18話
荒々しい吐息が狭い路地裏に溶け、激しく打ち鳴らされた靴底が狭い空間に響く。
十字路に差し掛かったところで一旦走りを止めて、四方に視線を向けて何かを確認するようにして首を振る。
「クッソ、何処に行きやがった、あの餓鬼っ!!」
隠しきれぬ焦りをその顔に浮かべて、男は悪態をつきながら走り出した。
「こんな事が『雨宮』さんに知られたら俺はっ、」
十字路の先の道路から飛び出て、人を掻き分けながら前に進む。
いよいよ見つからずもう駄目だと思いながら男は然し、その行為を辞めることは出来ない。
その先で待ち受ける事態を知っているから。
あの人は逆らってはいけない存在だから。
絶望に頭が支配されていく中、運命の女神は微笑んだ。
途中で何人かの通行人にぶつかりながら進んだその先の一つのビルの下で鈍く光るそれ。
金色の鍵を拾い上げる。
それは男の目当ての人物がつけていた物に違い無く、その先にあるのは地下へと続く階段で・・・・
「オイオイ、まだまだ諦めるには早いってか?」
男はその階段を降りていく、その先に確かな希望を抱いて。
「堺が来ない?それはどういう事だ、彼奴には子供のお守りを任せてただろうが。」
電気もついていない薄暗いビルの中は、人目を忍んで行動するのに長けた場所だ。
誰にも知られてはいけない会合も取引も、誰にも気に止められない場所だからこその利点がある。
そういう所を使うのはいかにも古典的だが、実際便利なのだから仕方が無い。
そんな廃ビルにいる、如何にも怪しげな二人のうちの一人。
スーツ姿に眼鏡をかけた強面の男がもう一人から告げられた報告に眉をしかめた。
名前は差風音弦太
「さあ?僕も詳しくは知らないけれど。待ち合わせの時間になっても現れなかったし、連絡もつかない。・・・何かに巻き込まれでもしたかな?」
スーツの男の質問に答えるの、赤い髪に銀のピアスが特徴的な軽そうな態度の男。
名前は赤飛
飄々とした態度が掴み所のない印象を抱かせている男だ。
「それでも連絡位入れるのが社会人の基本だろうが。」
「差風音さんは相変わらずクソ真面目だねぇ、顔に似合わず。・・・でも僕達社会の枠組みから外れたアウトローだよ?社会人の基本も何も無いと思うけどね。」
苛立った様子の差風音はその軽口に応じずに、スーツのポケットを探り黒い手袋を取り出す。
それは彼が仕事に赴く時のルーティーンであり、今からそのスイッチを入れるという合図だ。
「親から離れりゃ皆社会人だ。」
手袋を嵌め終え感触を確かめながら、差風音は思い出したかのように赤飛にそう告げる。
「どんな暴論だよ。それだったら迷子も社会人じゃん。」
差風音の答えにクツクツと笑いを噛み殺しながら手口へと向かう背中を見送る。
「ありゃりゃ、お迎えかい?手の掛かる部下を持つと大変だねぇ。」
「お前を含めてな。」
「いっ、つつつ、・・・何事!?」
突然の衝撃に腹部の痛みを感じながら、鼓動は混乱しつつも状況の把握のために当たりを見回す。
階段の横で興味深そうに笑みを浮かべる志球磨さん、その横で大丈夫?と声をかけながら心配そうにしている那月さん。
未だに痛む腹部に目をやれば尻餅をついた自分に、勢い余って馬乗りになってしまった小柄な少女が一人・・・・・・・・
・・・・待て。
薄暗い地下へと続く階段の前で少女に馬乗りになられてる男が一人?
それは、不味いのではなかろうか?
