女を後ろに隠した男、春夏秋冬鼓動というらしい、に一抹の違和感を覚える。
会った事は無い筈なのに何処か既視感があったのだ、具体的に言えばごく最近。
その特殊な名前を何処かで聞いたような・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・あ。
違和感につられて少し考えれば、その答えは直ぐに出た。
そういえば、昨日の昼間に会議に出た際にその名前を聞いたんだった。
春夏秋冬鼓動。
裏世界でもまあまあ珍しい100万円の賞金首で、ここ数日で随分とヤンチャしたらしい謎の男。
(でも・・・・この人が、ねえ?)
手配書の説明欄には色々と書いてあったが、一番に目についたのは、【怪物】西条嘉邦と戦ったという事。
西条といえば私の所属する【アーク】と敵対する【空欄】のボス。
その実力は折り紙付きの正しく【怪物】。
裏世界に5万といるアウトロー達すら恐れる恐怖そのもの。
この男はそんな相手と戦い生き残ったのだという。
鵜呑みにするならばとんでも無い事だが、眼の前の鼓動を見てもとてもそんな風には見えない。
見た所、肉体的には平凡であり、頭の回転が速いタイプのようにも見えない。
明らかにあの西条に出会って生還出来るとは思えない。
だとしたら強力な能力を持っている?
思いつく先はそれしか無いだろう、この裏世界の最も特異な部分、それがあれば或いは絶体絶命の状況すらもひっくり返せるかもしれない物--------------
とても気になるがバカ正直に聞いて答えてくれる訳が無い。
何か良い手は無いものか?
悩んだ末に思い出したのは自分のこれからの予定の事。
あ、いい事思い付いちゃった♪
裏世界、栄某所
路地裏の薄暗いジメジメとした空間に、場違いなアクビ混じりの声が響く。
それは鈴の音が鳴るような可憐な音で、声の主が此処では場違いな女性である事を示している。
声の主、芝崎愛花は飽く迄もマイペースに路地裏を歩き続ける。
その歩幅に乱れは無く、路地裏を歩く事の危機感は抱いていないようだった。
一方、芝崎とは違い歩幅だけでなく色々乱れまくりの同行者、春夏秋冬鼓動とその少女はおっかなびっくりといった様子で、芝崎の後に続く。
暫く歩いて漸く到着したのか、歩みを止めて鼓動達に振り返る。
「到〜着。じゃ、さっさと任務終わらせて帰りましょうか。」
「いやいや、待って、ちょっと待って!?」
「?・・・何ですか?何か問題でも?」
鼓動の静止の声に不思議そうな顔で小首を傾げる芝崎。
何気ない仕草も実に絵になっていて大変可愛らしい、小柄な体格と合わせて小動物のようだ。
「問題だらけでしょ。結局俺、何も聞かされないままこんな所に連れて来られただけなんですけど。何なんですか。任務って、此方には子供もいるんですから冗談も程々にして下さいよ。」
鼓動の言葉に素早く何度も頷く少女の姿を見て、忘れてたとばかりに、あ、と声を漏らす。
「確かにこの先は少し危険ですからね。貴方は兎も角、この娘には無理かもですね。」
顎に手を当てて考えるように唸り出す芝崎に光明が見えた。俺は兎も角ってのが気になるけど、此処は畳み掛けて帰る口実を作る。
「そうだろ?だから・・・・」
「じゃ、良い子でお家で待ってて下さいね〜!」
それは余りに一瞬の事で、鼓動はそれに反応することすら出来なかった。
芝崎がスキンシップを図るように少女の前にしゃがみ込み、気楽な様子でその手に触れた。
唯それだけのはずなのに、次の瞬間には少女の姿は何処にも無くなっていた。
「・・・・・・・・は?」
まるでコマ送りの映像の中から外されたように、今いたコマの次のコマには跡形も無く、少女がいたという痕跡すらも無くなっていた。
突然の事にフリーズしていた脳がその現象を理解した瞬間、全身からブワッと冷や汗が溢れて来る。
いとも簡単に行われた謎の現象、明らかな異常。
そんな事が出来るのは唯一つ。
「ギ、【能力】・・・・、」
任務等という明らかに普通じゃない言葉を呟いていた事から能力者だという事は薄々分かっていたが、それを人に行使するのに微塵の躊躇いも起こさないなんて、いや、それよりも-------
「彼女を何処にやった!?」
突然いなくなった少女の姿を探して辺りを見渡すが、その影も形も有りはしない。
必然、少女を消した本人である芝崎に鼓動は詰め寄る。
「アハッ、な~んだ。そんな顔も出来るんですね?さっきまでの腑抜けた顔より、そっちの方が良いですよ。男らしく見えます。」
「巫山戯ている場合じゃないだろっ、何処にやったんだ!?」
必死の形相で迫る鼓動に、芝崎は至って冷静で落ち着くように促した。
然し鼓動がそれで納得するはずも無い。
「落ち着いてくださいよ、別に傷つけたりした訳では無いですから。」
「その言葉を信じると思うのか?」
鼓動と芝崎は本日出会ったばかり、信頼関係もなければ、お互いの事を良く知りもしないのだ、しかも此処に着いてきたのは鼓動の本意ではない。
そんな状態での突然の行動だ、少女の命もかかっているこの状況で鼓動が引く事は有り得なかった。
(クソッ、俺がもっと気を付けていれば・・・・)
内心でどれだけ悔やんでも仕方無いのは分かっているが、それでもそう思わずにはいられない。
ふ〜ん、意外と食って掛かるんですね、さっき迄はオロオロと情けない様子だったのに。
そんなにあの女の子の事が大事だったのかな?
芝崎愛花の予想では、少女がいなくなった事に狼狽え、動揺する鼓動を相手に話を有利に進めるつもりだった。
なので鼓動のこの反応は思っていた物とは違い予想外の物だったが、これはこれで少女の存在というアドバンテージは此方が持っている。
話を有利に進められるのには変わりは無い。
「落ち着い下さいよ。何もあの子を傷付けたりした訳じゃ無いんですから。」
「証拠が無いだろ。」
芝崎の静止に頑として食って掛かる鼓動は最大限の警戒をし、此方の一挙手一投足を見逃さないように数歩距離を取った。
即その行動に移った鼓動を意外と冷静だと評価する。
「でも、傷付けた証拠も無いじゃないですか?それって言い掛かりですよー?」
白々しくしらを切ると明らかに苛立った様子を見せたが、直ぐに言葉を飲み込み深く息を吐く。
感情のままに話すとロクな事がないですし。
「能力を使ったのは事実だろ。」
「アハッ♪そこを疲れると痛いですね。・・・・確かに確かに、今ここにある事実は私があの女の子に能力を発動した、っていうそれだけですね。」
「だったら、・・・・・・・・」
まあ、それを言われるとキツイですね。
だって事実だし。
それに貴方に私の任務に付き合う義理も無いですから。
言い分は正しいですよ?それが貴方一人なら、ですけど。
「でも。・・・・だからといって貴方に今出来ることなんて何も無いの、分かりますよね?」
「・・・・ッ!」
「あの子がどうなっているか分からない以上、貴方は私の言う事を聞くしか無いんですから。」
これがある以上貴方は私に逆らえない。
「っ・・・!!それは、そうだけど。」
「どうします?帰ってもいいですよ?」
その時私がした表情はきっと、それはそれは満面の笑みだったのだろうと分かる程、鼓動の表情は苦々しい物でした。




