13話
キンキンと金属同士が打ち鳴らされる度に月明かりの中で火花が散り、幻想的な景色にまた違った怪しさを含ませるようにして消えていく。
最も本人達にそんな事を言おうものなら、直ぐさま殴り倒されるか斬られるかの二択なのだが。
幾度かのぶつかり合いを経て柏木栄李の持つ刀が相対していた柚田澄春の金色の髪を数本斬り裂いた所で澄春の方から距離を取り、場を仕切り直した。
その額には冷や汗が滲んでいるのに対して、柏木の方はまだまだ余裕があるようで、薄っすらと笑みを浮かべている。
「!?・・・・・っと、現代っ子の癖に刀振り回すのに慣れすぎでしょう。絶対にいらないっスよ、そのスキル。」
「あら、そう?意外と便利な物なんだけど、これ一つ持っているだけで夜道を気をつける必要が無くなるし。」
「物騒過ぎる護身術っスね!」
「もう。さっきから私の事ばかり言ってくるけど、そっちはどうなの?この御時世に手甲を装備する女の子なんていないでしょう?」
「ファッションっス!今は女性も妄りに肌を晒す時代じゃないんすよ。これの良さが分からないのなら、まだ時代が澄春に追いついてきてないって事っスね。」
残念っス。と言いながら肩を竦める仕草をする澄春はその容姿も合わさって普段なら可愛いのだが、その手に大凡女性には似つかわしく無いゴツイ手甲を着けているためマイナス方向に突っ切っている。
「そう。確かに時代は先取りが大事って言うし、言われてみればそうなのかも?」
「いや、そこで同意されても・・・・・」
ツッコミ待ちだったんスけどね?と軽い掛け合いをしながらも、澄春は一人、頭を回していた。
(うはぁ〜これはちょっと分が悪いっスねぇ。今までの攻防で分かってったっスけど、相性最悪ですし。・・・・・となれば此処は一先ず逃げるっスか。)
早々に現在の状況を冷静に分析し、これからのプランを脳内で組み立てる。
思考を回すコツやどういった物を見るべきか等は、師匠である【考察者】から教わっている。
問題なのは・・・・・
ちらりと、先程の澄春の軽口を未だに真剣に考えながら頭を捻っている女性、【妖刀】柏木栄李に目を向ける。
彼女はこの裏世界でも名の知れた危険人物、勿論そうやすやすと逃してくれる訳では無い。
(確実に追ってくるっスよねぇ〜?)
それに加えてもう一つ。
肝心のこの【新奇牢】の出口の手掛りが見つかっていない事だ。
非常に不利な状況、逃げる手立ても未だ見つからない。
加えて追手もついてくると来たものだ。
(全く、至れり尽くせりっスね。・・・・・でもま、いっちょやってみますか!)
何せ自分はこの数年間あらゆる組織に狙われ、その度に逃げ果せてみせた神出鬼没の【考察者】志球磨孔明の弟子なんっスからね。
青と赤の陣営が夜の都心で激しく武器を打ち鳴らして争う。
裏世界二大組織、【アーク】と【空欄】の抗争は時計の針が深夜零時をとっくに通り過ぎて尚、収まる気配は無い。
構成員の下っ端から幹部達まで、其々の力量に見合った相手に接戦を繰り広げている。
そんな激しい戦場の中で一人【アーク】のリーダー、深海宵は小首を傾げる。
「・・・・・妙だね。」
何時もはこんな事はしないのだが、今日に限って感じた違和感がどうしても拭えず。
全体を把握するため高台に立って深海は広く全体を見渡した。
視線の先には今も激しく争い合う両陣営の姿がある。
それは何時も通りの様に見えるが、やはりどうにも何時もと違う。
【アーク】では無い。
問題があるのは【空欄】の方で、どうにも何時もより士気に掛ける感じがする。
「お〜お〜。こんな所で高みの見物ですかい?【アーク】の頭ってのは良いご身分で、羨ましい限りですな〜?」
感じた違和感について思考を回すのを遮ったのは皮肉ったらしい男の声で、今までも何度も聞いてきたその声が聞こえると共に最大級の警戒を持って左手に持った刀を握りしめた。
「そうだろ?部下が優秀なものでね。僕は随分と楽をさせて貰ってるよ。指令も良く聞いてくれるし、狂犬ばかりのそっちにはいない人材だろう?」
警戒をそのままに、皮肉には皮肉で返す。
御互いに表面上は笑顔で余裕だと示すように対峙する。
整えた髭にオールバックに纏めた白髪交じりの頭髪と、少し草臥れた紅いコートを黒いスーツの上から羽織る姿がトレードマークの男。
