生徒会室・バレンタインの放課後
「来る時に、ついでに職員室に寄って来ましたけど、今のところ問題はないって言ってました」
「うん、ありがとう」
バレンタインも無事に進行し、放課後。全ての片付けが終わり、柏木が生徒会室に戻ってきたところだ。
「中畑さんは、まだしばらく帰らないんですか?」
柏木は、中畑が特に何も作業をしていないように見えて、聞いてみた。
「俺、忙しかったからさ、まだバレンタインチョコを相手に渡せてなくてさ」
「じゃあ、早くしないと帰っちゃうんじゃないですか?」
「多分帰ってないと思うんだよ、その人も俺にチョコレートをくれると思うんだよね」
「すごい自信ですね」
「俺は、ある意味その人のために今日まで頑張ってきたから」
「その人って、前に言ってた好きな人ですか? その人が泣いていたからバレンタインをやることを決意したっていう」
「いや、その人じゃないんだ。嫌いになったわけじゃないけど、去年も明らかに俺以外の誰かに本命チョコを渡そうとしてたみたいだしなあ。
バレンタイン開催の感謝なのか、今日チョコくれたけど、見るからにもう一つが本命って感じで。もう完全に忘れられたとは言えないけど、見込みもないしね。
それに、生徒会長になるまでの原動力はその人だったけど、なってからの原動力は違う人で。そっちの人に渡すつもりで」
「そうなんですか」
「ところで、柏木さんって、もしかして最初からすごく優しかったりするんですかね?」
中畑が、いつの間にか柏木を強く見つめていた。
「なんですかそれ?」
柏木は、自分の心臓が早くなるのをはっきり感じた。中畑さんの、たまにある大切な質問の時の顔だ、そう確信した。
「これさ、書記の人がいない時に柏木さんが書いてくれた字だよね」
中畑がホワイトボードの文字を見ながら静かに言った。
「はい。そうです」
「『会長の中畑が不在の際はこちらでお待ちいただくか』……って書いてあるけど」
「ちょっと文章が堅かったですかね?」
「いや、そうじゃなくてね。俺、この『会長の中畑』っていう字を見たことある気がして、眺めてたんだよ」
「まあ、生徒会で書いたことありますよね多分」
「そうじゃなくてさ、俺にチョコレートが好きか聞いてくれた、意見箱の人の字に似てるんだよね」
中畑はカバンから四つ折りの紙切れを取り出して、開いた。
氏名(無記名でも受け付けます)
[匿名希望]
質問・要望欄
[会長の中畑さんの話に感激しました。応援しています。それと、中畑さんはチョコは好きですか?]
生徒会からの返答欄
[ありがとうございます。僕はチョコレートが大好きです。 中畑]
「そんなの、ずっと持っていたんですか? 剥がした後、捨てたんだと思ってました」
「俺の宝物だったからね。疲れた時とか大変な時に、いつもこっそり眺めてた。ありがたかったよ。
俺のチョコレートはこれを書いてくれた人に作れば良いやと、あの日すぐに思ったんだ。チョコをたくさんもらえる予定じゃなかったから、『ああ、あれを書いてくれたのはあなたですね、ありがとうございました』って、サッとこちらからもお返しを渡せたらと。
まあ、それから柏木さんと仲良くなれたから、やっぱり柏木さんにも作ろうと思って、わりと早い段階で二人分作ることにしてたけどね」
そう言いながら中畑は、自分の作ったチョコレートを二つ、机のその用紙の上に置いて、立ち上がると窓から校庭を眺めた。
「たくさんチョコをもらったから、嬉しかったけど、この人の特定に困ったよ。格好悪いけど、校内放送して呼び出すしかないかと思ったりして。それで、どうしようかと字を見て考えてたら、俺の好きな人の字に似てたんだよね」
柏木は、何も言わなかった。
「柏木さんは、チョコレート渡せた?」
背中を向けたまま中畑は聞いた。
「私も、忙しかったからまだ渡せてないです」
「義理チョコなら、気軽に渡せば良いんじゃないかな」
「義理じゃ、なかったら?」
「柏木さんのチョコなら、普通の人は受け取ると思うよ」
「残念ながら普通じゃない人なんですよね」
「……俺が預かっておこうか?」
「大丈夫です。ちゃんと渡します」
さっきまでより近くで声が聞こえて、中畑が振り返ると、柏木の目からボロボロと涙が溢れていた。
「これ、私からのこれまでの感謝の気持ちです。受け取って下さい」
「ありがとう、柏木さん」
中畑の手の中に、大好きが置かれた。




