一話
現実で起こっている事はその殆どが唐突で、回避の難しい物ばかりだ。
ニュースで流れる事件を人は、何処か外の事柄の様に捉えている。
自分じゃないから、知人では無いから、結局、他人事だから。
だからニュースはある種非現実的な、フィクションの様に見ていた。
少なくとも俺はそうだった。
そうだっから、俺は−−−−−−−−−−−−−−−−−
はぁ、ぐっ。うぅゔづぅ!
−−−−−−−−熱い!熱いっ痛い痛い!!
痛みで疼く右腕を抑え、痛みで荒くなり恐怖で震える息遣いで懸命に走る。
寒さで白く曇る息を振り切り、バタつく足を前に出す。
「待ぁってよぉ?」
「あぁっっっ、!?」
新たに足に走った熱さに気を取られ、体制を崩し咄嗟に右腕を庇い左肩を強打する。
「逃げないでよ、寂しいじゃない。」
「痛っづぅ、!、!!」
コツコツとローファーが地面を叩く音がすぐ近くで聞こえる。
先程迄は全く聞こえなかったのに、その声の主は何時の間にかそこに居る。
ブレザー姿のその高校生は肩までかかる黒髪を揺らし、整った顔に笑みを貼り付けてその少女は俺の側まで歩み寄る。
「急に走って行くんだから驚いちゃった。もう、私を見て逃げ出すなんて傷付くなぁ。」
ニコニコとこの状況に似合わないを浮かべながら少女は、その身に不釣り合いな刀を肩に乗せる。
「ん?やだぁ血が付いてた、制服に付いちゃう。」
ワタワタと呑気に刀を振り払い血を落とす少女は同仕様もなく何時も通りで、それが逆にとても怖い。
本当に何時も通りで何も変わりなく、まるで朝教室で合った時の様な軽い様子で話す彼女が別の生き物の様に見えて仕方が無かった。
「ぅっ、柏木、何・・で?」
「鼓童くん。・・・・・鼓童くんって優しいよね?まるで全てを包み込んでくれるみたい。」
「何を・・・・・」
彼女、柏木栄李は至って普通に世間話をする様に声をかける。
「それで思ったんだ。鼓童君ならもしかして私の愛を受け入れてくれるかなって、でもいきなり逃げるから斬っちゃった。」
ゆっくりと柏木が片手をを振り上げる、カチャと金属特有の硬質な音がなる。
上に上がるに連れ街頭の光が反射し怪しく光る。
カタカタと知らず身体が震え血の気が引く、気のせいで無ければ顔は青褪めているだろう。
そんな様子の俺に柏木は変わらず笑みを崩さない。
「だから、次は逃げないで?」
殺される!その笑みを見た彼女を見て数秒後の未来を悟り目を瞑る。
同仕様もないこの現実から目を背けるように強く瞼を閉じた。
「よぉ、何してるんだ?」
そんな緊迫した状況を切り裂いたのは一つの声。
覇気もなく、どちらかと言うとだらしなさを感じさせる気の抜けた声、それがその時俺を救った物だった。
「こんな遅い時間に高校生の男女が二人きりで遊び歩くなんて感心しないな。歩道対象です。直ぐにお家に帰りなさい。」
やる気の無さそうな顔でだらし無く、着崩したスーツにコートを羽織った出で立ちの男性。
その主張は刀を持った少女の前に血まみれの男が倒れていると言うこの状況で、とても的外れで巫山戯た物だったが何処かスキのない仕事人の様な印象がした。
「あらら、見つかっちゃいましたか。折角の逢引だったのに、余計な邪魔が入ってしまいました。」
「全く、青春だねぇ。オジサンにはそんな甘酸っぱい思い出なんざ無いから羨ましいよ。まぁ、どうあっても夜中にそんな物騒な物ぶら下げてる不審者となんざゴメンだけどね。」
「あら酷い、不審者だなんて。夜中に女子高生に声を掛けてきた不審者なのに自分の事を棚に上げて他者を貶めようだなんて、大人の好きそうな事だわ。虫酸が走りそう。」
「言うねぇ。そんな厳しい事言われたら叔父さんタジタジに成っちゃうよ。」
