17話
ところ変わって大怪我を負った春夏秋冬鼓動は裏世界の医者である鈴梨京香の治療を受け、無事に退院していた。
古傷もまるで無かったかのように治すその能力の事は気になるが、それはそれとして
「何でついてくるんですか?」
後ろを振り向けばフードを被った小柄な少女がそこにいる。
あの日、一緒に西条に挑んた彼女と俺は、傷つきながらも何とかあの【新奇牢】から生還した。
治療も終え五体満足で良かったのだけど--------
「?駄目なの?」
不思議そうな顔で小首を傾げる彼女はフード越しでも分かる整った顔を俺の方に向け、何故とその宝石のような水色の瞳で問い掛けてくる。
「何故って、俺今から表の世界に戻るんですよ?」
意識を取り戻して直ぐ、まるで夢だったかのように綺麗に治った体は特に筋力的な衰えもなく、俺は直ぐに退院できた。
「いや〜。【新奇牢】でバラバラになっちゃった時はどうなるかと思ったけれど、無事に生き残れてよかったね。終わりよければ全てよしってやつだね。」
「いや良くないが?キッチリ死にかけたんだが?」
真顔で即座に否定する鼓動を、努めて視界から外すようにしながら亜久路たちは病院から事務所までの帰りを歩く。
周りはまだ気温が上がりきらない早朝であるため冷え込んでおり、フードの少女は首に巻いたマフラーの位置を直し鼓動はその寒さに身震いした。
「でも生きてるでしょ?終わったことを何時までも言うのは女々しいものだよ?」
「結果論でしょ、それ。」
鼓動の鋭いツッコミをアハハと笑いながら受け流し、頭の後を掻くようにしながら、バレたかといいながら亜久路さんは先を進む。
「まぁ何はともあれ新しい仲間も出来たんだし、悪い事ばかりじゃなかったからそれで良しとしようか!ね、那月ちゃんもそう思わない?」
相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべて、同行者の一人であるフードの少女に話し掛けると、その当人は板に付いた様な落ち着いた様子で頷き口を開く。
「確かにこうして生きているし、過去の事を言ったってしょうが無い事。」
「ほらぁ〜!」
フードの少女、夕暮那月が同意したのを見てニヤニヤとしたドヤ顔を披露してくる亜久路に拳を見舞うが、ヒラリと躱される。
「そもそもっ、最初にっ!【狂乱】の事を教えてくれていれば、危険は、なかったでしょうが!?・・・避けんなっ!!」
「え〜?でも、何でもかんでも教えて貰おうってのは虫が良すぎないかな?僕にメリットは無いわけだし?」
「正論すぎて腹立つ!!」
ムキー!!と地団駄を踏む鼓動を一頻り煽り、気が済んだのか亜久路は場を仕切り直すように軽く手を叩く。
「よし。それじゃ皆無事だったのと、新しく仲間になった那月ちゃんの歓迎会も兼ねて事務所で美味しいもんでも食べようか!」
どこか嬉しそうにそう宣言する亜久路さんの唐突な言葉に、呆気に取られる鼓動の頭の中は疑問符でいっぱいになる。
そしてそんな鼓動達に忍び寄る不穏な影。
「フッフッフッ。聞いてしまいましたよ、何か楽しそうな事をしようとしているのをっ!!」
何故か様になっている不気味な笑いをしながら、現れたその人物は楽しそうな匂いに目をキラキラとさせながら乱入してきた。
「宴会芸や料理ならこの澄春に任せて下さいっ!!独り亀甲縛りや先生の吊し上げ、悶絶激辛ロシアンルーレットシュークリームorたこ焼き、何でも得意っすよ!!!」
終始不穏な事を言っているこの人物の名前は柚田澄春。黙っていれば金髪ボブカットの美人であるのに、秘めれない変態性のせいで全てを台無しにしている残念美人だ。
「アッハッハ、それは要らないけど一緒に楽しむのなら大歓迎だよ。」
え〜!?何でですかー!?と叫ぶ澄春も加わり、更に騒がしくなった一団は事務所に向けて歩き出す。
「良し。じゃあ皆で買い出しに行こうか!今日は盛大に行こう!」
盛り上がる一団。
そんな中で鼓動は一人歩みを止めて一言。