【空欄】副首領 化野京国は深海の返しに不敵な笑みを浮かべて肩を竦めた。
「カカッ。相変わらず良く回る口だこと、減らず口ばかりで疲れねぇのかね?」
「纏めるだけで精一杯の君には分からないかもねぇ、僕の悩みは。」
「・・・・・何時も通りみたいで逆に関心しますわ。アンタん処。何時もと違って一人、有名所が少ぇ様に見えたんだが。俺の気のせいかね?」
化野の言葉に脳をよぎるのは抗争の開戦前に突如として発生した【新奇牢】に呑まれた新人幹部、金村詩音の姿だった。
詩音は最近幹部に成ったばかりとはいえ所属するのは二大組織【アーク】であり、その名前は野良の能力者達にまで知られる処。
まぁそうでなくとも【空欄】とは幾度も抗争を繰り広げているので、知っているのは当然と言えるのだが。
「嫌だなぁ。その程度の事で慌てる程柔なメンタルしていないよ。【アーク】はね?」
「・・・・・その口振りだと気づいちまったか。はぁ〜。面倒くさいわ。」
深海の言い草からある程度此方の事情を見抜かれたと判断した化野は直ぐに繕う事を止め、軽く頭を掻きながら溜め息をつく。
「そうだよ。今日本当はボスも此処に来る予定だったんだけどな、間の悪い事に例のアレに呑み込まれちまったってんだもんで。気紛れなボスが参加すると息巻いてた連中のやる気が下がっちまったんだよ。」
ったく。どいつもこいつしょうがねぇ奴ばかりで嫌になる、と化野がチラリと後ろを見下ろした。
その隙を見逃さず抜刀した刀を振り降ろすが、流石の反応速度でそれを脇差しで受け止める。
化野は深海の刀と鍔迫り合いを演じながら、先程とは180°違う獰猛な笑みを浮かべる。
やはりそれは裏世界屈指のアウトロー軍団【空欄】に相応しいものだった。
「全く。今日は厄日だと思っていたが、何が起こるか分からねぇもんだな。うちのボスだけじゃなく御宅の新米幹部まで呑み込まれるとはな!案外同じ空間に入ってんじゃねぇか?」
「さぁね。どういう結果に成ろうが僕は受け止めるだけさ。・・・・・でもま、一つだけ言える事があるとすれば、」
鍔迫り合いで噛み合っていた刀を押し返し、化野を後退させて距離を空ける。
化野も深海が距離を空けに来たのを承知しながら、それに逆らわず素直に身を任せた。
それは一概に深海が何を言うのかに興味があった為であったが、その判断は深海の笑みを見た事で正しかったと判断する。
「・・・・・僕の部下は存外にしぶとい奴が多いって事だね!」
普段の深海からは想像も出来無い様な化野に負けず劣らずの獰猛な笑みで見据えてくるその姿に、タラリと冷や汗が伝うのを感じながら思わずといった風に唾を飲み込んだ。
「久しぶりに見れるかね?伝説の正体ってやつを・・!」
何度目かの西条からの拳を少女はその細腕で迎え撃つ、バ
ァァン!!という鈍い音と共に御互いにたたらを踏んだように後退るが、西条が一歩で止まったのに対して少女は二歩三歩と多く足を出してしまう。
「っく。・・・・なんて膂力、本当に人間・・・・・?」
「ハッハァ!!オイオイ何だお前、中々やるじゃねぇか!!俺の拳をこうも受け止めるかよ、最高だな!?」
少女は少し顔を強張らせて苦々しく西条を見ているが、西条は至って変わらず余裕そうな様子が伺える。
西条が大きく振り上げた拳を目の前の少女に振り抜くが、その拳は空を切り御返しとばかりに重い一撃を背後から貰う。
「!・・・ッチ。」
後ろを薙ぐように裏拳を繰り出すが、西条の腕の届く距離にはもう少女はいなかった。
何時の間にか少女は鼓動の側に戻ってきており、注意深く西条を観察し、その一挙手一投足をも見逃さぬとばかりに目を離さない。
仕切り直すようにユッタリと此方に向き直る西条に、少女は先程とは違い至って冷静に分析しているように見える。
そんな激しい【能力者】同士の戦いを間近で見ている鼓動は、無意識に唾を飲み込んだ。
「消えるような移動に、俺に比肩する拳の力。お前、一体何の能力だ?全く関係性が掴めねぇのに両立してるってこたぁ汎用性の高い能力なんだろうが、それを使い熟すお前も中々のもんだ。今まで何処に埋もれていやがった?」
「それを貴方に言う理由が無い。」
「ツレねぇな。人と馴れ合う気は無いってか?」
何度目かの攻防の後。
少女が西条を分析し突破口を探している際に西条も又、少女を観察していた。
然し本当に此奴どんな能力だ?