薄い笑みで軽口を叩き合いながらも、決して目を離さない柏木と男の姿を痛みと失血による血の気が引いた顔で見る。
異様な雰囲気に今にも気絶してしまいそうだった。
数十秒見つめ合った二人だったがそこで柏木が唐突に溜息をつく。
「ハァ、何だか萎えちゃった。」
「・・・・・。」
男が何も言わない中、柏木はマイペースに踵を返し歩き出す。
「もうお帰りか?叔父さんと遊んだりはしないのかい?」
「あはは、ごめんなさい。私パパ活して無いので。せめて髭剃って産まれ直して出直してください。」
「あれ?俺の事全否定してない?生まれてきた事を後悔しろって遠回しに言われてない?」
男のツッコミを無視して柏木は俺の横で立ち止まる。
「鼓童くん。今日は邪魔が入っちゃったから帰るね、また二人で会おうね?」
そう言い残し立ち去った。
「ふぃー、さて。大丈夫か少年、危ない所だったね。・・・・・あれ?少年?起きてる?」
身体が揺さぶられる感覚があり、何かを話しかけられているのを感じるが返事を返せない。
それよりも目蓋が重く身体が非常に怠い。
その眠気に誘われるまま俺は意識を落とした。
フワフワする。
真っ白な空間で他に何も無いその場所でただ一人立ち尽くす。
ここは何処だ?
不思議に思うも、どうも意識がハッキリしない。
そんな曖昧な状態で数秒、ふと突然目の前に黒い小さな点がある事に気が付いた。
それが何か分からないまま本能のままに手を伸ばす。
ゆっくりと伸ばし指の先がそれに触れる、瞬間。
『や、、、う。俺・・・・・で、い・・・・・に!』
『う、出来・・・・・よ!ぼ・・・・・・ら!』
ザザッとノイズと共に見知らぬ声が聞こえてくる。
何だこれは?頭が、重い!?
何を言っているんだ・・?
時間が進むに連れノイズが大きくなりそれと比例する様に頭が重く、頭痛までもがしてくる。
頭を抱え、蹲る中際限無く大きくなるノイズと頭痛に呻く。
同仕様もないままノイズと頭痛が最高潮に達した時
脳裏に黒い革の本の映像が見え−−−−−−−−−−−−−−−−
パチッ、と目が覚める。
「ここは?」
のそのそと起き上がり何故か重い頭に手をやると、そこには包帯が巻かれていた。
その事に気づき、ふと周りの様子に目をやる。
「・・・・・手当がされてる。」
とするとここは病院なのか?
「邪魔すんぞー?」
ビクッ
突然の声に驚き、大袈裟に反応してしまう。
竦んだ身体を声のした方へ向ける。
そこにいたのは気を失う前に現れ、助けられたあの胡散臭そうな男だった。
「お、何だ起きてるじゃん。全然目を覚まさないからこのまま死んじゃうんじゃないかって焦ったよ、またどやされる所だった。」
能天気に笑いながら助かったわー、と頭をかく男はそうやって軽薄に話し掛けてくる。
笑い事じゃないとか、こっちは死にかけたんだとか、言いたい事はいくつか浮かんだけれど、その時口から出たのはそういった物では無かった。
「貴方は何ですか?」
特別考えて口に出した訳じゃない。
ただその人を見て胡散臭いとかだけじゃ無く、何か気味の悪い物を感じたのだ。
あの日、助けてもらった時には分からなかったうす気味の悪い何か、漠然とした物の筈なのに妙に確信している何か。
「へぇ。傷だらけで目覚めての第一声が何ですか、ってのは初めてだな。やってる仕事柄、怪我をした一般人なんていっぱい見てきたがそんな事を言った奴は今までいなかった。」
その男の言葉に我に返る。
「・・・・・あ、いや。べ、別に深い意味とかはないんですけど、何かそう感じたと言うかっ、」
寝起き早々何言ってるんだ俺〜!?寝起きだったからか?寝起きが悪いのか?こんな事言うなんて可笑しすぎるだろ!?
