16話
意識が落ちていく。
暗い暗い海の底を揺蕩う様な、そんな不思議な心地良さが全身を包み。
何時までも此処にいたいと思ってしまう。
俺は何をしていたんだっけか?
どうしてこんな所にいるんだろう?
幾ら考えても答えの出ないような事が頭を過るが、其れ等は直ぐに溶けるように無くなっていく。
そんな心地良い微睡みは然し、突然に引いていく。
急激に引っ張られるような感覚を最後に、俺の意識は----------------
「っ!?」
ガバッ!!
目を開けて飛び込んできた光景に慌てて飛び起きれば、そこは少し消毒液の匂いのする真っ白い病室だった。
キョロキョロと辺りを見回すが、室内には俺以外おらず心地良い朝日が窓から差し込んできていた。
そこまで確認してから一つ息を吐き出し、起こしていた体を再びベットに預ける。
柔らかいマットが体を支え、程よい反発が気持ち良い。
それにしても、眠っていて起きたら白い天井。
改めて自分の現状を脳内で確認して見るとムズムズしてくる。
再度キョロキョロと室内を見回して誰もいない事を確認してから天井を見上げる。
「こういう時はあれ言うのが御約束だな。」
思えば前のタイミングではとっさのことで普通の反応をしてしまった。
こんなチャンスは中々無いのだから、今度こそしっかりと言ってやろう。
「・・・・・知らない天井だ。」
「貴方この部屋二回目でしょうに。」
「ホアァァァァァァ!!??」
バッ、と慌てて声の聞こえた方を見れば入り口の扉に背を預ける白衣の女性の姿がある。
確認した筈なのに何時の間にかいたその女性に、変な声を出しながら鼓動はドキドキと竦み上がる心臓と冷や汗が出るのを感じながら声をかける。
「す、鈴梨先生?い、いつからそこに?」
「さあね?というより貴方、今回は随分と余裕が有るじゃないか。そんな冗談を言えるならもう大丈夫かね、頭の中以外は。」
辛辣な言葉だが、今の言動の一部始終を見られているので言い返せ無い。
「それと、貴方が此処にいる理由だけど。あの子が連れてきたからだから、後で死ぬ気でお礼しときなさいな。」
「・・・・・あの子?」
「フードを被った背の低い女の子。」
それを聞いて脳裏にあの時の情景が浮かび上がる。
迫りくる西条の拳に合わせるように放ったカウンター。
俺は果たして一矢報いる事が出来たのだろうか?
手応えはあったが、直後に気を失ったので最後にどうなったかは分からない。
「そうだ!?その女の子はっ!?彼女も怪我をして----」
「とっくに帰ったよ。貴方3日も起きないし、その間に亜久路が来てたよ。昨日、一昨日と来てたし今日も来るだろうさ。」
「失礼しま~っ・・・・・・・」
噂をすれば影、鈴梨先生の話の途中で病室の扉がガラガラと開き、そこから気怠げな様子の男が姿を見せる。
ボサボサの髪に、怠そうな表情。
そこには亜久路隆二が、件のフードの少女を連れたっていた。
「天誅っ〜〜〜〜!!!」
「うおっ!?」
その姿を見たと同時に繰り出した飛び蹴りは空を蹴り、その勢いのまま壁に脚をぶつけ悶絶する馬鹿が一人。
まぁ俺なんですけどね?
