12話
「これは、・・・・・。しまったな、今はタイミングが悪い。」
目の前に広がる本棚を尻目に、ただ一つある扉を開き外に出る。
その先に広がるのは窓から洋風の廊下で、月明かりが妖しく照らす様はホラーゲームの舞台のようだ。
見る限りやはり、切り替わっている。
「・・・・・広いこの世界にポツンと唯一人。なんて、そう上手くは行かないね。」
長い長い廊下を渡り、ふと静かな丑三つ刻に不釣り合いな騒音を捉えて窓から眼下を見下ろす。
「死ぬなよ、シーズン君。」
「な、何で日本庭園?」
路地の角を曲がったらありえない光景が広がっていた。
なんて、口に出してしまえば突拍子も無い事だけれども、実際に目の当たりにしてしまえばそうとしか言えないのだからどうしようもない。
どうやら裏世界には不思議な事がまだまだ色々と有るようで、一々驚いてもいられない訳だけれども、取り敢えず全て亜久路さんが悪い、という事にして置く。
キョロキョロと辺りを見回しながら、長閑な風景を進んで行く。
庭園の中央にある日本家屋に入り庭園沿いの廊下を歩く。
「何処なんだここは?亜久路さんと澄春さんは?」
暫く歩いているとカポーン、という何処か耳馴染みのある音が聞こえてくる。
日本庭園でこの音って事は獅子威し、池とかあるのかな?
思えばこの裏世界に来てから死に目にばかり会っている、偶にはこういう心安らぐ事があっても良いのかもしれない。
そんな事を思いながら音の方へ向かうと、
鯉に話しかけている痛い人がいた。
チャポン、
「鯉〜、君達は良いね。悩み事とか無さそうで、アタシも君達みたいに自由に・・・・・」
池に泳いでいる鯉に話しかけている赤髪の後ろ姿。
つい最近見たばっかりの髪の色、出逢った時とは違い優しい物言いではあるが忘れ難い綺麗な声。
素早く身を翻し音を立てないように物陰に隠れる。
その時の自分の咄嗟の判断に自画自讃しながら、再度覗くように見る。
「そうなの、何時も葦際先輩に注意されてて、あ、いやアタシの事を思って言ってくれてるのは分かってるんだけど・・・・・」
此奴ぁやべぇ、きっと末期だ。
どこか既視感のあるあの目、間違い無い。
これまでアルバイト先で幾度と無く見てきた目、社畜の目だ。
よくよく見ればその後ろ姿は哀愁が漂っており、しゃがみ込んでブツブツと呟く姿は正常には見えない。
どうしようか?話し掛けたらきっと前の様に追い掛け回されるのは目に見えている。
ならば此処は見なかった事にして−−−−−−−−−−
「何してるの?」
「!?〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
突然声を掛けられた事で声無き悲鳴が出る。
声を掛けられた方を見れば俺と同じ目線になるようにしゃがみ込んで此方を覗き込むボーイッシュ系の美少女が、
ドゴンッ!!!
直ぐ近くの庭石が吹き飛んだ。
「あれ?・・・気の所為、だった?変な物音がしたと思ったんだけど・・・・・まぁ、良いか。」
咄嗟に口を押さえ付けてしゃがみ込んだ自分を褒めてあげたい。
赤髪の女性は不思議そうにしていたものの、そこに何もいない事を確認した後池の方に戻っていった。
壁の向こう側から再度鯉に話しかける声が聞こえだしてから、止めていた息を静かに吐き出した。
「ねぇ、何してる?」
「何してるって・・・・・・・・・」
横から再度問い掛けられた事により、横の少女に向き直る。
黒髪の短めの髪にフードを目深に被ったのが特徴的な、小柄な体躯の少女。
直ぐ側にいることで覗くことが出来る端正な顔は正しく美少女で、そんな女の子を間近で見た鼓動は頬が熱くなるのを自覚した。
「・・・・・無視?」
「え、い、いやそうじゃなくて、突然の事だったから驚いちゃって、」
「そう。確かに貴方はこの世界に来て間も無さそうだし、色々と驚く事は多そう。」
コクコクと頷きながら納得、と呟く少女は鼓動がこの世界に慣れていない事を当然の様に言い当てる。
「え、何で俺が裏世界に来たばっかりだって分かったんだ?初対面なのに。」
「ん。初対面なのは確かにそう。だけれど接点が無かった訳じゃない。」
「接点?」
「そう。この前ビルでそこにいる女と戦っていた時に覗きをされた。」
「ブゥゥゥゥゥゥゥッ!!??」
「舐めるように見られた。」
「〜〜〜〜〜!!!!」
衝撃の発言に思わず吹き出してしまう。
それと共に漸く少女の正体が頭に浮かび上がった。
この子、あの時のビルの子か!?