「え?俺は行かないですよ?」
「「「・・・・え?」」」
「いや、だって。まだ表の世界に帰れてないし。」
という経緯を経て鼓動は一人当初の目的であった表の世界に戻るため、この世界の"出口"へと向かっていた。
何故か着いてきた夕暮那月をお供にして。
「表の世界に帰るだけなので、俺に着いてきても何も面白いことなんて無いですよ?」
「うん。大丈夫。」
「大丈夫って、・・・・あ、那月さんも表の世界に用事があるとかですか?」
「いや、別に?」
「えぇ・・・・?」
何処かボケっとした様子で不思議そうにそう答えた那月に、困惑した鼓動はそれ以上踏み込んだことは聞かず、目的の場所に向かって進み出した。
無論その間も那月は着いてきたが、話し掛けた言葉に天然が入った答えを聞かされて毒気を抜かれるばかりだった。
暫く歩き、漸く目的の場所の前につく。
その建物を見上げると、来た時と変わらない佇まいのビルが、表の世界とは違い寂れた様子で其処にある。
ただ一度、この世界に来た時に見たきりなのにも関わらず妙な懐かしさを感じながら一歩踏み出したところで、那月の存在を思い出す。
鼓動の横で同じ様にそのビルを見上げながら物憂げな表情をする那月に、彼女もここを通ってきたのかと聞きたくなったが、敢えてそれをせず声を掛ける。
「じゃあ俺はこのまま表の世界に行きますけど、那月さんも行く感じですか?」
「いや、私は行かない。」
「えっと、・・・・じゃあ何でこんな所までついてきたんですか?」
「?・・・・帰るときに一人だと寂しいでしょう?誰かが見送ってあげないと。」
整ったその顔で小首を傾げる那月。
不思議そうな表情と頭を傾けた為にサラリと流れる様に垂れた前髪越しに見える瞳は何処までも澄んでいて、まるで吸い込まれる様な錯覚を起こす。
改めてマジマジと顔を見てしまったことで那月の可愛さを実感することに成り、気恥ずかしい気持ちが湧いてくる。
「そそ、そうなんですね!ああ、ありがとう御座いますっ!?」
「?、そう。お見送り。」
思いっきり動揺してしまった事に対して死にたくなるほどの羞恥心が湧き上がるが、今は努めて無視をしてこの世界に来た時と同じようにチェーンで塞がれた階段に向かって歩き出す。
また返ってくるのかは分からない。
良くしてくれた皆に若干の後ろめたさはあるし、お返し等は全く出来ないのだから情け無くもある。
だがそれでも俺の足は止まることなくチェーンを乗り越えた。
「又ね、バイバイ。」
不意に背中に降り掛かってくるこちらを気遣うような声音のその挨拶に、強張っていた体から力が抜けるような気がした。
「・・・・はい。又、です。」
我ながら情け無いが返せた言葉はそれだけだった。
表の世界に帰るため、その一歩を踏み出−−−−−−−−−−−−
ガンッ、!!!!
「ガフッッ!!??」
−−−−−−−−−せずに俺はみっともない悲鳴と共に尻餅をつくのだった。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「えっと、大丈夫?」
締まらないのが俺に一番合っているのかもしれない。
「良いんスか?鼓動さんを引き止めないで。・・・・自分が言うのもなんですけど、鼓動さんもう戻って来ないんじゃないっスか?」
柚田澄春は確認するように、向かい側に座る男性、亜久路隆二に問い掛ける。
然し、当の本人は沈黙を保ったまま腕を組んで俯き動かない。
「お~い。亜久路さん?無視は酷いっスよ!!」
更に大声で呼びかけるが、それにも反応はなし。
澄春は考える。
おかしい、幾ら何でも反応しなさ過ぎる。
そんなに歓迎会が楽しみだったのだろうか?
チラッと、亜久路が拠点にしている事務所内に目を向けると広がっているのは、季節感バラバラの装飾品の数々。
右は鏡餅、左はクリスマスツリーと、これらすべて亜久路が歓迎会の為にした飾り付けだ。
何というか私も人のことを言えないが、はしゃぎ過ぎではないだろうか?
