校内清掃
「いやー、ゴミを拾うだけで良いってのは楽だねえ」
カツンカツン、と大きなトングを鳴らしながら中畑がゴミを拾う。
「中畑さんは、こういうの好きですよね」
柏木はゴミ袋を広げて付いていく係。
「二人で喋りながらなら、サボってるようなもんじゃんこんなの。たくさん人がいて大切なことを話し合う、みたいなのは苦手だよ」
「そっちが生徒会長のメインの仕事なんですけどね」
「そんなの知らないよ。立候補する時にそんなこと説明されなかったもん。
今後もボランティア活動を入れるよ俺は。たまにお金が拾えるらしいから、海岸のゴミ拾いに行きたい。それで遊んで帰れば良いでしょ」
中畑は何気なくそう言っただけだったが、
「えー、じゃあ私ダイエットしないとですよ」
と、柏木に予想外の返答をされた。
「そうか、女子がナンパされちゃうかもしれないのか。無理かな」
中畑は柏木の素足をつい想像してしまい、忘れるために会話を続けた。
「いや、腕章を付けるとかして学校の清掃グループって分かりやすくしてれば大丈夫じゃないですか? わざわざそういうのに声を掛けないでしょう」
「なるほど」
「でも私、そういう男の人が苦手で。ちょっと一人じゃ恐いので、出来たらずっと側に居てくれますか? 今日みたいにペアでやりたいです」
柏木にものを頼むことはあっても頼まれることなどまずなかった中畑は、とても驚いた。
「柏木さん、男の人が苦手だったんだ? 今日、俺といっしょにしちゃってごめんね」
「中畑さんは全然恐くないから大丈夫です」
「先輩なのに大丈夫なの?」
「もう先輩とは思ってないです」
「なんか同級生な感じするよね。下手すりゃ俺が後輩だよ」
中畑は、恐がられてなきゃなんでも良いやと胸を撫で下ろした。
「ふふっ」
柏木が笑った。
「どうしたの?」
「だって今、普通の人なら怒る所ですよ」
「普通じゃないからね。実際、柏木さんに頼りきりだし。先輩をやってる感じが全くないよ」
「そうですよ。先輩っぽく、たまにはご飯をおごってくれたりしても良いんですよ」
「そうだね、お世話になってるからね。俺は家の近くの喫茶店のランチが好きなんだけど、どうかな」
楽しいご飯といったらあそこだと思った中畑は、行き慣れた喫茶店を思い浮かべて、
「AセットがハンバーグでBセットがカットステーキ、Cがエビフライとコロッケとミニグラタン。子供の頃から食べてるんだけど、どれも美味しくてさあ。ステーキのソースとか和風で食べやすくてたまらないんだよね。
漫画もたくさんあるし、ずっと読んでて良いんだよ。お店の人に聞いてみて漫画のラインナップを生徒会新聞に載せても良いかもしれない。ダメでもゆっくり生徒会のこと考えられるし」
と、料理の味を思い出しながら柏木に店の魅力を語った。
「私は学食とか生徒会室のお菓子のつもりで言ったんですけど、そういう高そうな所でも良いんですか?」
「あ、そっか。そんなの面倒くさいよね。学食が良いよね」
急に我に返り恥ずかしくなった中畑は、顔を赤くして小声になった。
「いや、中畑さんが良いなら両方ご馳走になりたいです」
「なんか俺、もしかして損したのかな?」
「気のせいですよ。どちらも必要な取材費です」
「でも生徒会から経費で出ないよね」
「こういうのは会長のポケットマネーですね」
「じゃあやっぱり損しているような。いや、今までのありがたさを考えたら安いものだし、柏木さんが食べたいなら是非どうぞって話なんだけど」
「だったら今度、学食ない日に簡単なおにぎりでも作ってきましょうか。コンビニの好きなお弁当がなくなっちゃったって言ってましたよね」
「本当に!? 得したなあ」
「コンビニのお弁当みたいに美味しくはないですけど」
「良いよ良いよ。ありがとう。なんだか促したみたいになっちゃったなあ」
「そんな器用な促しかたが出来る人じゃないのは、もう分かってますよ」
「じゃあその分、喫茶店のランチは遠慮なく食べてね」
「楽しみにしてますね」
「でも、俺はあの喫茶店の思い出があるから美味しく感じるけど、もしかしたら本当は美味しくないかもなあ」
中畑がアゴをなでながら言った。
「大丈夫ですよ」
柏木はそう言って、
「お金を払うのが中畑さんなら基本的になんでも美味しいですから」
と笑った。