「元気が良いね、シーズン君。もう全快かい?3日も起きないから心配したよ、いやそりゃもう流石に反省するくらいにはね?」
「亜久路さん、一発殴らせて下さい。思えば俺が死にかける時には、何かしら亜久路さんが関わっているので除霊します。」
「俺は人間なんだけどなぁ。」
「この厄病神が!!!」
怒号と共に拳を振り抜くが、軽々と避けられて終わるだけ。
何度やっても届かぬ拳に大人しく諦め、改めて少女の方を見る。
「この人の言う事は信用しない方がいいですよ。」
「行き成り失礼だな!?シーズン君っ!?」
亜久路さんの抗議に本当の事でしょう?と返し、押し黙った亜久路さん差し置いて少女を見ると、丁度こちらを見ていた彼女と目が合う。
「そういえば、怪我とか大丈夫でしたか?あの西条の拳を何発か食らってたじゃないですか?」
「ん、問題無い。其処の鈴梨先生に治して貰った、今は傷一つない健康体。それに貴方のよりかは軽症だった。」
起伏の少ない表情でそう答えた少女は、ほら、と見せつけるように腕や脚などを見せてアピールしてくる。
それに対して安堵の溜息を吐いていると、それに待ったをかけるように鈴梨先生が口を開く。
「よく言うね。軽症と言ってもシーズン君に比べれば、だ。普通に重症だったし、私がいなけりゃ向こう数ヶ月はベットの住人だっただろうよ。」
それを聞いて再度少女を見るが、少女は気不味そうに目を背けフードを深く被り直す。
少女のその態度を見てヤレヤレと肩を竦めた鈴梨先生は、扉を開けて、私は次の患者を見ないと行けないから、と言って出ていってしまった。
「さて、シーズン君。詳しい事は彼女から聞いたけど、改めて良く生き残れたね?何でもあの【怪物】西条嘉邦とタイマンを張ったそうじゃないか。」
亜久路さんのその言葉で思い出されるのは、相対しただけで圧倒されるような気迫を持つ金髪の大男。
今思い出してもあのパンチは痛かった。
思わず身震いをしてしまうぐらいにはトラウマに成ったし、金輪際出会いたくないぐらいには苦手だ。
「タイマンなんて大袈裟ですよ。俺はただ我武者羅に戦っただけっていうか、そもそも戦いになっていないかも知れない、位だし。」
「いやいや、西条に噛みつけるだけでも凄い事だよ。この世界の無所属の能力者も西条に喧嘩を売るなんて馬鹿な事はしないしね。」
「あのいきなり襲ってくる様な人達がですか?」
脳裏に浮かぶのは昨日の色々な凶器を持ったチンピラ達。
誰にでも噛みつきそうな彼等でも噛みつかないとは、そんなにヤバい人だったのか・・・・・・・・良く生きてたな、俺。
「そう。もしこの事がバレればちょっとした注目の的、ゴロツキ達からモテ放題だよ?毎日血走った目のゴロツキがシーズン君を求めて徘徊するかもね?」
「そんなモテ方嫌すぎる。」
「あはは、まぁ今はそれ所じゃないかも知れないけどね。」
「?それ所じゃないかもって何かあったんですか?」
亜久路さんが溢した言葉を聞き返すと、溜め息を一つ吐いてから亜久路さんがその事を説明しだした。
「三日前、シーズン君達が【新奇牢】に閉じ込められた次の日の早朝に突然、裏世界中に鐘の音が響き渡ったんだ。」
詳しく話を聞いてみるとその鐘は明け方、【新奇牢】が解けた日の出とともに鳴り初めたそうだ。
「へぇ、そんな物まで有るんですね。この裏世界には。」
「いいや。普段はこんな事は無いんだよ。」
「え?」
「あの鐘が鳴ったのは過去に一度、この世界が時を停めたその時に鳴った物なんだ。」
普段ならガヤガヤと騒がしいその場は然し、まるで穏やかな水面の様に静かなまま本日の緊急会議が始まった。
「それじゃあ、今日の会議を始めようか。」
「議題は例の鐘、及び時間が動き出した件について。」
しん、と静まり返った室内に【アーク】リーダー、深海宵の淡々とした声が反響する。
何時も騒がしい百合月先輩も眉を盛大に顰めながら頬杖をついて黙って聞いている。
他の先輩方も口を出さない所を見ると、自分には分からないが今回の事は本当に重要な事なのだろう。
(そんなにあの鐘が鳴ったのは有り得ない事なのだろうか?)