突発的な事故とはいえこんな所でそれは・・・・・事案やん。
パシャパシャ。
「!?」
機械的なシャッター音が鳴り、そちらの方を見るとニヤニヤとした志球磨さんがスマホを片手に見下ろしている。
「ちょっと待って志球磨さん。今なんで写真を取った?普通は助ける所でしょう?写真なんて必要ない筈だ、何で撮った?」
「・・・・いつか使えるかもしれんし。」
「何にだよっ!!??」
志球磨のその発言に危機感を感じ今直ぐスマホを取り上げたいが、鼓動の上には今だ混乱している様子の少女がいる為動けない。
「あ、あわわ」
然し騒がしくしたのが聞いたのか、徐々に今の状況が分かって来た少女は慌てふためく。
「ご、ご、ご、ごめんなさい!?」
涙目で、最早どうすればいいのか分からなく泣きそうな少女。
「泣いちゃった。」
「あ~あ~、泣かせた〜。」
「俺のせい!?」
那月さんと志球磨さんから責めるような目を向けられ、タジタジになりながら何とか泣き止まそうとするが中々難しい。
その真ん丸の赤い瞳には今にも零れそうな涙が溜まっている。
「ご、ごべんなざっ、」
「いやいや、大丈夫!大丈夫だから泣かないでっ、」
泣き止ます言葉を言いかけた時、最近慣れ親しんだあの感覚がやって来る。
これは---------------
「っ!?」
咄嗟に少女を確りと抱き締め、飛び跳ねるように身体を起こして転がり込む。
数瞬後に鼓動が元いた場所を黒い何かが通り抜ける。
その何かは飛び退いた鼓動を捉える事は無く、その先に在るビルの壁に突き刺さった。
「!?今度は何だ一体!?」
黒い物の出処はあの階段の向こう側。
シュルシュルとたわみながら、まるで巻き戻されたメジャーのように階段の影の中に戻るそれを見ながら、3人は階段から距離を取り様子を窺う。
「あ~くそ、外した。ツイてるっつっても命中率が上がるわけじゃないしな。しょうがない、しょうがない。見つかっただけでも良しとしないとな。」
その男は階段からゆっくりとその姿を現し、
「よぉ。迎えに来たぞ?クソ餓鬼。」
少女を視界に捉えながら獰猛に嗤った。
突如現れた男は謎の少女を見ながら獰猛に笑う。
どうやらこの少女の知り合いのようだが、男を見てから先程とは質の違う涙を瞳に溜めながら僅かに震え出したのを見て、少なくとも友好的な関係ではないのだと理解する。
「志球磨さん、那月さん。」
「ん、何?」
「何だい?」
詳しい事情は知らないけれど、兎に角あまり良い状況では無いのは流石に分かる。
ではどうすればいいのか?
そんな事は決まっている。
二人に声を掛けると一応二人共どうしたのか、という風に聞き返してくるが、その顔には既に確信めいた何かがあるように見えた。
「昔の偉い人は言いました、三十六計逃げるに如かずとっ!!」
適当なことを言いながら突然走り出した俺に、然し二人は遅れることなくついて来る。
「・・・・やると思った。」
「アハハハハ!!全く、君は何処まで面白いんだい!?見てて全く飽きないな!ハハハハハ!!!」
「生きるのに必死なんですよ、俺はっ!!」
無駄口を叩きながらも三人共に大通りを全速力で走り抜ける。
途中で裏路地にも入り、あわよくば撒けないかという淡い期待は俺の能力の発動と共に儚く砕け散った。
咄嗟に体制を左にずらせば先程見た黒い何かが通り過ぎる。
「あっぶねぇ!!あんなの当たったら普通に死ねるっ!?」
「いや〜。縦横無尽に動く上に中々射程距離も長い、それに加えて、おっと。操れるのは一本だけではない、か。うん、いい能力だな。」
「冷静に分析している場合か!?そんな事をしているぐらい余裕なら、後ろの何とかしてくださいよ!!」
「おいおいシーズン君。中々酷いことを言うじゃないか、私のことを忘れたのかい。私は仮にも【考察者】だぞ?例え戦う時とはいえども相手の事くらいは分析するさ。それに相手を知ることが勝利にも繋がるのだから、馬鹿に出来ないだろう?」
「あ、確かに。敵を知ればなんたらって聞いたことがあります。すいません、志球磨さんの事疑っちゃって。因みに今分かった事とかありますか?」
「ああ、あるぞ。先ずこの状況だ。君の腕の中にいるその少女、あの男の事を見てから明らかに表情が変わった。恐怖もしているようだからあの男から逃げてきたのは確実だろう。」
凄い、あの志球磨さんが理論立てて確りと説明している。
明日は雨か?