思い返すと確かにその時に赤髪の女の子と戦っていた少女がいた、良く見れば見覚えもある。
「漸く、思い出した?」
その問いにコクコクと頷く。
「じゃあ行こうか。」
「え?何処に?・・・っていうか此処は一体?」
「それも含めて教える、貴方は何も知らないみたいだし。」
「いやー参ったっスねー。」
微かな唸り声が重なり合い、静かな丑三つ刻に舞う桜の景色に水を差す。
せせらぎと共に月光を反射する水面の上に橋がかかり、其々の川岸に桜の木が並び立つ桜道。
人口の光の無い自然なその景色は、思わず溜息をついてしまう程美しい。
「まさかこんな事になるなんて、予想外っス。シーズン先輩大丈夫っスかね?」
幾重にも折り重なった人の山を背に、思考するように空を見る。
もうこうなってしまった以上、自分に鼓動を助ける事は出来ない。
それに関してはこの現象の性質上どうしようも無い事だ、だからこそ。
「今は自分の事を最優先っ、スね!!」
空気を切り裂き、夜光を反射しながら閃光の如き光の軌跡を描きながら澄春に迫る。
それにいち早く反応した澄春は、避けるのと同時に幾つかの石を蹴り上げて牽制しながら距離を取った。
「アハハ、避けられちゃった。」
ヘラヘラと口調だけは残念そうに、澄春が巻き上げた砂がついた服をを手で払う。
その手には現代には似つかわしくない日本刀。
「聞くまでもなく敵っスね。」
「凄いねぇ。完全に不意をついたと思ったんだけど避けるなんて、ビックリしちゃった。ずぅっと見ていたけど戦い慣れもしてるし、もしかして【異名】持ちかな?」
表情を変えずに自然体の様に女は話しかけて来るが、その立ち姿に隙らしきものが見当たらない。
夜風が散らす桜の花びらの中で日本刀を片手に薄い笑みを浮かべる姿は非常に絵になるっスが、その刃が自分に向くのは勘弁して欲しい所っス。
明らかにそこに積み上がっている輩たちよりも格上、その上特徴的な制服に身を包んだ姿。
目の前の彼女とは初対面だが、澄春にはそんな奇抜な組み合わせをしている人物に心当たりがある。
「生憎と自分に異名は無いっスよ。でもアナタの異名には心当たりがあるっスね。」
ツゥっと冷や汗が垂れる。
その心当たりの人物だとしたらまた厄介な人に目を付けられたもんっスね。
「まさかこんな所で【妖刀】に会うなんて今日は厄日っス。」
「ふふ、そう?私はそうは思わないけど。ほら、人と人の出会いは一期一会って言うでしょ?詰まりはこの出会いも運命だとは思わない?」
そうでしょ?と女、柏木栄李は澄春に問い掛ける。
「生憎と自分はそういうの信じないタイプなんで、取り敢えず。」
途中で言葉を切った澄春を不思議そうに見ながらも、柏木は油断無く澄春を見据えている。
そんな緊張感のあるこの場面で澄春が言う言葉は−−−−−−−−−−
「逃げてもいいっすか?」
「駄ぁ目ぇ♡」
柏木に呆気なく切り捨てられた。
「ちょっとちょっと!?詩音ちゃん飲み込まれちゃったんだけど!?」
「嗚呼?ギャアギャア喧しいわ!彼奴も【アークス】の幹部なんだから良い感じにやるだろ、それより目の前の事に集中しろや!!」
慌てたように叫んだ【アークス】の幹部、人見真司の言葉を相方の百合月縁が煩わしそうに切り捨てる。
直前に起こった出来事に対して、正反対の性格の二人は何時もの様に喧しい。
何時もならそれをワタワタしながら新米幹部である金村詩音が宥めるのまでがセットなのだが、生憎とこの場にはいないので二人の喧しさにブチ切れた先輩幹部である葦際港が拳で黙らせた。
「五月蝿ぇんだよ、お前等。馬鹿詩音の事は油断した彼奴が悪ぃ、何時もの事だが詩音には幹部の自覚が足りねぇ。」
頭を抑えて蹲る二人に溜息を吐きながら詩音の事について苦言を呈すると、それを待っていたかの様に詩音のいないこの場では最も後輩の芝崎愛花が喜々として葦際に賛同する。
「キャハハ。本当ですよ~。もっと詩音ちゃんは幹部としての自覚を持たないといけませんよね〜?その点私はしっかりと自覚を持ってますけど〜、」
