10話
タッタッタッタッタと速いリズムで二人分の駆ける音が夕方の大通りで鳴る。
二人の人影が手を繋ぎ合っている、それが男女であれば甘い青春を思い浮かべるだろう。
実際にそんな状況に成れば鼓動は泣いて喜ぶに違い無い、女性と手を繋げるだけでも嬉しいのに、そんな絵に描いたような青春の1ページ、純粋に憧れるという物だ。
そう思っていた、今日までは。
「ゼェゼェ、エ、ご、ゴホッ、ちょっタンマ・・・・・止まって・・・歩かせて下さい・・・」
自分が出せる以上のスピードで手を引かれ続けた鼓動は既にグロッキー状態で咽てすらいる。
そこに思い描いた様な甘酸っぱさは無く、ただ苦しい肺の痛みだけがあるだけだ。
一方女性は息を切らしてこそいるが、未だ余裕がある。
「え?ちょっ、大丈夫?・・・そんなに飛ばしたつもりは無かったんだけど・・・君体力無いんだね?」
「ウッ!?」
女性の意図しない言葉が胸に突き刺さる。
女性に直接言われることで、自分の情け無さが更に目立ってくる。
「そ、そんな事より体大丈夫ですか!?結構強く叩きつけられてましたよね!?」
露骨な話の差し替えだったが女性はそれを指摘せず、ジト目をしながらも合わせてくれた。
「そうだね~。私女の子なのに傷付いちゃった、傷物にされちゃったな~?普通男の子が守ってくれるんじゃないかな~?」
「グッ!?・・・・・弱くてスイマセンでした・・・」
「なはは、冗談冗談。それより君・・・・・あれ?」
からかうように笑っていた女性の表情が急にキョトンとした物に成り、首を傾げる。
その拍子に水色の髪が揺れる。
今までの年上の女性の様な仕種では無く、何処か子供っぽいその仕種も非常に似合っていた。
「?どうかしましたか?」
「私達まだ自己紹介してなかったね。」
確認をする様にそう聞いた女性にハイと答えると、女性は楽しそうに笑いながら正面に立った。
「私は阿多羽亜鶴美。宜しくね?」
「亜鶴美さん・・・・・・通りすがりの良い女じゃないんですか?」
「改めて聞かれると恥ずかしいから、それ聞かなかった事にしてくれるかな!?」
鼓動のからかいに面白い位に反応した亜鶴美は、それを無かった事にしたい様で手をバッテンに交差し、ハイナッシー!!!さっきのはナシでーす!!
と叫んでいる。
話せば話すほど子供っぽい所が出てきている。
「というか、それより、ハイ。」
「?」
「もう、何ボ〜ッとしてるの?名前、貴方の名前は?」
「へ?」
もう、と言いながら腰に手を当てた亜鶴美さんは、催促する様にジトッとした目を向けてくる。
「私が名乗ったんだから、次は君の番でしょう?」
その言葉に自分がまだ自己紹介していない事を思い出し、慌てながら声を出す。
その時に若干前屈みになった亜鶴美さんのそれから目を離すのに苦労した事は胸の中に閉まっておく。
何故か亜久路さんがサムズアップしながらキメ顔をしているのが脳裏を過ぎったが、努めて無視をした。
「す、すいません!改めまして、俺の名前は春夏秋冬鼓動です。さっきは危ない所を助けて頂いて有難う御座います!」
慌てていたので短いが、自己紹介をしてから助けて貰った御礼も伝えた。・・・のだが御礼を伝え終わり、頭を上げると不満そうな顔をした亜鶴美さんが溜息を吐いた。
「それだけ?もっとないの〜!自己紹介だよ、自己紹介!!挨拶は初めが肝心なんだから、もっとお話してよ!例えば好きな女の子のタイプとか!」
「それ絶対初対面の異性に振っちゃいけない話でしょうが!?」
「私は大丈夫だもん!!!」
「俺は大丈夫じゃないですよ!?」
亜鶴美さんの自由な振る舞いに翻弄されながら拒否すると、彼女はしょうがないなぁ、とでも言うように肩を竦めて溜息を吐く。
「もう、我儘だなぁー。・・・然しそれよりも、春夏秋冬鼓動君、か。う~ん、・・・春夏秋冬、春夏秋冬?ひととせって何?いや鼓動、・・・・・コドウ・・・こどう?・・ビート。あ、」
何故だか亜鶴美さんに譲歩された様な雰囲気に釈然としないが、突然ウンウンと唸りだした亜鶴美さんに言っても聞かなそうなので呑み込む事にする。
呟いていることから察するに呼び方を考えているのだろうが、どうやら彼女は鼓動の方から連想しているらしい。
「じゃあ君の事はシーズン君って呼ぶね!」
「何でだよ!?ついさっき迄掠りもしなかったじゃん!?」
「アハハハハ!!」
夕方、亜久路の事務所
「良かったよ、シーズン君。キチンと能力を使えたんだね。何とか無事に切り抜けられたみたいだし、終わりよければ全てよし。全部丸く収まって良かったよ。」
