2話
光に目が眩み右手の甲を目の前に置き、遮る。
暗い階段を降りていたのもあって、その強い陽射しがチクチクと刺してくるような感覚を覚える。
そんな俺の様子を軽い笑いと共に懐かしむように、先にいた亜久路さんが俺に声を掛ける。
「大丈夫かい?初めての時はこの陽射しが結構来るだろ、俺もそうだったよ。初めての時はその感覚に慣れなくて苦労したもんさ。女の子との初めてはすぐ慣れるのにね。」
「聞いてませんよ、そんな事!?」
「アハハ、ジョークジョーク。緊張が解れるかと思って。」
そう言って後ろ手に頭を掻く亜久路さんを尻目に、目の前の光景に目を向ける。
そこにあったのは、階段を降りてきたにも関わらずに広がる街並みだった。
「此処は・・・?俺達階段を下に降りて来ましたよね?なら此処は地下の筈なのに、この陽射しにこの街は一体?」
「此処が君に見せたかった場所さ、着いておいで。」
その街並みの中を亜久路さんは躊躇う事無く進んで行く。
堂々と行くその姿を追い、俺はキョロキョロと辺りを見回した。
何処か見覚えのある様な、しかし記憶とは差異のある店を何件も見掛ける。
「驚いたかい?」
「驚いたなんてもんじゃないですよ。見た事のある様な無い様な店も多いですし、地下に街があるなんて今でも信じられない。」
「はは、俺にはあまり見覚えの無い物ばかりだったけどね。これがジェネレーションギャップか・・・。後はまぁ地下とはちょっと違うんだけどね。」
そう言って気負いも無く自然体で歩く亜久路さんは、迷う事なく進んでいく。
その後ろ姿にふと疑問を覚えた。
考えても見れば亜久路さんの事は何も知らない。
住んでる場所も、年齢も、あの襲われた時に何故助けてくれたのか、全て知らない。
そんな相手に何故無警戒に着いて行っているのか、自分でも理由は分からないが、何故か時折その姿に何かが湧き上がる様な気がする。
短い付き合い、と言うか出会ったばかりなのに、懐かしい様な不思議な感覚。
「さ、此処だよ。」
迷わず進んでいた亜久路さんが立ち止まり、をその建物を見上げる。
それに釣られて見てみると其処には少し古びた小さなビルがある。
「入っておいで、大した物は無いが話をする場位には成るからね。」
中に入ると其処には黒いソファーと机、その他各種家電が揃った生活感のある内装が広がっていた。
「此処は・・・」
「いらっしゃい、叔父さんの事務所へ。ささ、座って座って。話ってのは長くなるもんだからね。時間はあるんだ、ゆっくり話そう。勿論君の疑問には出来る限り答えるし、隠したりもしない、心配はしなくて良いよ。」
変わらぬ笑みでそう言った亜久路さんは先程と何も変わらない筈なのに、知らずの内に一歩後退っていた。
部屋の奥にあるソファーに腰掛ける亜久路さんに座る様に促され、その対面に何とか腰掛ける。
果たして今から聞く話は本当に知っていた方が良い事なのだろうが?知らない方が良い事なのではないだろうかと弱い気持ちが囁くが、其れをグッと堪えて前を向く。
自分は逃げてはいけない、逃げても解決はしない、と思う。
何故だか知らないがそうだと云う確信があるのだ。
「うん、良い目だよ。昔の叔父さんには無かった強い意志のある目だ。・・・じゃ、しようか。」
覚悟を決めた俺を見て眩しい物を見るような目をした後、亜久路さんは壁に下げられたカレンダーに目を向ける。
それは随分と古ぼけ日に焼けていて、この部屋の中で明確に違和感の感じる物で、その日付は今日にきちんと合わせてある。
「七年前から始まった、この異変の事を、ね。」
しかしその年に書いてある数字は2014、それは今亜久路さんが行った通りの七年前の物だった。
「さて、とは言ったものの実は今から話す話が明確な正解とは限らないんだ。
飽くまで話せるのはこの七年の間に叔父さんが見聞きして感じた事だけ、何せ誰かが答え合わせをしてくれる訳じゃないからね。
だから一部不明瞭な事もあるし、間違っている事もあるかもしれない。からそれを踏まえた上で君自身が判断して欲しい。」
「・・・分かりました。」
「うん、良い返事だ。
・・・・・今分かっている事は四つ。