「そしてあの男の表情。まるで何か切羽詰まっているかの様な必死な形相。」
志球磨さんにつられて後ろをチラリと振り返れば、其処には鬼の様な形相をして追い掛けてくる男の姿が。
アカンって、そんな顔したらお茶の間の子どもたち泣いてまうって。
「これらの情報から答えを導き出すのは簡単だ。少女の怯えた表情、男の形相、シーズン君の腕の中の少女、これらを合わせるとたった一つの真実が浮かび上がる。それは−−−−−−」
「それは?」
志球磨さんの分析を聞きながら無意識につばを飲み込む。
どうしたんだ志球磨さん、今日は凄いまともに見えるぞっ。
一拍を起き、勿体振る志球磨さんの言葉を待ち今日何度目かのつばを飲み込む。
「後ろの男が真正のロリコンだと言う事だ!!!!」
確信めいたドヤ顔でサムズアップをしながらそういった志球磨さんの姿に、先程までの盛り上がっていた気持ちが急激に萎えていくのが分かる。
「えい。」
「あっ?」
ズテンッ!!ゴロゴロッ、ズザッーーーー!!!!
那月さんが志球磨さんの足を引っ掛け、それに引っ掛かった志球磨さんが盛大にすっ転んで後方に転がって行く。
突然の奇行に思考が停止する中、志球磨さんを転ばした本人を見る。
「ごめん。しょうもなかったから、つい。」
全くの真顔でそう言った姿に恐怖を抱きながら後方を見ると、
「走ってる時に引っ掛けるのは無しだろうっ、死ぬ。死ぬかと思った、鼻がもげるかと思ったっ。」
転んだ痛みに悪態をつきながら志球磨さんが顔を上げるが、転んで後ろにスピンをした志球磨さんの前には追ってきていた男の姿。
「よう。」
「あ、・・・・・・・アハハ、ど、どうも。」
「あーーーーーーーーーーーーっ!!??」
昼間の住宅街に悲鳴が響く。
「志球磨さん。アンタの事は忘れないよっ、」
ギュンッ!!!
志球磨を犠牲に走り出す鼓動達に、容赦無く黒い何かが襲いかかる。
が、当然唯で捕まる鼓動ではない。
パラパラパラパラパラ、能力の発動と共に巻き戻っていく景色の中で、迫りくる魔の手を見定め、その先を予測する。
右、下、斜め右上、っ、左っ!!
「糞がっ、ちょこまかと、・・・・大人しくその餓鬼を渡せや!!!」
男の攻撃が激しくなり、しなるように縦横無尽に襲いかかる黒い鞭のようなそれを必死に避ける。
「鬼の形相の人にか弱い少女は渡せませんっ!!」
「あ?喧嘩売ってんのかテメェ!!!」
「在庫切れデスッ!!??」
つい悪い癖で軽口を叩いてしまい、更に攻撃が激しくなる。
隣の那月さんの何やってんの?という様な目線が刺さる。
わざとじゃないんだけどね!?
「うっぜぇ。これで・・・・・しめぇだっ!」
一際苛立ちの籠もった声の後、何時ものように能力を発動するが、-----------------は?
何だこれ?こんなのありかよ?
時の止まった空間で何時ものように第三者の視点でその状況を認識した鼓動は、そのあんまりな光景に絶句してしまう。
今現在を通して見ているそこには、俺たち二人を覆い隠すほどの幾本もの黒い何かが、今にも飲み込まんがばかりに差し迫っていた。
それはあまりにもシンプルな鼓動の能力の弱点。
時間を巻き戻してもどうにも成らない状況という、物量での最適解だった。
これ、巻き戻しても避けられな・・・・・・・。
ギチギチギチ、ヴン。
!?しまった、気を取られ過ぎて巻き戻すのを忘れた、もう一度能力を、いや間に合わな、
「そろそろ鬱陶しい。」
「あ?」
能力【知られざる回想】
瞬きの間に全ての黒い波が払われ、鼓動を背に夕暮那月が、前に出た。
「!?、那月さん!?」
「あの時は私が守ってもらった。だから、」
那月さんが相手の能力を全て弾き返したと思われる右手を軽く振って、パーカのフードを深く被り直し、少しこちらに振り向いてその宝石のような青い瞳を細めて、見惚れるような綺麗な笑顔を向けてくる。
「今度は、私が君を守る、ね。」




