屋上開放
「わあ……すごく綺麗ですね」
柏木は、学校の屋上から町の景色を見下ろしてつぶやいた。もうクリスマスシーズンで、町のところどころに飾り付けがされている。
「この時間でも、こんなに空が暗くなるもんなんだね」
中畑も驚いた。月が出ていなかったのもあり、駅前のイルミネーションとクリスマスツリーまで、中畑にもはっきりと見えた。
「これなら生徒会新聞に写真が使えそうですね」
帰宅が遅れたついでに、思い付きで屋上を開放してもらった二人だったが、予想以上の景色が目の前に広がっていた。
「動画でもいけそうだ。先生に頼んで夜遅くの写真や動画を撮ってもらいたいな。学校のフェンスをイルミネーションしたりすれば、もっと感動的なイベントに出来るかもしれない」
「提案してみましょうよ」
「いや、逆に暗いのも良いかも……」
「はい、雰囲気ありますよね」
中畑は、考え事をしながら自分のあごを撫でて、
「……柏木さん」
「なんですか?」
「吊り橋効果って知ってますか?」
中畑が、柏木の目を見て静かに尋ねた。
「はい、吊り橋にドキドキして相手を好きになるみたいなやつですよね」
中畑が急に変なことを言い出したので、柏木は緊張をした。
「……夜の校舎が恐い人もいるんだから、夜の屋上でしかも冬で暗かったら、フェンス際なんて、恐い人には恐いですよね」
「そうですね。私もちょっと恐かったりします。風が強くて寒さでも震えそうなのに、こんなに暗いし高いし」
「ですよね。……実は七夕の時期より冬の方が肉眼では星がきれいに見やすいって話、本当にかどうか分かりますか?」
「え? すみません、よく知りません。でも聞いたことあるような」
「……天の川ってミルキーウェイって言うよね」
「はい」
「ウェイって道でもあるよね」
「はい、ブロードウェイとかですよね」
「ミルキーってのは甘いイメージある?」
「まあ、ありますね。ミルキーキャラメルとか」
「チョコっぽいイメージもある?」
「そうですね、まあ。ミルクチョコが甘いですし」
「うん……。そうですよね、ありがとうございます……」
質問することがなくなった中畑の視線は、柏木の胸元辺りに移って、止まった。柏木は、前にも何度かこんな中畑さんを見たな、と思っていた。
中畑さんが自分のことを真剣に見つめながら妙なことを聞き始めた時は、『千個バレンタイン』の時みたいに、正解を念のために私に確認して安心しているだけで、実際はなにか私じゃ絶対に閃かないようなことを考え、頭で必死に組み立てている時だと、柏木は胸を高鳴らせながら黙って中畑の顔を見た。
静かだった。咳払いするのも躊躇したくなるほどの静寂が、しばらく二人を包んでいた。
「――あのさ、俺、バレンタインの後にも何か良い勉強サポートプランがあればなってずっと考えてたんだよね。だから、ささやかな年間サポートプランを作れないかな」
「年間サポートプラン、ですか?」
「うん。バレンタインで両想いになった人達さ、きっと恋愛に夢中になるでしょ。最初は勉強会に来てくれたり、自主的に勉強してても、ずっとその気持ちで勉強を続けるのはすごく大変だよね」
「そうですね」
「それはあまりにも無責任かなとも思ったんだけど、これだって思うものがなくて、ずっと考えてたんだけど。
さっき思ったんだよ、ここをゴールにすると励みになるんじゃないかって。イベントの良いネーミングがまだ思い浮かばないんだけど」
「ここって……?」
柏木は改めて景色を眺めた。確かに眺めは良いが、そこまでのものだろうかと思った。
「二月十四日にミルクチョコレートで両想いになれた人達が、
七月七日に星を見ながら初めて手を繋ぐ。
十二月には星とクリスマスの夜景を見ながら初めてキスをする。
そのゴールを目指して、十ヶ月間、勉強でもスポーツでもなんでも良いから、とにかく何かを頑張り続けるミルキーウェイ走破マラソン。
バレンタインで両想いになれた人達と先生にだけ教える裏イベントで、キスについては先生にも知らせない極秘情報。ゴール出来た人達しか見ることが出来ないお祝いが、この屋上からの景色ってわけ。バレンタインから五ヶ月記念と十ヶ月記念だし、良い思い出にならないかな」
「それって、一生の思い出になりますよ! そういう、キスするの我慢して我慢してついに、みたいな話は大好きです私!」
柏木はしびれた。なんて素晴らしいことを考えられる人なのだろうと、目から涙がにじんで、暗がりでぬぐった。
「え? なんで?」
中畑は、柏木が何をそんなに興奮しているのか分からず、面食らった。
「我慢したいじゃないですか、純愛ですよ純愛」
「我慢なんてしたくねえよ。なんか仲悪くなって別れそう」
「うっわ野獣! 愛さえあれば絶対に我慢出来ますよ」
「えっ、誰かと付き合ったことあるの?」
「ないですけど」
「じゃあ我慢出来るか分からないじゃん」
「出来ます! 絶対に我慢出来ますよ!」
「柏木さんってなんか、かなりロマンチストだったんだね」
中畑は、感極まった柏木を見ながら、柏木さんのことが未だによく分からないなと思った。
「中畑さんが変なんです! 感動したのにもう、台無しです!」
柏木は口ではそう文句を言いながら、内心は言い合いになったことにホッとしていた。もし雰囲気がそのままだったら、自分が衝動的に中畑の胸にフラっと飛び込んでしまいそうだったからだ。
クリスマスの予定を気軽に聞こうと思っていたのに、柏木は聞けなくなってしまった。