必死で取り繕う俺を面白い物を見たという表情で観察する男は、昨夜と同じ様に薄い笑みで問い掛ける。
「少年、どうしてそんな事を聞いたんだ?」
「い、いや。本当に何となく言うか、自分でもよく分からないんですが何時の間にかそう口に出してて。それで、」
しどろもどろにそう答える俺に男はそうか、と言い俺の肩に手を置く。
「オジサンにもそういう時期が有ったから大丈夫。大人になったら笑い話にでも成ってるさ。」
「え?」
「大丈夫!オジサン、そういうのにも理解あるから。有るんだよ、こう自分は他の人とは違う何かを見ている的なやつね?有ったわ〜。具体的には小学生を卒業してから2年後辺りに。」
物凄い笑顔で分かってるから、俺分かってるから、と力説して来る男。
然しそれは世間で言う所の中二びょ、
「待て待て待て違うそうじゃ無い、そう言うのじゃ有りませんから!誤解です!!」
「隠すなよ〜www」
「ええい止めろ!その中学生の休憩時間見たいなノリ!」
グリグリと肩に肘を当てて来る大人を突き放す。
「本当に違いますから!もう忘れてください!」
「必死になる所が益々怪しい。」
何度も否定しても弄ってくるその様子に堪忍袋の緒が切れ掴み掛かる。
そのままごちゃごちゃととっくみあっていると
「五月蝿い。」
またもや突然ドアが開かれ怒りを含んだ冷たい声が耳朶を叩く。
その声に二人してビクリと肩を震わせ恐る恐る声の方を見ると、そこにいたのは白衣に身を包んだ理知的な美しさにバツグンのスタイルを持つ女性だった。
「・・・・・鈴梨先生。」
男が恐恐と女性の名前を呼ぶ、然しその体は傍目からも少し震えていた。
女性の胸のプレートに目をやると鈴梨京香と書いてある。
その男の姿に対し女性は落ち着いた仕草で人差し指を立て口元に当てる、その仕草が妙に色っぽく何だか気恥ずかしくなった。
「亜久路、病院ではお静かに。親に習わなかったか?」
「・・・はい。」
その後鈴梨先生からの簡単な診察を受けた。
因みにその間、男は借りてきた猫のように大人しくしていた。
「で、改めまして。俺の名前は亜久路隆二だ、ダンディって呼んでくれ。宜しく。」
鈴梨先生が病室から出て行って大きく溜息を吐いた後、男はそう名乗った。
頭が湧いているのだろうか?
「春夏秋冬鼓童、高校三年です。」
「あれ?スルー?呼んでくれないの?」
「呼びませんよ。」
「何だつまらない。・・・まぁそれは置いといて。ひととせ、珍しい苗字だな。どう書くの?」
「季節の春夏秋冬ですよ。春夏秋冬って書いてひととせって読むんです。」
へぇ、と言いながら亜久路が掌に確認する様に指で書いていく。
そうして何回か書くと何かに満足したのか、一度頷き顔を上げる。
「・・・よし。君の事は今からシーズン君と呼ぼう。」
もう一度言う、頭が湧いているのだろうか?