自信満々に良く手入れされている茶色のボブカットをかきあげながら普段の行いを棚に上げて話す芝崎に、葦際の冷めた視線が突き刺さる。
「芝崎、自覚の度合いで言えばお前も詩音も似たり寄ったりだろうが。」
その葦際の言葉に、何て事言うんですか!?私はちゃんと自覚持って幹部やってますよ!?と葦際の物言いに抗議しだした芝崎に再度溜息を吐きながら葦際は何かを押し留める様に額を抑えた。
「お前つい最近も【酔いどれ横丁】で泥酔した挙げ句、部下に連れ帰ってもらってそれを口止めしてたらしいな?」
葦際のその言葉に五月蝿く抗議していたのをピタリと止め、立て付けの悪い機械の様な動作をしだす芝崎に、人見と百合月の残念な者を見る様な目が向けられる。
「な、何故それを、・・・?」
「深海に聞いた。」
恐る恐るした芝崎の質問に、葦際は夜の大通りのガードレールの上に座り、先程コンビニで買ったチョコを摘んでいたこの【アークス】のリーダー、深海宵に視線を向けた。
「リーダー!?あの事は焼酎一瓶で手を打った筈じゃないですか!?」
「あ、あれ美味しかったよ。」
「畜生ぉぉぉぉぉぉ!!!私のイメージが!?」
深海の言葉に崩れ落ちて地面を叩き出した芝崎を見ながら、ごめんごめんと軽く謝る深海を見て、深海の性格をよく知っている他の幹部は此奴だけには秘密を話さないようにしようと固く誓った。
「それより、来たみたいだよ。」
「・・・・今日は何時もより遅かったな?」
「だね。何か不測の事態でも起こったかな?ま、どうでもいいけどね。」
よいしょ、と掛け声を出して腰掛けていたガードレールから立ち上がる。
視線の先にあるのはデザインはバラバラだが、この暗闇でも分かる赤と黒を基調とした集団の姿。
主に青を基調としたデザインで揃えている【アークス】とは対に成っている、この裏世界の二大組織のもう一方。
実力主義のアウトロー集団【空欄】の姿が見えてくる。
深海はそれに相対す様に先頭に立ち、背後を振り返らずに部下に声をかける。
「それじゃお前達、今日も一つド派手に。【狂乱】の幕開けだよ、気張っていこう。」
コツコツと古き良き日本家屋の廊下を連れ立って歩く。
廊下を靴のまま歩くのは気が引けるが、脱ごうとした所で前を歩く少女に、何してんの?と呆れた目を向けられてしまった。
少女曰く、此処は誰のものでも無いから脱がなくてもいいと教えてもらい、鼓動は少女の背を追いかけて歩き出した。
「これ、どこに向かってるんですか?」
「この空間の出口。」
「!?出口が分かるんですか?」
「分かるとは違う。正確にはこの空間の出口となるであろう場所の予測がついているだけ。」
事も無げにそう言った彼女の横に並び、フードで大部分を隠された横顔を盗み見る。
この前のビルでの一件で縁が出来たこの少女は、フードを目深に被っているのと表情があまり変わらないのもあって何を考えているのかがいまいち分からない。
態々向こうから声を掛けてきたのだから何かしら目的があるのだろうけど・・・・・・
「ねぇ。」
「はい!?な、何か?」
「またジロジロ見てる。やっぱりそういう趣味?」
「いやいやいや!違うから!勘違いだから!?」
途中何度か廊下の曲がり角を曲がり、軽く少女と話をしながら暫く歩き、一つの襖の前で立ち止まった。
「着いた。此処。」
呟くように少女がその襖を指差す。
白い襖に筆の運びで黒の模様が描かれた、他とは違うその襖。
描かれているのは何かの花のようだけど、生憎と鼓動にはそれがなんの花かまでは分からなかった。
少女が襖に手をかけて横に引くと其処には−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「これは、書斎?」
そこにあったのは幾つもの本棚の中に隙間無く敷き詰められた大量の本で、その中心にポツンと置かれた一つの机と椅子だけがある空間。