「喧しいですよ、この薄情者。」
「あ、痛い!!、痛い、痛ででででででっ!?」
夕方、亜鶴美さんと会って休止に一生を得た俺は、それじゃあまた会おうね!と言って風のように去っていった彼女と分かれ、亜久路さんと合流し頭を鷲掴にしてあらん限りの力を加えていた。
「ごめん、御免って。荒療治した方がシーズン君の能力の覚醒が早まりそうだったからさ?」
「だからって早々に死に目に合わせる奴がありますか?」
「頭がぁぁぁぉぁぁぁぁ!?」
必死に振り解こうとする大の大人を見ながら、こうは成らない様にしようと誓っていると、今まで直ぐ側で珈琲を飲んでいた志球磨さんが見兼ねたように助け舟を出す。
「まぁ、落ち着けよ。シーズン君。その男も悪気が有った訳では無いさ、君を成長させようと・・・」
「志球磨さん。・・・見捨てた辺り、貴方も同罪なのでは?」
「用事を思い出した!!!」
亜久路さんを庇い立てした志球磨さんが俺の指摘に、即座に反応し扉へと駆け出す。
然しそんな事は予想済みである。
「澄春さん!!」
「ほいきた!!」
俺の掛け声にこれまた即座に反応したのは、案の定志球磨さんの弟子だと判明した柚田澄春さん。
見事なロープ捌きで志球磨さんを縛りあげ・・・何で亀甲縛り?
「得意なので!!」
「あ、そっすか。」
ニコニコと屈託の無い笑顔で志球磨さんを吊り上げる様子には引くしかないが、話してみると意外と直ぐに仲良くなれた。
「クソッ。おい馬鹿弟子。今直ぐ縄を解いて私を開放しろ!私はまだ死にたくない!」
「駄目っスよ師匠〜。悪い事したら謝るのが筋だって、家の隣のオッサンの所に夜な夜な来るサングラスの怖い人が言ってたっス。」
「取り敢えずお前は其処を直ぐに引っ越せよ。」
「?何でっスか?」
住めば都ッスよ〜!?と声を上げながら抗議する様に縄を振り回す柚田さんの動きに合わせて志球磨さんが空中で揺られる。
徐々にグロッキーに成っていく志球磨さんをそのまま柚田さんに任せて、亜久路さんの頭から手を離す。
「お〜、痛ったたた。」
「ったく。もうしないで下さいよ?」
「大丈夫、大丈夫。もうしないって、今まで叔父さんが嘘ついた事ある?」
その質問に次々と脳裏に浮かぶ裏世界に来てからの出来事の数々、確かに嘘はついていないけれども。
「亜久路さんは逆に大事な事を話さな過ぎですよ。俺、死にかけたんですからね。」
「いや〜、御免ね〜。」
「・・・・・」
「痛づづづづづづっ!!??」
軽く謝る亜久路さんにもう一度アイアンクローを見舞ってから、事務所の扉に歩き出す。
「ど、何処に行くの?」
「一旦元の世界に帰ります。着替えとかも無いですし、何より急にいなくなったりしたら問題になりますから。」
「あ〜。でも、止めといた方が・・・・・・いや」
倒れたままの体制で何かを言いかけて止める亜久路さんは、ニヤリと不敵な笑いをしながら立ち上がる。
「よし、じゃあ一緒に行こうか!」
「え?何でですか?」
「もう夕方だし、シーズン君はまだまだこっちの世界に不慣れだしね。」
そう言って、さぁ行こう今すぐ行こう!とグイグイと背中を押してくる。
「あ、そうだ澄春ちゃんはどうする?志球磨についとく?」
扉を開ける瞬間、後ろに振り返り澄春さんに声をかける。
その声にグロッキー状態でぶら下がる志球磨さんを棒で突いていた澄春さんが志球磨さんと俺達を見比べ初めた。
「う~んと、そっちの方が面白そうなのでお二人についていくっス。」
「そう?じゃあ一緒に行こうか。志球磨は・・・聞くまでもないね、動けそうな状態じゃないし。」
吊るされた状態でピクリとも動かない志球磨を一瞥し、亜久路はコートを羽織り準備を整える。
「大丈夫なんですか、あれ。死にそうなっていうか死んだ目をしていますけど・・・」
其処には昼間に見た様な余裕のある大人の姿は無く、市場に並べられた魚達に似た目をした男が一人吊るされているだけ。
初めて会った時にも思ったが、とことん残念な人である。
「大丈夫、大丈夫。あれでも御尋ね者扱いされながら裏世界を生き抜いてきた猛者だよ?何があっても死にゃしないさ。」
「何かある前提なんですか!?・・・っていうか今更ですけど何でそんなにノリノリなんですか?正直、嫌な予感しかしないんですけど。」
「まぁまぁまぁ!そんな細かい事は良いから。さぁいざ行かん、夜の裏世界巡りじゃあ!!!!」
「お~っス!!」
「いや、帰るって言ってますよね!?」
「時間だな。」
寂れた廃工場の中、大柄な人影がゆっくりと立ち上がる。
