20話
「無様だな。堺。」
暗い視界の中で微睡むようなフワフワとした心地で彷徨っていた意識が、その声で急激に浮上した。
「・・・・ッ!?ガフッ、・・・・・フゥッ!?フッ、こ、此処は・・・・?」
壁に背を付けた体勢で激しく咳き込む。
意識が覚醒したと共に、忘れていた事を思い出させる様に身体中が痛みを訴える。
特に頭の痛みと不快感が凄まじい。
強烈な吐き気が襲ってくるが、それを飲み下し状況確認の為に顔を上げると直ぐ側に人が立っているのが分かった。
見覚えのある靴だ。
それを認識した瞬間、身体が僅かに震え出す。
不味い、、、、不味いっ、マズイ、マズイッッ!!??
差風音さんだっ、醜態を晒した、餓鬼を逃したっ、言い逃れ出来ない、
「っ、・・・・差、風音、さん、・・・。あの、申し訳-------」
「無様だな。本当に。餓鬼には逃げられ、追った先で無名の女に手も足も出ない。」
息が詰まる、咄嗟に言葉が出ずに、吐き出そうとする言葉と無意識に飲み込んだ息で上手く呼吸が出来ない。
それでも何とか言葉を紡いだ結果、平時とは比べ用もないような声になったが、今の堺にはそれを気にする余裕など無い。
「チャ、チャンスを・・・チャンスを下さいっ!もう一度、もう一度だけ・・次は失敗しませんっ!次はちゃんと熟してみせます、お願いしますっ!お願いしますっ・・・!!」
「五月蠅ぇよ、堺。・・・・・・よく聞け。」
差風音は懐から出した煙草に火をつけ、眼鏡の奥の鋭利な瞳を更に釣り上げる。
右手の指で煙草を挟むように持ち、左手に持ったライターを手の中で横に回すようにして弄ぶ。
差風音が苛立っている時の癖だ。
「二度目が完璧にこなせる奴、チャンス貰える奴ってのはな、最初から失敗なんてしねぇんだよ。次からちゃんとする?次は失敗しない?何処にそんな保証がある?既に失敗したお前に?誰がそれを信じる?・・・良いか、堺。次があると思ってる時点で片腹痛えんだよ!!」
差風音さんの脚が大きく振られ、その脚が俺の左の側頭部に迫る。
それは間違いなく一切の加減がされていないもので、下手をしたら重症は免れない。
堺はそれが差し迫る恐怖から目を瞑り、衝撃が来るのを待ったが、不可避であったそれが堺に訪れる事は無かった。
「・・・・ちょいちょいちょーい。あまりにも遅いから迎えに来てみれば、何で差風音さんが堺にとどめを刺そうとしてるのさ?」
「・・・・赤兎」
「それで?一体何があったんだい?」
夕暮那月が名も知れぬ少女を狙い襲いかかって来た男を倒して直ぐ、現場に駆けつけた亜久路の進めで鼓動達は再び亜久路が拠点にする事務所に帰って来ていた。
「ん。鼓動が暗がりで幼女を体の上に乗せているところを目撃した男が幼女を奪おうとして来て、驚いた鼓動が見知らぬ幼女を抱えたまま逃げたけど能力を使ってきたから撃退した。」
その那月さんの説明に事務所内の時間が止まったような錯覚に陥る。
亜久路さんは疎か偶々事務所にいた柚田澄春ですら、何時ものニコニコとした表情のまま固まって動く様子がない。
事実をただ並べただけなのだが、それを傍から聞いた鼓動自身も冷や汗が止まらない。
初っ端から混沌とした雰囲気の中、状況を理解していない那月は皆の不可解な反応に首を傾げている。
「何それ最初っからクライマックスじゃん・・・・」
ポツリと、何とか亜久路さんが絞り出した言葉を皮切りに皆の時間が動き出す。
「夕暮さん、言い方ぁ!!??」
真っ先に誤解を解こうと鼓動が声を上げるが、後ろから伸びてきた腕がそれを遮った。
よく見ると其処には何か写真のようなものが握られている。
ゆっくりと後ろを振り向けば何時の間に入ってきていたのか、志球磨が悪戯をする悪ガキのような表情をして立っている。
それに嫌な予感が走ったが、止める間もなく志球磨はその写真をバラ撒いた。
「因みにこれがその時の証拠写真だ。」
其処にはあの暗がりの階段で少女が馬乗りになった事故の瞬間がクッキリと写っていた。
そういえばあの時確かにこの男は写真を撮っていた。
「志球磨さん!?どっから湧いて出た!?貴方は死んだはずじゃ!?」
「死んでない死んでない。見捨てられてちょっと死にかけただけだ。というか、何故見捨てた?あの状況なら普通助けるくね?会って数日とはいえ知り合いを見捨てるかね普通?」
「うわぁ、シーズン君。これはもう決定的じゃないか・・・・・・」
「止めろぉ!そんな目で俺を見るなぁ!?」
「あれ?シーズン君。何でこっちに来て・・・・ムッ!?グッ!や、止めろ、入らない・・・入らないから!?」
バラ撒かれた写真を直ぐに掻き集め、志球磨さんの口に纏めて捩じ込む。
「・・・・証拠隠滅。」
その様子を見て那月さんが何事かをぼそっと呟くが鼓動は努めて無視をした。
今は何よりこの愉快犯をどうにかする事が大事だったから。
「というか、話を聞いた限り相手はロリコンを撃退しようとした通りすがりの善人なのではないっスか?」
「説明の仕方が状況をややこしくするっ!?」