「そう。この世界に度々起こる謎の現象、【新奇牢】の出口に成るかもしれない場所。」
「そもそもこの現象【新奇牢】は裏世界で何度か唐突に起きてきた物。原因は不明、何時起きるかも不明の謎多き現象。此処までは常識的な情報だし、貴方と一緒にいた男はこの世界に慣れてそうだったから聞いていると思うけど、問題はそこから。」
へーそうなんだ、常識的な情報なんだ。
俺は知らなかったけどね、亜久路さんは知っていただろうね。
「この現象は主に【狂乱】と呼ばれる夕方5時から夜明けまでの間に発生し、夜明けと共に消滅する事が分かっていて、その時間帯に建物の外に出ていた者達の中からランダムで引き込まれる。今の私達みたいに。・・・・此処までは詳しい人なら知っている情報。」
詳しい人達なら知っている情報。
そういえば今日の夕方まで【考察者】とかいう情報の事なら恐らく一二を争う位知ってそうな人と一緒にいたんだよねー。
何も聞いて無いけど。
「この世界では情報は大事、知らない事が死に繋がる様な事もある。この先は中々知っている人はいない。この【新奇牢】を抜け出すにはもう一つやり方がある。それは-------------------」
少女の言葉には妙な説得力があり、それを聞いていた俺は思わず唾を飲み込んだ。
死に繋がる、確かに今まで何も知らないが故に命の危険に会ってきた。
思い返したこの世界にやって来てからの記憶で俺は事ある事に死にかけている。
取り敢えず帰ったら亜久路さんと志球磨さんを締め上げよう、絶対まだ何か言ってない事有るってあの人達。
少女の話の途中、人知れずそう決めた時、不意に
「面白れぇ話だな?俺も混ぜろよ。」
俺達に掛けられた何気ない問いが、
ゾッッ、と背筋を不快な何かが駆け上がり、
(こ、れは!?)
瞬時に訪れた、過去最高の速度で流れる本の頁が捲くられる音がして。
見えた未来で、俺は血だらけで横の壁に吹き飛んでいた。
(死ッ!?)
反射的にしゃがみ込んだ俺に、声を掛けた当人は驚きつつも感心しているようだった。
「へぇ、勘がいいな。軽くふっ飛ばそうと思ってたが先に反応しやがった。何だお前、面白いな。」
クツクツと笑うその人物を背後に直ぐにその場を離れ、向き直る。
そこで初めて襲ってきた敵の姿を視界に収めるが、その姿に無意識に息を飲み込んだ。
先ず目につくのはその隠しようも無い分厚い筋肉、服の上からでも明らかに常人のそれとは物が違うと分かってしまう盛り上がりは威圧感すら感じる程。
金色に染められた髪に鋭い目、赤と黒のグラデーションのストリートファッションに身を包んだその男は不敵に笑いながらただ此方を見ているだけなのに、猛獣の前に立たされた小動物のように気圧される。
「っ、何で貴方が此処に・・・・・?」
隣りにいる少女が絞り出すように言葉を紡いでいく間も男から目を離せず、言葉を聞くだけしか出来無い。
「裏世界二大組織、【空欄】首領西条嘉邦」
「嗚呼?偶々だ。【狂乱】に行く時に飲まれちまってな?退屈してた所に面白そうな奴等がいたからよ。少しばかりちょっかい掛けに来たって訳だが、・・・・・中々どうしてオレの勘も捨てたもんじゃねぇな。」
ジロリと隣の少女と俺を観察しているだけなのに、睨みつけらていると感じるのはその身に纏う気迫が故なのか。
緊縛したこの状況で真っ先に動いたのはやはり、西条だった。
「どうせ暇だろ?遊ぼうぜ?」
時間が急激に遅くなる。
軽い感じの言葉とは裏腹に凄まじいスピードで迫る拳。
(っ!?またか、よ!!)
パラパラと何時も通りの音を聞きながら、慌てて横に移動する。
拳の範囲内から抜け出した所で能力が解除され時間が動き出す。
ブオンッ、と凄まじい音共に拳が動くが、其処には既に鼓動はいない。
危なかった、そのままだったら今頃殴られて−−−−−−−−−−
そこまで考えて思考が停止する。
気がつけば先程まで見ていた光景では無く、俺は壁の方向を向いて、・・・・・待て、
−−−−−−−−−−どういう事だ?