能力無しとはいえ拳を当てても相殺される、避けれねぇタイミングで攻撃してもその場にいねぇ。
有り得ないスピードとパワーを両立する汎用性の高い能力?
「オラ、よっ!!」
「っ!?・・・・・」
もはや見慣れてきた空振りする自分の腕と、既に移動した少女の姿に、確信する、
・・・・・・・・いや、スピードじゃねぇな。
仮にただスピードを上げているだけなら、通過した後の風なりなんなりが無いのは腑に落ちねぇ。
それに、
風を切り裂き少女のハイキックが西条に迫るのを、右腕を盾に受けきるが、その感触に明確な違和感がある。
それに、だ。
これまでの事で判明した弱点が顔を出してきている。
そういう終わり方は詰まらねえが、しょうがねぇ。
勝てる勝負を投げ捨てるのはド阿呆のする事だしな。
事ここに至り、少女は明確に自分に焦りが出てきているのを理解していた。
西条の拳に拳を当てて弾くが、最初の頃よりも反動が大きくなってきているのを感じる。
今の打ち合いも西条は一歩後退しただけなのに対して、私は三歩多く下がっていた。
西条はまだまだ余裕そうに笑みを浮かべているが、私は右腕をの痺れが抜けず思わず顔を顰めてしまっているのが分かる。
「どうした?段々と拳の威力が落ちてきてんな。それに動きのキレも悪い、もうヘバっちまったか?」
「・・・・・まさか。そう感じるのなら、貴方の目はとんだ節穴だ。」
「そうかい。そりゃ良かった、ぜ!!」
また真正面からの拳、懲りずにド直球の弾丸戦法。
変に搦め手を使ってくる奴よりは戦いやすいが、その威力は馬鹿に出来無い。
変に受け止めてもダメージが残るだけ、今まで通り避け−−−−−−−−−−!?
少女は能力発動をするため、左側に一歩足を踏み出した瞬間、急に足の力が抜けて体制を崩した。
此れは、限界が来ている?
不味い!?極限の集中状態で気づかなかった?此れ、避けられ、
「限界だな。」
拳が目前まで迫る、その少しの時間でどうにかする為に思考を回す。
避けられない、ならば受けるしかない。
でも迎撃は無理、腕を盾にする。
何とか初撃を耐えて間合いの外へ−−−−−−−−−−
「させるかよ。」
「・・・・え?グッ!!??」
西条の拳が防いだ腕越しに身体を圧迫する、防いだ場所が胸の上だった為に空気が肺から出され、息が苦しく・・・
いや、それよりも。
不味い不味い不味い!!
身体が宙に浮いてしまった。
「逃げねぇって事は当たりだな。お前、地面に接してなけりゃ能力使えないだろ?」
そこまで気づいて−−−−−−−−−−
「じゃあもうこれで終わりだな?お疲れさん、まぁまぁ楽しかったぜ。」
重い拳が振り下ろされ、激しい衝撃と共に床に打ち付けられて私の意識は落ちていった。
「さて、と。」
鋭い眼光が俺に向けられた時、無意識にビクッ、と身体が強張った。
俺にあの拳が受けられるのか?
能力も満足に使い熟せていないのに、能力者達を束ねる様な人に?