「止めて下さい。もう良いですよそのノリ。何ですかシーズン君って、ネーミングセンス死んでるんですか?」
「辛辣ぅぅ!?・・・まぁ良いや。無事で良かったよ鼓童少年、怪我をしたとはいえまだ斬られちゃいなかった、直前だったけどね。後少し遅かったらヤバかったね。」
そう言って笑い出す亜久路を冗談じゃないと睨みつける。
しかしこの男はそれに肩を竦めるだけで、全くどこ吹く風と言った様子だ。
「・・・・・あの時は有難うございました。」
「お、どうした。急に素直じゃん。」
「茶化さないで下さい。あの時、貴方が来なければ俺は死んでいた。」
「・・・そうだね。」
「怖かった。この広い世界で毎日誰かが死んでいる事は知っていたのに、俺は何も思わなかった。それがその人の運命だったんだって知った様な事考えて、でもいざ自分に振りかかってみるとその理不尽さに絶望して・・・」
話している途中で声が詰まる。
必死に、絞り出す様に声に出す。
先程迄は大丈夫だったのに、今はどうしても抑えが効かない。
声が震える、心が軋む、頭が上手く回らない。
怖い、恐い、コワイ
「・・っ!?」
ポンッと肩に手が置かれた。
途端に先程迄は全く言う事を聞かなかった身体が嘘の様に鎮まり、何処か冷たく苦しかった呼吸は何時もの様に肺に通った。
「少年。いや、鼓童君。その思いは正しい物だ。この世界の起こっている事象の殆どは自分の物じゃ無い。所詮は他人事だ。」
「気にするな、なんて言わないさ。でも気にし過ぎるのも良い事じゃない。」
「・・・じゃあどうすれば良いんですか?」
「さあ?」
「さぁって、そんないい加減な・・・・」
眉を顰める俺に亜久路さんは笑いながらごめんと言いながら頭をかく。その様子には未だ気の抜けた感は有ったが、巫山戯ているようには見えない。
「まぁね。オジサンこれでも君より長生きしているけどね、未だにそう云った類いの答は見つかってないんだよ。」
「何でですか?」
その答えに納得がいかず理由を聞くが、話しながら遠くを見るように窓の外に目をやる亜久路さんは変わらず気の抜けた声のまま。
「何でかなぁ。あれこれ色々と思い当たる事はあるけど、強いて言うなら・・・・・」
「“資格”が無いからかなぁ?」
そう答えた。
ポツリと零す様にそう言った亜久路さんは何処か寂しそうに、見てる此方がもどかしくなる様な顔で、俺はそれをただ黙って見ていた。
「・・・資格が無いから、か。」
「あれ?鈴梨先生?」
柄にも無く語ってしまった病室を出てすぐ、声を掛けられてそちらを見る。
そこには先程出ていった鈴梨先生が腕を組み壁に背を預けた状態でこちらを見ていた。
理知的な美しさを持つ彼女は相変わらず美しいが、今はそれよりもその右手に目が行く。
「此処、仮にも病院ですよ。廊下で堂々と喫煙は不味いでしょう。」
その問いに鈴梨先生は咥えていた煙草を口から離し、不敵な笑みを浮かべる。
「ここは私の病院だ。そこで何をしようが誰にも文句は言わせないし、そんな事をいちいち気にするような繊細な奴なんぞ来やしない。それに、この世界に口煩くそんな事を言うやつなんて彼奴位だろうよ。」
その物言いに苦笑いを浮かべる俺に鈴梨先生はそれよりも、と話を切り出す。
「随分と感傷に浸る様になったじゃないか。全く、昔とは大違いだな。」
「あはは。止めて下さいよ昔話なんて、こんないい歳に成ったって云うのに変わらない自分に嫌気がするので。」
「そうかい?アタシからしたら変わったよ。リュウ。アンタは変わった、悪い方にね。」
含みのあるその言い方に一瞬、頭の端の方にノイズの様な不快な音とモヤモヤとした形容し難い、今となってはすっかりと慣れてしまった物が疼く。
「・・・そんな事無いですよ。今も昔も俺の胸に有る信念は何一つ変わっていない。」
「そうかい?ならアンタ-------------」
ガチャリと無機質な金属音がして冷たい風が肌を撫でた。