三十路、指名手配、ドM、天然、というおかしな方向で個性的なメンツで唯一普通であった鼓動に、新たに【ロリコン】という属性が付与されるという混沌とした状況がそこにはあった。
「本当に違いますからっ!!」
「え〜?でもほら、もう【手配者リスト】にも追加されてるし。」
そう言ってスマホの画面を鼓動に突きつける。
其処には春夏秋冬鼓動の名前とともに、少女を抱えて走る鼓動の姿がある。
「なっ!?何だこれーーっ!!??」
黒い背景に金色の趣味の悪いレイアウトで写真の下にデカデカと100万円の文字が踊る。
「え?これ、俺どうなって・・・・えぇ!?100万円!?どういう事、・・・・」
「何だ?亜久路から聞いていないのか?これは【手配者リスト】。この裏世界に名の知れた者たちの首に掛けられた懸賞金を示すサイトだ。
運営しているのは【コロシアム】と名乗っているが、それが一人を指すのか、将又複数人なのかは不明。分かっているのはこのリストに乗っている人物を倒すとサイトに表示されている金額が手に入るという事だけ。」
何時もとは違い真剣に話す志球磨さんに気圧されながら話を聞くが、その説明に理解が追いつかない。
俺に懸賞金ぎ掛けられているなんて、それも100万円。
そんな事が現実にあるなんて、まるで想像がつかない。
「で、でも幾ら何でも早すぎますよっ!この写真だってついさっきの事ですよ。一体どうやって・・・・・・・・」
話をしながら、亜久路さんから受け取ったままの携帯の画面を食い入るように覗き込む。
本当にどうしてこんな事になってしまったのか、多大な後悔を抱えながら見ていると、写真の下に文字が書いてあるのが目に入る。
写真提供者:志球磨孔明
「貴方が犯人かっ!?」
「グホッ!ちょ、殴るな殴るな。そんなに慌てなくても提供した情報は盛って無いし本当の事しか伝えてないぞ?」
「言っとる事が問題なんだよ!!」
下にスクロールすれば説明の文が出てきた。
裏世界に来て数日で能力を使いこなし、とある【アーク】幹部と交戦、無傷で撃退。
【栄の狂犬】と戦い、傷を負いながらも撃退。
数日前の【蜃気楼】で【怪物】西条嘉邦とタイマンし生還。
以上の功績を持って懸賞金を此処に示す。
「・・・・確かに盛ってないね。言葉が足りない所は多々有るようだけれど。」
「何の事かな?この【考察班】の目を持ってしても何が言いたいのか、まるで分からんな!」
全員がの心が確信犯だろう、という言葉で一致した。
「でも、まさかこんなサイトを本気にするわけ無いですよね?見るからに怪しいし、本当にお金が払われるかも怪しいのに行動に移すなんてまさか。」
「いや、払われるよ?」
「え?」
「あ、そうだった。シーズン君、キャッチしてね。ッホイ。」
「わっ、とっとっと。・・・・スマホ?」
亜久路さんから投げられたのは何の変哲も無い白色のスマートフォン。
「どうしたんですか急に、スマホなんか投げて。」
亜久路さんの急な行動に首を傾げながら意図を聞く。
「これからはそれを使うと良い。今までスマホが使えなくて苦労しただろう?」
「え?」
「あれ?気づいてなかったのかい?最初に来た日に言っただろう、この世界では技術が進歩しないって。だから表世界から持ち込んだ物、主に機械類などは此処では使えないのさ。」
全然気が付かなかった。
思えばこの裏世界に来てからトラブルの連続で、亜久路さんに聞いた話など覚えておらず、今言われて初めて思い出した。
「でもそれじゃあ不便だ。特にその使い勝手を知っているのならば特に。」
「じゃあどうするのか?それがこの答え。それはさっき言った謎の組織、【コロシアム】が裏世界に来た能力者に配っているものでね、其処にある【手配者リスト】は勿論、それに登録されている口座に懸賞金が入るし、この世界では何処でもそのスマホで支払いもする事が出来る優れものなのさ。」
確かにそういえば志球磨さんとの待ち合わせの時に利用した喫茶店でも携帯で支払いをしていた。
その時は全く気にしていなかったけれども。
「え、じゃあこれから俺はこの懸賞金目当てで狙われる可能性があるって事ですか?」
「100万円なんて金額中々無いし、殺到するだろうね。いや〜モテモテで羨ましいなあ、アッハッハッ。」
誤魔化すように大きく笑う亜久路さんに頬が引き攣る。
「笑い事じゃないですよっ!俺これからどうすれば-------」
ガチャ
扉が開く音にその場の全員の目がそちらに向く。
ゆっくりと、ほんの少しだけ開いた扉の隙間から中の様子を伺う様に半身を隠したままの小さな身体。
騒動の後何とか休止に一生を得た鼓動が連れ帰って来ていた少女だ。
疲れ果てて寝てしまっていたのを起こすのも悪いと、別の部屋に寝かせていたのだが起きてしまったらしい。
キョロキョロと挙動不審気味に部屋を見回し、見たことの無い景色にとても不安そうに涙目に成っている少女は、鼓動の姿を視界に収めると目を見開き、次の瞬間には鼓動の背後に隠れるようにして抱き着いた。
「〜〜〜!!??」
何故?
