15話
意識が吹き飛ぶ。
身体が宙に浮き視界が回転し、何時の間にか天井を仰ぎ見ている。
急激にユックリとなった時間の中、西条嘉邦に殴られた鼓動が吹き飛ぶ様子が良く見える。
嗚呼、ヤバいなぁ。
絶対痛いんだろうなぁ。
人の体が吹き飛ぶなんて、どんな力で殴ればそうなるんだとか、どうでも良いことを考えながらその様子を俺は唯見ている。
あ~あ、顔もあんなに凹んじまって死んだかなあ。
死ぬ時は走馬灯を見るって言うけど、俺は見てないな。
なんて何処か他人事に考えて俺は−−−−−−−−−−−−−−
パラパラパラパラパラパラ・・・・・・・・
−−−−−−−−−−−−−−待て。
何で俺が吹き飛ばされる俺自身を見れるんだ?
可怪しいだろ?その視点は。
俺の視界の中ならば見れるのは天井だけの筈だ。
ユックリとなった時間、此れは能力が発動している?
また無意識に発動したのか?
視点の事といい、俺の能力は良く分からない事が多いな。
まぁ、でもこれで何とか時間を巻き戻す事が出来るな・・・・・・・・
・・・・・戻すべきなのか?
時間を巻き戻って攻撃される直前に行った所で、その攻撃に俺は反応出来ない。
又今みたいに殴り飛ばされるのがオチだ。
それなら此処で大人しくやられてた方が楽なんじゃないのか?
そうだよ、俺には無理な事だったんだ。
寧ろ此処まで頑張ったんだから良いじゃないか。
一度頭を過ぎった弱音が次々と溢れ出してくる。
覚悟を固めた筈なのに、成し遂げると誓った筈なのに、いつもこうだ。
俺は口ばかりで何も最後まで成し遂げられない。
俺は弱いんだ、何もかもが。
ギシギシと空間が軋みだして時間がゆっくりと動き出そうとしている。
能力の使用時間が来たみたいだ、巻き戻るならここしか無い、のだけど。
もう疲れた、此処まで頑張ったんだからもう負けてもいいよな?
更に大きい音を上げながら時間がゆっくりと動き出す。
嗚呼、もう手遅れだな。
終わった、完全に俺の負けだ。
諦めて、もう閉じてしまおうとした俺の視界に、然しそれはハッキリと見えた。
痛む体を抑えて、懸命に吹き飛ぶ俺の方へ進もうとする小柄な体躯の少女の姿。
その顔は今にも泣きそうで、崩れ落ちそうな程の脆さを感じさせる顔を見て、俺は----------------------
ボロボロな姿の鼓動に西条の渾身の拳が突き刺さる。
避ける隙など与え無い完璧な攻撃、今までの速度で精一杯だった鼓動には反応すら出来無いであろうその一撃だ。
なのに、
何故、鼓動のカウンターが、俺の顎に突き刺さっている!?
「グゥッ!?」
脳が揺れる、油断していたとはいえ久しぶりに良い拳を顎に貰った。
ああ、懐かしいな。
この感覚は、
吹き飛んだ鼓動の方を見れば、そこには既に意識を手放した様子で横たわっている鼓動に、何時の間に意識を取り戻したのか先程戦った少女が寄り添っている。
「彼奴、最後の最後で決めやがった。」
勿論西条は倒れてなどいないし、戦闘も十二分に出来る。
だが、此れは・・・・・・・・この状況は、------------
倒れ伏す鼓動のその姿に再度幻影が重なる。
『誰かが立ち上がらなきゃいけないんだよ、西条君。』
何時か言われたその言葉が----------------
意識を喪った青年が強かに身体を打ち付けたのを見て、少女はその端正な顔に焦燥を貼り付けながら寄り添った。
しまった、私が守らなければ行けなかったのに、なんて考えても無駄な事ばかりが頭に浮かんでは消えていく。
痛む体を引きずりながら西条を睨むが、そんなのは所詮焼け石に水だ。
今の私に西条を止める事は出来ない。
それでも私はもう、逃げることなんて----------------
突如景色かも歪み出す。
古びた日本家屋が、空が、空間そのものが歪んでいく。
その不可思議な現象を見て西条は、舌打ちを一つ打った。
少女はその現象を初めて目撃するが、人伝に聞いた現象に酷似しているのに直ぐに気がついた。
間違い無い。
これは、新奇牢が解け始めている?
「・・・・・・此処までか。」
西条がボソリと呟くようにそう溢してから、後ろを振り返って歩き出す。
余りにも突然の変化に私は驚き、思わず西条に声を掛けてしまう。
「見逃すのか、私達を?」
「見逃す訳じゃねぇよ。勝負がついたから帰る、唯それだけだ。・・・・・ああ、そうだ。一つ言い忘れてた事があったわ。」
言うだけ言って再度歩き出そうとした西条だったが、ふと思い出すように歩みを止めて顔だけを此方に向けてくる。
「其奴に伝えとけ、次までにその能力を使い熟すぐらいにしておけってな。能力に振り回されてるだけの奴を倒しても面白くねぇからな。」
そう西条が言い終わった所で歪みが限界に達して、私達は裏世界に帰還した。
裏世界、名古屋駅金時計
ここ数年変わり映えのない様子でカチカチと今日も意味の無い時間の経過を刻むその時計が、二週目を刻み終わる。
何気無い、何時も来る通りの一日を終えるその秒針が最後を刻む時、鳴らないはずのその時計がゴーン、ゴーン、という鐘の音を奏で出す。
その音は何かの始まりを意味する様に、又は何かの終わりへのカウントダウンを始めるように厳かに、然し裏世界中に響き渡らせるように甲高く鳴らし続ける。
その鐘は荘厳な雰囲気を持つ教会に始まりの祝福を響かせ、
「あら、この鐘の音は・・・・・・・・あの時の?」
終わりを知った男に再度の夢を見せる。
「・・・・・始まったね、シーズン君。」
もう過去にした者には未だそれは響かず、
「嗚呼、これまた懐かしいな。あの鐘が遂に沈黙を破った、と・・・・・今度はどんな結末に成るか分からないけど、そんな物はやってみなければ分からないしね?ま、やれるだけやってみりん。」
気味の悪い騒音だと男は唾棄する。
「此奴ぁまた随分と景気のいい鐘の音だな。・・・・・忌々しい。」
裏世界中の人々が何かが変わった事を予感し、登り始めた朝日に新たなる未来を見る。
果たして、この世界は何処に向かっているのか。
知るものは未だ、裏世界に存在しない。
暗く何者も存在しないその空間で、本は独りでに頁を開き焼き付くようにして文字が綴られる。
その冒頭の頁にはきっと、一人の傷だらけの男が描かれている。