この世界に出入りする入り口は複数あり、誰でも入れる訳ではない事、
この世界には進歩が無い事、
この世界は僕達が元いた世界とは一切の関係が無い事、
そしてこの世界は停滞していると言う事だ。」
それを聞いて納得する。
だからこの世界に入って来た時亜久路さんは言っていた、自分の見立てに間違いは無かったと。
つまり彼処で俺は亜久路さんに試されていたのだ。
それにしても
「進歩しない、それに停滞している?それは一緒じゃないんですか?」
「違うさ。停滞の説明は簡単、このカレンダーの通りさ。この世界は12月20日から一日たりとも進まない。七年前からずっとね。それが何故かは分からないし、どうすることも出来無い以上そういうものだと納得するしか無い。
進歩はそうだな・・・この世界には人が住んでいる。来る時にも散々擦れ違ったが彼等は生きている。偽物でも無く、虚像でもない。なのに進歩しない、詰まる所新しい発見も開発もないんだ。」
「新しい発見が無い?」
「うん。分かり易い所で言うと家電製品何か良いかな。現実の世界では常に新機能や新しい型の物が出ているだろう?ここにはそれは無いんだ、有るのは僕の様な古参が来た七年前に既に有った物だけなのさ。」
亜久路さんは事実を淡々と決まり事の様に説明する。
きっと嘘は付いていない、しかし俺は今の説明が何処か引っ掛かる。
何処だ?何か、もう少しで分かりそうなのにそれに辿り着けないもどかしい気持ち。
でも何故か分かる。
答えは有る。
身近にともすれば直ぐにでも手の届く所に。
それなのに-------------
「?どうしたんだい?何か有ったかな?」
「・・・・・いえ、何でも無いです。」
分からない。
何が気になったのか。
「・・・そうかい。で此処には誰でも入れる訳ではないと言ったけれどその理由が-------------」
ドオォォォォォン!!!という音と激しい振動がやって来る。
「え!?え、何、音?ば、爆発!?」
「何時もより激しいなっ!でもま、好都合か。」
突然の音と衝撃に驚きっぱなしの俺に対して亜久路さんは、慣れた物と言う様に玄関に向けて歩き出す。
「亜久路さん!?何処行くんですか!?」
「さっき言っただろ?この世界に誰でも入れる訳じゃ無いって、その理由なんだけど、説明するよりも実際見た方が早いでしょ。さ、行くよ!」
「行くって、・・・ま、さか、」
「そう、この音の出てる場所☆」
普段と違って爽やかに言い放つ亜久路さんに対して俺の顔が引き攣るのが分かった。
その後俺の抵抗も虚しく終わっちゃうからと急かす亜久路さんに押され外に出て、渋々とその後に着いていく。
こんな良く分からない世界で一人にされる方が問題なのでしょうが無いのだが、気分が上がる訳も無い。
「・・・・・俺、ちゃんと生きて帰れるのかな?」
大きな破砕音を響かせすぐ横に有った瓦礫が粉砕した。
勿論回避行動をとっていた為に支障はないが、矢張り敵の理不尽さには眼を見張るものがある。
改めて相手の能力の分析を細微にまで神経を尖らせて進めていく。
「チッ、ちょこまかとすばしっこいわね。ちまちました作業とか嫌いなのよ、しかも反撃もしないで観察ばかりしてくるのも癇に障る。」
「闘いをどの様に進めようと私の勝手。貴方にどうこう言われる筋合いも無ければ、敵を知ろうとする行為に難癖をつけられる謂われは無い。」
既にほったかされて何年も立っているであろう廃ビルで、睨み合うように二人の少女が向かい合う。
片方は赤い長髪に鋭い目が特徴の少女で言葉遣いが粗く高圧的や印象を受ける。
翻ってもう一方は小柄な肢体、黒髪の短髪にフードを被り観察する様な視線を赤髪の少女に向ける抽象的な美貌を持っている。
「減らず口を、無所属の癖に厄介な能力持ち。本当に質が悪い。」
「どうしようが私の勝手、貴方の関与する所では無い筈だ。貴方が関わらなければ私も貴方に対して何もする事も無い。」
「それで済めば苦労は無いのよ!」
鋭く突き出された拳が空を切る。
その空間には何も無く、普通ならば空振った、それだけの結果が残るだけなのにその衝撃が質量を伴って向かって来る。
