スローガン
「中畑さん、今期の生徒会のスローガンを考えておいてほしいと、先生に言われました」
朝礼後、柏木に声を掛けられ、眠そうな顔で中畑は振り返った。
「いつまでですか?」
周りにも生徒がいるとなんとなく話し方が丁寧になってしまうな、と中畑は思った。
「プリントに載せたいとかで、最短だと一週間しかないんですけど」
「長いじゃん」
「えっ長いですかね? こういうの迷いませんか?」
「だってあんまり意味ないし、なんでも良いでしょ。俺、中学のスローガンって全く覚えていないんですけど。柏木さんはどうですか?」
「私も、自分が生徒会で関係したスローガンしか覚えてませんね」
「『バレンタイン』で良くないですか? 覚えやすいですよ」
「それじゃ保護者とかが見たらわけが分からないですよ」
「うーん……」
中畑は眠そうにしたまま、自分の唇をむにむにといじくっていたが、
「……バレンタインって漢字で書くとどうなるんです?」
と、急に柏木の目をしっかり見ながら聞いた。
「漢字なんてあるんですかね? 当て字みたいなやつになっちゃうんじゃないですか?」
「そうですよね。英語だとどうでしたっけ?」
「えっと、セントバレンタインじゃないですか?」
柏木は指先で宙に「St」と書いた。
「セント……」
中畑はそうつぶやくと、空中の「St」を見つめ続けて、それから柏木の胸元に目を落としてしばらく何か考えていたが、
「それじゃあセントバレンタインをもじって『生徒バレンタイン! 千個バレンタイン!!』にしよう。チョコレート持ち込み千個を目指すわけ。これなら保護者にも分かりやすいですよね」
と満足げに言った。
「『千個バレンタイン』ですか!?」
柏木は呆気に取られた。
「セントバレンタインって文字を見るたびに『千個バレンタイン』を思い出す人がいれば勝ちですよ」
「で、でも先生にふざけてるって怒られませんか? 年間のスローガンなのに他の行事と関係ないですし」
「大丈夫ですよ。今年の生徒会はバレンタイン重視ってもうみんな知ってるだろうし。先生達って飽き飽きしたスローガンよりも、こういう方が好きでしょ。言いにくいなら俺が言ってきますよ」
そう言って、普段は職員室にあまり行きたがらない中畑が、あくびをしながら自信満々に職員室に向かった。なんだか気になって、柏木も職員室の前まで着いていった。
柏木は心配しながら職員室のそばで待っていたが、すぐに中畑が笑顔で出てきた。
「『千個バレンタイン』で良いってさ! 職員室大爆笑だったよ。今までで一番良いって言われちゃった」
柏木は、今度はこの学校が心配になった。