日常生活の一動作にも関わらず、その仕草にはある種圧倒されるものがある。
ただ其処にいるだけで感じる威圧感に口を挟めるものは決して多くは無い。
それこそ−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「アタシはパス。」
呟くように放たれたその言葉がこの場に痛いくらいの静寂を生んだ。
声の主は腕を組みながら微動だにせず、真っ直ぐと此の場の支配者に目を合わせる。
金髪の女性、緋美狗飛鳥は物怖じしない。
しかしそれは表面上は、の話。
現状の彼女は緊張の余り混乱状態であり、緋美狗の内心は、
(あああ、集会緊張するぅぅぅぅ!!何でこんな寂れた所に集まるのよぉっ!?何か出そうなんですけどぉぉぉぉ!?帰りたいよぅ・・・うぅ、でも皆来るし一人だけサボったら目をつけられる。夜道に背後から襲われるぅぅ。)
と中々に混沌としていた。
緋美狗と、男が表面上は睨み合っている。
この場にはそれを面白がる様に見る者もいれば、興味なさげに成り行きを見守る者もいる。
しかしその中にはそれを面白く思わない者も当然存在する。
「おいおい、おいおいおい!!何言ってんだ緋美狗ぅ!!!テメェボスが時間だって言ってんだろうが?幹部なら従うのは当然だろうが嗚呼アァ!!??」
チンピラの様にしゃがみ込んだ姿勢のまま男は凄む様に声を荒げる。
緋美狗は其れを一瞥し、何事も無かったかの様にボスと呼ばれた男に視線を戻す。
(ヤベェよ、何か滅茶苦茶怒ってるよ。緊張しすぎて記憶飛んだしアタシさっき何言ったんだ?凄い冷や汗が止まらなくなってきたんですけど・・・ボスも何も言わないし、ちょ、あんまこっち見ないでよ!目が怖いんだから!!・・・・・嗚呼、アタシの命此処までだ、もう知らん、後はもうどうにでもなれ・・・・・)
「アタシはもう昼間にボスの命令を聞いたし、それもちゃんと終わらせた。今日休んだ所で問題ないはずよ。そうでしょボス?」
声を荒らげてきた男を無視して確認を取った事に更に場が五月蝿くなったが、吹っ切れた緋美狗は気にする事は無い。
「・・・・・ああ、構わねぇ。」
短いボスの了承の言葉に五月蝿かった声がピタリと止んだ。
ボスが絶対であるこの組織の規律を表すようにボスの発言を聴き逃さぬ様に各々が耳を澄ます。
「結果を出したのならば、それに対する対価があるのは当然だ。お前は其れだけの事をした。・・・・・今日は好きにしろ。」
「・・・どうも。」
「他に何か言いたい奴はいねぇな?」
ジロリと工場内を一周する様にボスが見回すが、他に声は上がらない。
「話は終わりだ、出るぞ。」
ボスの号令に集会に集まった幹部達が付き従う。
「狩りの時間だ。」
幾年も前に忘れ去られた建物中で今日も【狂乱】の幕が上がる。
亜久路さんの事務所を出て数分、すっかり日の落ちた裏世界を3人連れたって歩く。
「それにしてもシーズン先輩こんな時間に外に出るなんて、肝が座ってるっスね。見直したっス。先輩なら事務所に引き籠もって動かないと思ってたっスよ。」
隣を歩く柚田澄春の言葉に鼓動は肩を落とす。
澄春の中での自分に情け無さが出てくるが、強ち間違っていないようで否定出来ない。
「有難う、澄春さんの中での俺のイメージが垣間見えて泣きそうだよ。それと日は落ちているけど、それでビビる程子供じゃないと伝えておこう。」
然し鼓動にも吹けば飛ぶほどとはいえ、男の子としてのプライドはあるので一応否定出来る所は否定する。
「いやいや、本当に褒めてるんスよ。能力を使えるようになったばかりで、もうあの時間なのに外を出歩こうだなんて勇気は澄春には無いっス。」
本当に思っているという様に腕を振る澄春の行動に、女性として起伏に富んだ部分が跳ね回るが努めてそれを無視して気になった部分を問い掛ける。
「あの時間?」
何故だかその単語に嫌な冷や汗が吹き出てくる。
鼓動のその質問に澄春はキョトンとした表情をする。
「あれ?シーズン先輩知らないんっスか?もうすぐ【パレード】の時間っスよ。」
「【パレード】?遊園地じゃあるまいし、」
「いやいや、そっちじゃなくて・・・【狂乱】っスよ。この裏世界にある幾つかの組織が構成員を増やす為、又は敵対する組織の構成員を打倒する為に行う能力者狩りの事っす。」
「え"!?」
バッ、と亜久路さんの方を振り向けば満面の笑みでサムズアップしてくる。
「は、・・・・・」
「嵌められたっぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?????」