室内との温度差に身を震わせて、胸に燻る物を白い息と共に深く吐き出す。
何気無く視線を上へ向けると、其処には憎らしい位に綺麗な星空が見える。
「昔とは大違い、か。」
そう呟いてもう一度、先程よりも重い溜め息を吐く。
思い出すのは鈴梨京香に言われた言葉、それを頭の中で思い返し顔を顰める。
(長い付き合いだが、相変わらずあの人は苦手だ。)
何時もは飄々と受け流す亜久路も昔のまだ若く、未熟だった自分を知っている鈴梨にはどうしても苦手意識を持ってしまう。
あれこれと今更にあの時思いつかなかった言い訳が頭を過るが、それを馬鹿馬鹿しいと振り払う。
色々と考える事はあるが、
「今はそれよりも大事な事があるしね、最近は特に騒がしいし。全く、叔父さんは自分のペースで仕事を片付けるタイプなんだけど。」
確認する様にそう呟いて、亜久路は暗い夜道を歩き出す。
「頭脳労働は叔父さんの仕事では無いんだが。まぁ、残業にならない程度に頑張るけどね。」
愛知県
名古屋駅、金時計
あの後無事に退院した俺は一人、待ち合わせ場所でスマホの画面とにらめっこをしていた。
『拝啓 春夏秋冬様。いや、シーズン君。あの時の説明をしたいから、何処か空いている日はあるかな?特に予定も無ければ、今週の土曜日11時に名古屋駅にある大時計の前に集合で〜。
当日はモーニングコールをしてくれても良いんだよ?叔父さんは朝に弱いです。連絡待ってます。
命の恩人、亜久路隆二より。
追伸、御礼待ってます。甘い物がいいな。』
送られてきたメールを見て眉をしかめる。
「最後の方がやたら恩着せがましい。」
冗談なのだろうが、それにしてもこれはどうなのだと思う。
それにこの集合場所にも思う所がある。
目線を手元から上げ金時計を背に、辺りを見回す。
ガヤガヤと騒がしい喧騒と周りを埋め尽くす男女の姿、自分の直ぐ横には待ち人の男性と仲睦まじく話している女性が。
その中にポツンと待つ平凡な自分。
(とても気不味い。)
それに隣の男女とは違い、これから来るのが草臥れた中年だと思うとため息の一つも吐きたくなる。
重たくなる気分を自覚し、亜久路さんはまだかと軽く周囲を見回すと一瞬視界の端に一人の女性が目に入る。
その女性は待ち合わせ等では無い様で、直ぐに視界から消えてしまったが自分はそれを-------------
ブー!ブー!
何か深く考え込みそうだった意識が、唐突な振動によって現実に引き戻される。
その振動は自分のポケットからの物で、それが鳴り止む前にスマホを取り出し耳に当てる。
「あ、もしもし〜?シーズン君お久しぶり。叔父さん今待ち合わせ場所にいるんだけどさ、どれくらいに付きそう?」
スマホから聞こえた声は相変わらず気怠げで、まさか寝起きなのではないかと勘繰りそうになるがそれを胸の内に押し込め辺りを見回す。
「お久しぶりです、亜久路さん。今待ち合わせ場所にいますよ、それとその渾名で呼ばないで下さい。」
「えー、渾名は仲良くなる為の第一歩なんだよ?その年でそんなんじゃこれから先、彼女できないよ?」
「草臥れたおっさんに言われたくない。」
亜久路さんの軽口に此方も軽口でかえし、その間も首を動かしてその電話越しの男の姿を探すが見つからない。
「それより何処ですか?見当たらないんですけど。」
「あ~、ちょっと待ってね。こっちも探してるから。」
電話越しにガヤガヤと騒がしい音が聞こえる。
それに対して駅についているのは間違いないようだと失礼な事を考えながら待つ。
「う~ん、見当たらないね。どこら辺にいる?叔父さんは新幹線の入口近くにいるんだけどさ。」
「え?新幹線・・・・・?金時計の近くに新幹線何てありましたか?」
「え?金時計?」
「え?」
「いや、そっかそっか。叔父さんは大時計って言ったら銀時計の事を思い浮かべるからさ。でもま、待ち合わせなら普通金時計の方か、うっかりしてたよ。」
そう笑いながら肩を叩いてくる亜久路さんの手を鬱陶し気に払い、出口近くに鎮座する銀時計を見る。