先程までの攻撃で其れが回避しなければならない物である事は既に分かりきっている、かと言って目に見え無い攻撃を大きく避けるには隙が出来てしまう。
相手の能力が拳を振り抜くのが条件か分からない今、それは避けたい。
そう思考し私は一歩、横に足を踏み出す。
再度破砕音が鳴り、私の左5メートルに着弾する。
「一歩踏み出しただけで次の瞬間に大きく移動してるとか、どういう理屈でやってんのよ、それ。」
「理屈云々は貴方に言われたく無い。拳を振り抜くだけで離れた場所に攻撃出来るなんて物理法則に喧嘩を売っている。」
「そんな物は、お互い様でっ、しょおがぁ!!!」
拳の乱打、避けるには一苦労だけど。
後ろに移動してしまえば関係無い。
「!?な-------------」
「・・・拳には、拳で!」
敵はまだ振り返りきってもいない。
完全に意表を突いた一撃、此処で出来るだけ叩き込むっ。
「ッ!?」
体が大きく吹き飛ばされる。
何とか衝撃を逃がす為に体を反らす、衝撃から逃れ壁に体を打ち付ける事は避けたが喰らったダメージまではやり過ごす事は出来無い。
完全に不意を付いた、拳も振っていない。
矢張り其れが発動条件では無かった、でも、だとしたら何が?
「本当出鱈目ね、アンタ。あの衝撃から簡単に抜け出すとか、中々出来無いわよ。」
漸く攻撃が当たった事に対して余程嬉しかったのか、赤毛の少女はその整った顔に笑みを浮かべて此方に歩み寄って来る。
しかし収穫を得たのは貴方だけじゃ無い、発動条件は分からないが攻撃の正体は分かった。
あれは質量をぶつけているのでは無い。
そうでは無く、あの感覚は-------------
「・・・・・衝撃。貴方は衝撃を飛ばしているのか?」
敵がピタリと歩みを止めて、その笑みを引っ込める。
「そう、気づいたの。そうよ、私は貴方に対して衝撃を飛ばして攻撃している。私の能力は【拡収衝撃】衝撃を自由に操れるの。」
厄介な。
何かしらの動作が必要ならばまだ遣り用はあるが、其れが分からないのならば対応が取りづらい。
此方の能力は割れていないが決定打が無いのも事実、分が悪い。
「そろそろ考えを改めても良いんじゃない?そもそもこの闘いは能力持ちのアンタをスカウトする為の物だし。さっきはちょっと気が立っちゃったけど、此処までの戦闘で分かったでしょ。」
聞き分けの悪い子に言い聞かせる様に勝利を確信した獰猛な笑みを浮かべた少女は、戦闘開始時と同じ様に右手を差し出す。
「アンタじゃ私は倒せない。」
ギリッと奥歯が鈍い音を立てる。
苛ついた時の癖でフードを引っ張り更に目深に被りながら、目だけは逸らさず敵を睨みつける。
あぁ全く、今日は厄日だ。
ツイてない。
少女達が激しい戦闘をしている最中、その様子を静かに伺う不審者が二人。
手に持った双眼鏡を覗き込んでいる。
「激しいな。」
「・・・・・・・・・。」
「昨今の少女達はああも激しく闘うんだね、叔父さんジェネレーションギャップを痛感してるよ。」
双眼鏡から見える少女達の起こす非現実的な光景に、呆けるしかない俺に対して呑気にそんな軽口を叩く亜久路にハッと意識を取り戻す。
「何処の世界の常識ですか、・・・って言うか何あれ。あのフードの人瞬間移動してません?赤髪の人は何か腕振ったら瓦礫が弾け飛んだんですけど。え?何あれ?何時から世界は物理法則無視した状態に成ったの?」
「7年前から。」
「・・・聞いてないですよそんなの。」
「実際に見たほうが早いって言ったよ?」
「先に説明をして欲しかった。」
ガックリと項垂れる俺に対して、亜久路さんは変わらず呑気に双眼鏡を覗き込んでいる。
言いたい事は山程あったがその姿を見て諦め、再度自分も双眼鏡を覗き込む、時にある事に気が付く。
「・・・あれ?て言うか大丈夫ですか?」
「何が?」
「見つかったらあの攻撃が飛んできたりとか、双眼鏡持った二人の男が少女を観察しているこの絵面とか、色々と。」
亜久路に連れられ音のする廃ビルの反対に位置する建物から、渡された双眼鏡を手に流されるまま一緒になって覗いていたが、冷静に考えると傍から見たらただの不審者ではないだろうか?