どれだけはしゃいだら四季折々の季節物の飾り付けだらけになるのか理解に苦しむが、それだけ楽しみだったのだと言われれば、そうなのかとも思う。
現に当の本人がパーティハットを被ったままなのだ。
・・・・・・・・本当に大丈夫だろうか?主に頭とか。
いい歳をした大人が打ち拉がれているのは余りにも目の毒で、流石の自分もどうにかしなければと焦ってしまう。
「きょ、今日は残念でしたが、鼓動さんなら絶対返ってくるっスよ。そんなに落ち込むこと無いっスって!」
然し亜久路は反応しない。
「たがらほら、元気だしてくださいっス!!!」
然し亜久路は反応しない。
「大丈夫っス!自分が歓迎会も付き合いますからっ!!」
然し亜久路は反応しな−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「ふんっ!!!!!」
澄春の繰り出した縄が亜久路の首に巻き付き、その勢いのまま引っ張った事で急激に締まり亜久路の身体を持ち上げる。
「!!!????」
「何時までも無視すんなっス!!!」
「ちょっ、ギブギブギブ、ギブッ!!??」
首が締まったことに驚き声を上げた亜久路を開放し、澄春は溜息を吐く。
「・・・・行き成り何するのさ澄春ちゃん。危うく川の向こうを拝む所だったよ、」
「亜久路さんが自分を無視するからっスよ。」
縄で締められていた首元を擦りながらユックリと立ち上がった亜久路が漸く口を開く。
「それについてはゴメンよ、ちょっと考え事をしてたからね。」
「鼓動さんの事っスか?」
「え?あ、それも何だけど、」
絶対考えてなかったっスね、この人。
一目で分かる取り繕い方にジト目を向けると、亜久路はバツが悪そうに咳払いをして仕切り直すように話し出す、
「最近、裏世界の中がどうもキナ臭くってね。どうやら良くも悪くもあの鐘が鳴ってから活発に動く輩が増えたらしい。」
「【血戦】の再来っスか?」
「そうなるかも知れないね。・・・・考えたくはないけれど。」
呟く様にそう言って再び難しい顔をしだす亜久路を見ながら、澄春はそれを思い出す。
いつか先生である志球磨が言っていた。
かつてこの世界が出来たばかりの頃の状況を揶揄したその言葉。
まだ今程能力者達がこの世界に来ていなかった最初期の世代、血を血で洗うような激しい抗争や強者喰らいが横行していた無法の時代。
その時代を知る者たちがつけた通称、【血戦】の時代。
このタイミングでその時代を知る亜久路からそれが出てきたという事に不気味さを感じるが、それよりも志球磨に教えて貰った事の中に気になる情報があった。
そう、そうだ。
確か----------------------
ペタペタと中空に向けて両掌を伸ばす。
当然そこには何も無いわけだから、本来は何にも当たらず空を切るだけなのだが。
今はどうやら違うらしい。
薄暗い地下へと続く階段の入り口で、鼓動はそれを確かめた。
「これは、・・・・見え無い壁みたいな物がある?」
見えないのに、ある一定の空間から先に行こうとするとはね返されるような反発感、其処には確かに何かがあった、
「どれどれ。」
「うおっ!?・・・・志球磨さん!?どこから現れたんですか!?」
突然の声かけに驚き振り返れば、其処には俺と同様にペタペタとその空間を触る志球磨の姿がある。
何時の間に現れたのか、楽しそうな表情で調べだした志球磨さんは片手間に俺たちに向かって口を開く。
「私は何処にでも現れる、其処に未知があるのなら、ね。フフフ、考察のしがいがあるな。」
薄暗いビルの地下に続く階段の前で不敵に笑うその姿に少し引きながら那月さんの隣に並び立つ。
「何処でも・・・・虫みたい。」
「それは止めたげて。」
志球磨さんの発言に対して那月さんがボソッと言った言葉にツッコむ。
流石に虫扱いは可愛そうだ。
ペタペタと未だに笑いながらパントマイムの様な動きをする志球磨さんの姿。
あれは虫ではなく、変質者だ。
等と失礼なことを考えていた時。
「むっ!?これは、・・・・」
「えっ!?何ですか、何か分かったんですか志球磨さん!!」
突然の志球磨さんの反応に期待しながら見ていると、急に何かを避けるように横に身体をずらした。
そうして、
「・・・・へ?」
通れない筈の階段の向こう側から現れたのか少女が、勢いそのままに俺の腹部に頭突きを交わしてきたのだった。