必死に打開策を考えていると、ふとガチガチと五月蝿い音が近くから鳴っている事に気がついた。
その不快な音が思考を乱してくる。
その正体を突き止めようと辺りを見回した時、不意に自分の手が震えているのが目に入る。
それに気がついた時、不快な音の正体が漸く分かった。
何時の間にか俺は歯をガチガチと震わせていたらしい。
それと同時に理解する。
俺と西条嘉邦の間には既に、明確な格付けが終わっていた事に。
そんなみっともない姿の俺を西条は流し見た。
そこに先程少女と戦っていた時の様な好戦的な笑みは無く、何処かシラケた様な顔で溜め息を吐いた。
「あ〜止めだ止め。お前と戦う気なんてねぇよ、折角の楽しい気持ちが冷めちまう。とっとと何処にでも行けよ、その様子じゃまだ能力の扱いにも慣れてねぇだろ?そんな奴と殺っても虚しいだけだ。」
突然の言葉に呆然とするが、片手をパタパタと振りさっさと帰れとジェスチャーをする西条の姿に嘘は無さそうだった。
此処で鼓動が出来る事は確かに無い、何方にしろ逃げる事に成るのだからしょうが無い。
そう、此れはしょうが無い事なんだと、自分に言い聞かせて西条に倒された少女に近づき−−−−−−−−−−
「ああ、其奴は置いてけ。」
「・・・・・・・・へ?」
取り出した煙草に火をつけながら、思い出した様に言われたその言葉に驚き、少女を持ち上げようと伸ばした手が空中で止まる。
「其奴、中々面白ぇ能力持ってるしな、【空欄】に入れる。だから逃げていいから其奴は置いてけ、お前は無傷で帰れんだから文句ねぇだろ?」
「・・・・・・・・。」
言葉の意味を理解した時、今迄必死に押さえ付けても止まらなかった震えが嘘の様に止まった。
異様な程静かに成った部屋には西条の煙を吐き出す息遣いだけが残り、微動だにしなくなった鼓動と気絶した少女は無音のまま。
この少女を犠牲に、逃げれる。
言われた言葉を脳内で繰り返す、その度に胸の内に形容しがたい何かが湧き出してくるのが分かった。
視界には痛むのか気絶した状態で苦悶の表情をする少女がいる。
こんな少女を置いて・・・・・・・・?
「・・・・・・・・ッ!!」
ギュッ、と握り込んだ拳の内側で爪が皮膚にめり込むのを感じながら、然しその拳が解かれる事は無く。
握り締められたそれは今も軋みをあげながら固く結んだまま。
「ん?」
気づけば鼓動は立ち上がり、寝ている少女を背に西条を強く睨みつけていた。
「オイ!!」
「・・・・・何だ?坊主。」
鼓動の大声に少し眉を吊り上げながら、意外そうにその冷めた目を向ける。
状況は先程と同じで相手は圧倒的な格上、然し鼓動はもう震える事はなかった。
その視線に負けぬとばかりに一歩踏み出す。
「俺は、・・・・逃げ無いっ!!」
「あ?」
今度は力強く宣言する様に鼓動は言葉を紡ぐ。
思い出すのはこの裏世界で助けてもらった人の顔だ。
まだ数日とはいえ、この世界に来てからは荒事ばかりに巻き込まれ、鼓動はその度に誰かに救われてきた。
「守られてばかりだったんだっ。裏世界に来てから・・・いや、もっと前から、ずっと。見ず知らずの俺を助けてくれた人達に出会って・・・・・今までの世界とは違う環境に成って、勘違いしてたんだっ。」
裏世界という特殊な環境化で無知な事、荒事に慣れていない事、能力を満足に使えない事等、色々な事を理由に見て見ぬふりをしてきた。
これでは駄目だと本当は自分でも分かっていた筈なのに、怖くて逃げ出した。
今夜表の世界に行こうとしたのだってそうだ、物見遊山で裏世界に来て怖くて逃げ出そうとした。
「俺は、何も変わって無かったっ!みっともなく逃げてばかりで、自分で遣らなきゃいけないのに、・・・・・周りの人に助けられて、頼ってばかりだった・・・・・。」
今まで何度も逃げてきて、自分が意気地のないどうしようも無い奴だってことは自分が一番分かっている。
けれど、助けようとしてくれた恩人を見捨ててまで助かりたいと思う程、腐ってはいないつもりだ。
今だってこんな崖っぷちに立たされなければ奮い立つことも出来ないのだ。
だからこそ・・・・・・・・、
「俺は、今此処で自分を変える。」
ハッタリでも良いっ!!能力も体格も強さも、勝る部分が無い事は十分分かってる。
だからっ!!!
今は、気持ちだけでも譲らない。
それがどれだけ無謀だとしても、もう俺は後には引かない。
どうするのかなんて勿論分からないが・・・・・・・・・
「勝負だ西条!!」
そんな些細な事はこの先の俺が何とかする!!!