良く考えたら不味い、不味過ぎる。
見つかっても言い逃れ出来ずに豚箱待った無しだ。
「いや、やっぱりマズイでしょ。ねぇ亜久路さん、・・・・・・・・亜久路さん?」
返事の無い事に疑問を持ち双眼鏡から目を話して横に目を向ける。
其処には随分と必死に双眼鏡を覗き込む亜久路さんの姿が有る。
何をそんなに真剣に見ているんだ?まさかあの闘いはそれ程迄に重要な物なのだろうか?
そう考えている間にも前のめり気味に覗き込む姿勢に、何処か気迫を感じる。
その時ふと何かが聞こえた。
音の出処は亜久路さんからだ、真剣な余りに何かを呟いているらしい。
「・・・・・E、いやFか。あっちはB、いや着痩せするタイプだったらCって事も・・・」
「アウトー!!!いい歳したオッサンが何やってんですか!?」
胸ぐらを掴み前後に激しく揺らす。
先程まで真剣に考えていた自分の恥ずかしさを振り払う様に。
「アッハッハ、冗談冗談。でもま、大丈夫だよ。もし見つかっても叔父さんがどうにかするからさ。此れでも少し位は闘えるんだ、僕もね。」
胸ぐらを掴まれた情け無い格好でキメ顔をする亜久路さんを胡散臭い物を見るような目で見る。
「亜久路さんもあんな事が出来るんですか?」
「出来るよ、あれは能力と呼ばれるこの世界独自の力でね、
現実世界からこちらの世界に来れた人は皆使えるんだ。勿論君もね。」
そう言われて先程の言葉を思い出す。
亜久路さんは言っていた、この世界に来るには資格がいると---------
「まさかさっき言ってた資格って・・・」
「そう。アレの事だよ。」
ビシッと反対にあるビルの中を指差す亜久路さんに引き攣った顔をする。
「俺は普通の人間ですよ?」
「ようこそ、こちらの世界へ。」
「無理、無理無理っ!!だっ、そんな!!」
「シッ!静かにっ!向こうに聞こえるっ!兎に角落ち着くんだ!!!」
「アンタの方が声大きいけどねっ!」
大声に息を荒くする俺にヤレヤレと仕方無さそうに肩を竦める亜久路さんは、再び双眼鏡を手に窓に寄る。
「全く、そんなに大きな声を出したら気付かれてしまうじゃないか。」
右手に持った双眼鏡をブラブラさせながら大袈裟に溜息をつくと、俺に向き直り-------------
「それに・・・・・・・・・」
ドオォォンという音が鳴り、俺の顔のすぐ横を黒い塊が通り過ぎる。
後方で金属が叩きつけられる音が聞こえ冷や汗が頬を伝う。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
二人して機械の様にぎこち無い動きで其れが飛んできた方向を見ると、其処には拳を振り切った体制でこちらを睨みつける少女の姿が。
「あら、もう手遅れだったみたい。」
「ほらもおぉぉ!!!」
少女が再び拳を引き絞り状態を反らす。
それは先程まで何度も見た行動で、この後どうなるのか嫌でも想像出来る。
先程よりも大きな音を背後に、全速力で階段に滑り込んだ。
「容赦無いねぇ!!殺意高いわ。」
「うぐぐぐ、今日は厄日だっ!着いて来るんじゃなかった、着いて来るんじゃなかった、着いて来るんじゃなかったぁっ!!」
出せる一番の速さで階段を駆け降りる途中、何度も上の方から爆音が鳴りビル全体を揺らす。
何だあの威力、最早人間じゃ無いだろ!?