その時鼓動の脳裏に過ぎったのはその一言。
現状を理解するのに数瞬を要し、次に幼い少女の子供ゆえの暖かい温もりを感じ、次に周囲からの冷たい目線を理解した。
「先生。どう思うっスか、あれ。」
「やっぱりロリコンだな・・・・」
「手の速さは流石としか言いようが無いっスね。」
「喧しいぞ変態師弟!!」
神に誓って疚しい事など何も無い、当然この少女に何かしたなどと言う事も無い。
「にしても随分と可愛い子だね。初めまして、叔父さんは亜久路って言うんだ。宜し-------」
少女と目線を合わせて優しげに話しかける亜久路さんだが、それに対しての少女の反応は、
「・・・・っ、つ!!」
殆泣いているような有様で鼓動にしがみつき、ガタガタブルブルと身体を震わせて明らかに怯えている。
「ちょ、亜久路さん何やってんスか。こんな幼気な少女を泣かせるなんて、前世でどんな悪い事をしたらそうなるんスか。」
「何で僕は前世の行いから否定されているのかな?」
ふーやれやれと、わざわざ口に出しながら呆れた様に肩を竦めて澄春は亜久路に見本を見せると前置きをしてから少女に話しかけた。
「急に変なオジサンに話しかけられてびっくりしたっスねー?もう大丈夫っスよ、お姉さんが後で懲らしめておくっスからねー。」
澄春が気さくに話し掛けるが、少女は亜久路の時と変わらない様子で怯え、遂には鼓動の腰に顔を埋めてしまった。
「どーせ私なんか怖い女なんス。少女一人も笑顔に出来ない様な情けない女・・・・」
「子供に怯えられた。僕ももういい歳だってのに何やってんだか・・・・・・・・」
「何をやっとるんだお前等は。」
部屋の隅で打ち拉がれる二人がブツブツと何事かを呟きながら体育座りをしている姿には涙が止まらないが、どうやら少女は今の所鼓動以外の全員に怯えているようだった。
「ふむ、これはシーズン君以外には全く心を開いていないな。警戒心バリバリだ。」
那月さんがお菓子を餌に話し掛けようとするが、お菓子だけ貰って直ぐ鼓動の後ろに隠れた。
「これはもうシーズン君が面倒を見るしか無いな。」
「「!?」」
志球磨さんのその一言に部屋の隅にいた二人が素早く反応する。
その顔は新しい玩具を見つけたような笑顔で、絶対に何か碌でも無いことを思いついた時の顔だとここ数日の経験から理解した。
「確かにそうっスね!自分たちには懐いてないっスし、適任は鼓動さんしかいないっス。」
「これでシーズン君も子持ちか、子供の成長は早いと言うけれど、ここまでなんて・・・・ああ、目頭が熱くなるよ、」
その二人の無駄な連携に二人が何を思いついたのかを察した。
此奴等、この少女の事を全て俺に押し付けようとしてやがる、しかも絶対理由は面白そうだからとかだ。
「俺亜久路さんと出会ってまだ数日しかたってないんですが。っていうか無理ですよ!この子明らかに誰かに追われてるんですよ、能力の定義も終わっていない俺なんかが護り切れるはずがない。皆も分かっているでしょうが。」
「それは勿論分かっているさ。・・・だけどシーズン君こそ忘れていないかい?」
亜久路さんが勿体振った言い回しをしながら志球磨さんの肩に手を置く。
「今この場には、そういった事に滅法強い考察班がいるって事を、さ。」