何で壁が俺に近づいて!?-------------
まるで能力を使った時の様にスローモーションの様になった視界でゆっくりと宙を舞いながら、動く景色が流れていく。
突然の事に頭が追いつかなかったその事態に、鼓動は壁が直前まで迫ってから漸く気づいた
いや違う、俺が近づいてるんだ−−−−−−−−−−
「ガァッ、ァァァァァッ!?」
木製の壁を突き抜け、何枚もの障子を巻き添えに吹き飛び漸く身体が停止する。
襲い来るのは早すぎて気づけなかった腹部と壁に打ち付けた全身からの鈍い痛み。
痛みでのた打ち回りたいのに全身にある痛みで動け無い、そんな状態で漸く気づいた、殴られたんだ。
避けたのを見てから、もう一度。
早すぎて見えなかった。
「ハッ、飛んだな。初撃を避けたのは褒めてやるが、ニ撃目を避けれねぇなら意味無いな。」
俺がぶつかり開けた壁の穴からその巨体を屈めて、獰猛な笑みを浮かべた西条が通り抜けてくる。
西条が一歩、歩を進めるだけで見えもしない圧迫感が背中に伸し掛かっている様に感じる。
荒い呼吸を吐きながら、床に這い蹲る姿勢で顔をあげると、目の前に仁王立ちしている西条がいる。
「じゃあな、坊主。これに懲りたら二度と此方の世界には来ないこった。」
声音に若干の落胆を乗せながら、西条が左腕を振り上げる。
駄目だ、能力を使っても今の身体じゃ避けられない。
いや、仮に使えたとしても、さっきの二の舞いに成るだけだ。
取り留めのない考えが頭を過ぎるが、どうしたって現実はまってはくれない。
俺は這い蹲る無様な姿勢のまま諦めるように目を瞑る事しか出来なかった。
「・・・・・お?」
此れから襲い来る痛みを堪らえようと最後の抵抗で目を強く瞑った鼓動だったが、その痛みは幾ら待てどもやって来ず、代わりに降り掛かったのは何処か気の抜けた用な西条の声だけだった。
「させない。彼は私の連れ、貴方がどんなに強くても関係無い。それ以上は私を倒してからにして貰う。」
聞こえてきた声に恐る恐る目を開くと、そこには俺と西条との間に立ち塞がる小柄な姿が。
普通の人と比べても華奢で小柄なその体躯は、大柄な西条と向き合えば正に大人と子供のようだった。
背後からはその表情を見る事はかなわないが、声には少し険しさがあるような気がした。
「あ?知らねぇよ。お前の事情なんてよ。」
少女の懸命な主張も西条の前では無意味で、振り上げた拳はそのまま少女へと行き先を変更して放たれた。
能力を発動するまでもなく想像できる光景。
次の瞬間には少女はきっと鼓動の様に吹き飛ばされるだろう、いや、鼓動よりも華奢な分、更に酷い事になるかも知れない。
そんな鼓動の想像を他所に少女は西条の丸太のような腕から放たれた拳を、似ても似つかない小さな拳で迎え撃った。
「・・・・・・・・・・え?」
パァァァァン!!!、と拳がぶつかりあったとは思えない音が鳴り、同時に二人がたたらを踏んだように後退った。
その有り得ない光景に啞然とするしかない鼓動は自分の目を疑い、目を見開いた。
「痛っっっった。その腕、本当に生身の肉体?」
無表情に近いその端正な顔をフードの内側で僅かに崩し、少女は痛みを逃がすように手をプラプラと振る動作をする。
「・・・・・んだよ。お前も中々どうしてやるじゃねぇか。本気じゃないとはいえ、互角に撃ち合うかよ。クックックッ、面白れぇ・・・・・来いよ。遊ぼうじゃねぇか。」
先程よりも更に獰猛に笑う西条は両手を広げ、迎え入れるようにして挑発する。
この状況が何よりも楽しいと言うような態度で、少女の出方を見るらしい。
それに対して少女は慣れたように右手を引き、まるで空手の型のような体制でピタリと止まった。
その姿勢から一歩、少女が足を踏み出した瞬間、まるでそこだけ時間が切り取られた様に西条の鳩尾に拳を既に当てている状態で少女が現れ、今度は西条が鼓動とは別の壁に吹き飛んだ。




