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職員室

 中畑は、職員室の前に入る前に軽く深呼吸をした。そして、職員室は何度行っても慣れないな、と思った。


「失礼します」


「おうバレンタインか? 座れ座れ」


 これまで中畑は、職員室への用事はなるべく柏木に頼んで逃げてきた。しかし、二月に入ってからは企画の細かな説明の問題で、どうしても中畑も職員室に頻繁に足を運ばなくてはならなかった。中畑は、バレンタイン担当の先生との会話に少しだけ慣れてきた。

「はい、新しい企画考えたんですけど大丈夫か分からなくて」


「はいはい」

 担当の先生は、ここ数日で生徒会にどんどん思い付きの企画を持ち込まれて、もう慣れっこといった感じだった。


「バレンタイン後についてなんですけど、失恋した人はしばらく落ち込むと思うんですよね。だから、バレンタインエピソードを応募してもらって、ちょっと面白いフラれ方や断られ方をしてしまった人を、残念賞として発表して、『私以外にもフラれた人はたくさんいるけど元気に頑張っているんだな』って思えるようにしたいんですけど、そういうの出来ますか? 匿名でも応募出来る形にします」


「やれると思うぞ。良いんじゃないか?」


「それで残念賞のネーミングなんですけど、最初は『玉砕賞』とか『爆死賞』とかで考えてたんですけど、失恋ですごく傷付いている人がたくさんいるのに、玉砕とか爆死って文字を出すのはふざけてる感じがするし、メンタル的にも良くないってことになって。もっと明るく、多くの人がクスっと笑えて励みになる感じでやりたいんです。

 じゃあ『スイートバレンタイン賞』と『ビターバレンタイン賞』にすれば表現が間接的でマイルドだし、そのわりにはフラれたエピソードの募集だと分かりやすいし、これで良いかなってことになったんですけど、これだと甘いエピソードも募集しなくちゃならないんですよ。両想いしてるやつは偉いから景品、っていうのも高校生としてどうなるんだろうって、分からなくなったんです。

 もう、その辺り含めて先生に一度聞いてみた方が良いかもしれないということになって。これ名前の候補なんですけど、先生達から見てどういう方向の名前が良くてどれがダメか、候補を絞ってもらえないですか」

 と言い、中畑は先生に紙を渡した。


「そうだなあ。どちらにせよ先生一人じゃ分からないから明日の職員会議で聞いてみるけど……。

 おっ、『セントバレンタインにちなんで応募者にセントコイン型チョコをプレゼント!』って、これはなかなか良いんじゃないか?」

 先生は紙を見つめながらそう言って笑い、

「明日も生徒会やるんだろ?」

 と中畑に聞いた。


「明日からバレンタイン三日前までは、生徒会というより、僕と副会長だけがのんびり考えてるだけな感じですかね。ルールとして見逃している部分とかないか検証したり、プリントの文章考えたり」


「頑張るな」


「バレンタインについては自分で言ったことなんで」


「今日はもう帰るのか?」


「もうちょっとで『あと〇日でバレンタイン』のボードと『千個バレンタイン』のボードの色塗りが終わるので、それまでやりたいです。今日は来たい人は全員呼んだので、ものすごい進みました。あと一時間くらいですかね」


「ああ、『千個バレンタイン』な! 千個集まると良いなって先生達もみんな楽しみにしてるぞ」

 そういうと先生は軽やかに笑った。


「そうなんですか? チョコが多くなったら先生達には面倒なんじゃないですか?」


「面倒なのはバレンタイン認めた時点で覚悟してるよ。生徒会は成功させることだけ考えりゃ良い」


「まあ、そういうことについてはあんまり遠慮しないタチなんで、もちろん思い切りやりますけど」


「それで良いそれで。そうだ、先生達もうすぐ出前頼むんだけど、腹減ってたら生徒会室にギョーザくらい出すぞ?」


「あー、さっき差し入れがあったんですよね。それに、副会長がおにぎり作ってくれてて、こっそり食べちゃったし」


「おいおい、うらやましいやつだな。もしかして副会長からチョコもらえそうなのか?」


「どうなんですかねえ。聞いたことないんですよ」


「そういう話はしないのか?」


「恐くて聞けないんですよね。

 僕、中学の時に、いじめられてるのをかばってもらった人を好きになったことがあるんです。その人は誰にでも優しい人で、いつもすごく優しくしてもらって、すごく仲良く出来てるつもりでいました。

 告白もせずに、男友達と遊ぶのと同じようにだらだらと遊びに誘ってたんですけど、ある日帰り道でその人の友達が待ち伏せしていて、『あの子恐がってるから止めてあげてよ』って言われて。本当にびっくりして、足がガクガク震えました。

 泣きながら走って帰宅して、家しか連絡先を知らなかったから相手の家に電話して。相手の親が出たので、『今日友達に恐がってるって教えてもらって電話しました。もう二度と付きまといませんから安心して下さい、と伝えてもらえませんか』って泣きながら親に言ったんです。

 でも夜になって風呂に入りながら冷静になって考えたら、それって相手の人、下手すりゃ親に怒られるかもしれないわけじゃないですか。謝罪の仕方自体も迷惑ですよね。

 俺って本当に相手のことを何も考えてないんだなって思って、なんだか愕然としました」

 中畑は自分の組んだ指を見つめながら話を続けた。先生は黙って聞いていた。職員室が少し静かになったので他の先生達も聞いているようだったが、中畑はそれがちっとも気にならなかった。

「それからもずっと、女の人の気持ちは分からないままです。副会長が何を考えてるかも、未だに分からなくて。知らないこともすごくたくさんあって、よく驚きます。

 副会長に喋って良い話か、良くない話なのかの線引きがさっぱり分からないんです。今日の話はしても良かったのかな、なんて後から考えることはしょっちゅうだし。副会長にチョコの話や恋愛の話を聞いたら、もう生徒会室に来てくれなくなるんじゃないか、とか不安で不安で。だからその辺りは、僕からはほぼ何も聞いてないんです。

 そんな自分自身の問題もあって、僕は、相手を傷付けたり恐がらせたりせずに互いに思いやれる恋愛が出来る人達を、すごいなと思ってて。自分の気持ちと逃げずに向き合って、きちんと告白しようと思える人も同じくらい尊敬しています。

 だからチョコを渡してちゃんと告白をしようって勇気を持てた人くらいは、悔いなくチョコが渡せるように出来たらと思って、だからバレンタインをやろうと思ったんですよ」


「まあな……難しいよな。俺も嫁と娘の気持ちすら全然分からねえ。女子高校生なんて爆弾みたいに見える時あるよ。

 けど、柏木はいつも職員室で『中畑さんはすごい』って誉めてるからな。中畑のことは嫌いじゃないと思うぞ」


「そうだと良いんですけど。これからも僕とずっと仲良くしてほしいです」

 中畑は目頭が熱くなった。


「大丈夫大丈夫! よし、腹減ってないなら早く帰って柏木を手伝ってやれば喜ぶぞ」


「そうですね。戻ります」


「おう」


 中畑が立ち上がり、帰ろうとすると、

「中畑くん」

 と、遠くから女の先生が声を掛けた。


「もし人手が足りなかったら先生達も手伝うからね」


「ありがとうございます。生徒会と関係ない人まで手伝ってくれているので、今の所は大丈夫そうですけど。もしかしたらお願いするかもしれません。

 では、失礼しました」

 中畑が生徒会室に戻る時の足取りは、来た時より軽かった。

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