まだまだ自分は新参とはいえ数年この世界で生きてきて確かに初めて聞いたが、裏世界中に響き渡ったこと以外は特に変わった事は無い筈だった。
深海の言葉に、しん、と静まり返った室内で、最初に口火を切ったのは葦際港先輩だ。
「お前等もそうだと思うが、あの鐘が鳴ったのには驚いた。正直、もう鳴らねえもんだと思い始めていたからな。まぁ、何時かは鳴らねぇといけねぇんだろうが、何故今、何がキッカケで鳴ったのか、ってのは気になるわな。」
「葦際さんの言う通りですね。あの夜に何かがあったんでしょうが、詳しい事は分からないですし。取り敢えず原因っぽい物を上げてみますか?」
人見先輩がそう言って席を立ち、ホワイトボードの前へと移動する。
キュキュッというマーカーの音と共に文字が綴られ、そこには『何故今になって鐘が鳴ったのか?』という文字と下に3つの項目があった。
・【狂乱】での抗争。
・新奇牢。
・未知の勢力の何者か。
「あの日に起こりうる事で理由に成りそうなのはこんな所ですかね。他に何か心当たりとかあります?」
人見先輩のその問いに皆が沈黙で返した事で、会議はその3つの事についての議論となった。
「【狂乱】で何か変わった事ってありましたっけ?私的には何時も通りって感じでしたけど。」
「そうだな。俺もあの夜に起きた抗争で何か特別な事があったようには思えねぇ。俺達の所じゃねぇ場所で起きたんなら納得はいくが、情報がねぇんならそんな事話しても意味ねぇだろ。」
「確かに。ならば同じような理由でこれも無しですね。」
人見の質問に、芝崎愛花が答え、葦際がそれに同調する。
その答えを聞いて人見先輩が一番下に書かれていた「未知の勢力の何者か」という文字にバッテンをつけた。
確かにそうだ、もしもの話をしだしたら切りが無い。
ならば現状判明している可能性のある物について話すのが得策だろう、けど。
「となれば、残るは【新奇牢】だね。詩音ちゃん、あの時【新奇牢】内にいたのは内じゃあ君だけだ。何か変わったことは無かった?」
その質問に思わず息を呑んでしまった事に、驚く。
室内にいる皆が私に注目し、私の答えを待っている。
当然だ、先程リーダーが言ったように、あの時の【新奇牢】の出来事を知っているのはこの中では私だけなのだから。
「?どうしたんだい?金村ちゃん?」
言わなければ、私の口から。
一言一句違わぬようにシッカリと、あの日見たことを。
中々口に出さない私を見る目は何時しか不審そうなものへと変わり、その中でリーダーは不思議そうに首を傾げていた。
早く言わなければ、自分でも何故それを口に出すのがこんなにも難しいのか理解出来ず、喉に何かつっかえたかの様に声が出ない。
それをなんとか押し止めやっとの事で口を開く。
しかし私の口から出たのは、
「・・・・特に変わった事はありませんでした。」
という否定の言葉だった。
「チッ、んだよ。何もないなら間を取るんじゃねえよ、紛らわしい。」
私の言葉に百合月縁先輩が真っ先に反応し、軽く怒ったようにそう言うと机に足を乗せて怠そうに悪態をつき始めた。
こういう会議事が嫌いな百合月先輩としては何時ものことだが、その時私以外の先輩方が怪訝な表情を百合月先輩に向けていることに混乱していた私は気づくことが出来なかった。
「つうかよぉ?もう他に話すネタ無いなら終了で良くね?」
「百合月さん、そうも行かないよ。あの鐘はそれだけの価値があるんだから----------」
心底どうでも良さげに言い放つ百合月先輩を人見先輩が嗜めようと声をかけるが、
「いや、そうだね。」
落ち着きはらったその声が人見先輩の反論を封殺した。
「これ以上話し合っても切りがなさそうだし、これで会議終わりにしようか。」