確かに金時計よりも大きい、大時計と言うにはどちらが正しいかと言えば此方かもしれない、・・・その存在を知っていればの話だが。
「それにしても金時計の方で待ってるなんてやるね〜。叔父さん彼処苦手なんだよね。ほら、彼処カップルの待ち合わせとか多くて何となく気不味いでしょ?」
ましてや男との待ち合わせじゃね〜。
等と笑い飛ばす男に、俺も同じ事を思ったと頭の中で悪態を突きながら亜久路さんの先導で駅を出る。
自分の前を歩くその背中を見ながら質問を投げ掛ける。
「これ何処に向かってるんですか?」
「ん?ほら、今日の話はあまり人前でする話じゃないだろう?だから話易い場所に行くのさ。それに、その場所もこれからする話に関係のある物だしね。」
答えとして帰ってきた曖昧な言い方に、はぁ、と気の抜けた返事を返す。
結局、良く分からない事を先に考えたってしょうがないのだから、さっさと思考するのを諦めキョロキョロと辺りを見回す。
大きな看板の麺屋、有名なアニメショップ、チェーン店の喫茶店のある交差点を曲がる。
その時、不意に頭の奥がジン、と何処か熱い様な、重くなった様な感覚が襲って来る。
熱がある訳では無い、そういう物では無くて何か、小骨が引っ掛かる様な違和感が-------------
「着いたよ。・・・・・いや、まぁまだ着いてはいないんだけど、これからする説明には必要不可欠な場所だよ。」
その言葉にハッと、下を向いていた視線を前に戻す。
其処にはある建物を前に立ち、此方に声を掛けている亜久路さんの姿がある。
それを確認しゆっくりと、ドキドキしながら亜久路さんが立つ建物に目を向ける、と其処は-------------
「・・・・・・・・・カードショップ?」
そこに建つのは縦長の建物で、下から見上げれば2階に別れてカードショップのロゴや他に入っている店の広告が貼ってある。
「此処が目的地なんですか?」
「いいや?さっきも言ったけど此処は飽くまで中間地点あたりかな、まだ目的地じゃ無いよ。」
「じゃあ此処は?」
「それは今に分かるよ、じゃ行こうか。」
亜久路さんは一歩前に進み、無精髭を生やした口元を上げていたずらっ子の様な表情を作る。
「春夏秋冬鼓童。君の感じる疑問を解きに、ね。」
そう言って亜久路さんは入り口の直ぐ横にあるエレベーターを通り過ぎ、その先にあるチェーンで塞がれた階段を-------------
降りる方へ進み出した。
「ちょちょちょちょっと亜久路さん!?下?!下に行くの!?」
「そうだよ?用があるのはこの先だからね。」
「でも、それチェーン、立入禁止なんじゃ・・・」
「良いから良いから。大人しく付いておいでよ。」
全く躊躇なく立入禁止の地下に進んでいく亜久路さんを引き止めるも、この下に目的地が有るとそのまま降りて行ってしまう。
「あ、亜久路さん!?ちょっ、待って下さいよ!」
それを慌てて追い掛けてチェーンを跨ぎ、階段を下に降りていく。
「亜久路さん!何処ですか?」
「シーズン君、こっちだよ。」
階段は思ったよりも暗く目を凝らしてもよく見えないが、亜久路さんの声を頼りにそちらの方へ歩を進める。
「やぁ、やっぱり来れたんだね。流石シーズン君だ、叔父さんの見立てに間違いは無かったよ。」
近くに聞こえた声は相変わらず気怠げだったが何処か弾んでいるような、嬉しそうな印象を受けた。
「此方だよ。この先に見せたい物がある。」
コツコツと靴が階段を降りていく音と共に声が遠ざかる。
その音が向かう方向には漏れ出る様な淡い光が微かに見えた。
亜久路さんはそこに向かって真っ直ぐに進み、出口の直前で此方に振り返る。
「さあ此処だ。心の準備はいいかい?」
ニヤリと階段を降りる前と同じ、いたずらっ子の様な笑みを浮かべる亜久路さんに俺は頷く。
「それでこそだよ。さぁ、ようこそ!此方側へ!!」
その言葉と共に亜久路さんに手を惹かれて俺はその光の先へと足を踏み出した。