「えええ!?ちょっ、ちょっとリーダー!でもこれは大事な事で、」
呑気にそう言ってのけるリーダーに人見先輩が度肝を抜かれた様な顔で言い募るが、リーダーは何処吹く風といった所で欠伸をしている。
それでも食い下がろうとする人見先輩だが、それは葦際先輩の鋭い声で不発に終わった。
「人見。・・・・深海の決めた事だ。何言っても無駄だ、諦めろ。」
溜め息をつながらそう言う葦際先輩は首を振り、ああ成ったら何を言っても無駄だと言い聞かせた。
その言葉に心当たりがあったのか、なんとも言えない顔をする人見先輩と、のほほんとしているリーダー。
その顔には人見先輩の様な焦りは無く、それ所かどこから取り出したのかお菓子を摘んでいる始末。
「何か喉乾いてきちゃったな。金村ちゃん、悪いんだけど何か飲み物買ってきてくれない?僕サイダーね。」
「アタシはカフェオレ。」
百合月先輩がリーダーに便乗する形で注文すると、それに続く様に他の幹部も注文をしだした。
「・・・・俺はブラック。」
「私はいちごオレで!」
「え、え、?そういう流れ?・・・・じゃ、じゃあ僕は微糖で。」
突然の展開に少々面食らうも、頼まれた以上断る選択肢は私には無い。
「承知いたしました。直ぐに買ってきます。」
会議室から赤髪の少女が駆け足で出ていくのを見送った後、室内には何とも言えない空気が漂った。
「良いんですか、あれで?詩音、明らかに何か隠してましたよ?」
詩音が出ていくのを見届けて直ぐ、机に寝そべるようにして頬をくっつけただらし無い姿勢で、芝崎愛花は先程から気になっていた事を問い質す。
「そうだね〜。」
「いやいや。絶対良く無いでしょう!心当たりがあるなら聞かないと、後になってからじゃ遅いかもしれないんですよ!?」
飽くまで呑気な深海の姿に再度必死に人見が言い募るが、今度は後ろから襟を引かれて無理矢理椅子に座らせられる事で口を閉ざされた。
それをやった張本人は
「お前はいちいち五月蝿ぇんだよ人見ぃ!器が小っせぇぞ」
不機嫌そうに腕を組みながら百合月縁が人見を睨みつける。
「で、でもそんな事していたら他の組織に出し抜かれちゃうかもしれないし、」
「う~ん。それは大丈夫なんじゃないかなぁ?」
ニコニコと何時も通りの笑みで、深海は人見の言葉を否定した。
それに対して葦際が意外だといった表情で問いかけると
「何だ深海、根拠でもあんのか?」
「いや、別に?」
本人はとぼけたような顔で、そうしれっと言いのける。
葦際の額に青筋が浮かび、真正面でそれを目撃した人見が小さく悲鳴を上げる。
「あ?舐めてんのか?」
「冗談だよ、冗談。あしっちゃんは冗談が通じないんだから、そんなんじゃモテないぞ〜?」
「殺す。」
葦際が立ち上がり、それとともに不可解な音が鳴り、空間が歪み始める。
再び場に緊張感が走り、人見と百合月が素早く距離を取った。
そんな場で、
「ちょっと葦際先輩、こんな所で能力とか使わないでくださいよ〜!」
平常運転の芝崎が仲介に入り、瞬間。
何時の間にか全員が再び席に付き顔を突き合わせていた。
「?、!?あれ?此処、」
「詩音、飲み物ありがと〜。」
何時の間にか会議室の椅子に腰掛けていた金村詩音が、驚きに目を見張りながら状況を把握しようと視線を忙しなく動かす。
混乱している詩音に構うことなく、芝崎はその手に抱えられていた飲み物の一つをヒョイと取り上げ、何事もなかったかのように飲みだすと、漸く緊張感が緩んだ。
葦際はそんなのほほんとした様子を見せる芝崎を見ながら、ゆっくりと上がった沸点を下げていく。
何処か食え無いこの後輩に習い詩音が買ってきた飲み物を、それぞれが飲み干し、今回の会議は何の収穫も無く終わった。




