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プロローグ・生徒会長立候補者演説

「生徒会長に立候補した二年九組の中畑克之(なかはたかつゆき)です。僕が生徒会長に立候補した理由は、この高校を変えたいと思ったからです。

 変えたいといっても、僕が強く変えたいと思った日は年に一度。二月十四日です。

 今年の二月十四日、僕の人生で最も衝撃的な出来事がありました。盗難騒ぎがあり、持ち物検査が行われ、結果的に皆さんのチョコレートが没収されてしまいました。

 生徒の中には泣いている人もいたそうです。それが悔しさなのか、恥ずかしさなのか、悲しさなのか、僕には分かりませんが、良い涙ではありません。こんなことはあってはならないことだと感じました」


 中畑が話を始めたら、講堂の空気が変わっていった。さっきまでこそこそお喋りをしていた生徒達が、静かになっていく。


「その後、僕は数人の先生に話を聞いて、生徒会が全面的にバックアップすればチョコレートを持ち込み可能にすることは不可能じゃないことが分かりました。どうしても少し長くなってしまいますが、今から説明させてもらいます」


 眠そうにうつむいていた生徒の多くも話を聞き始め、既に女子の多くが壇上を見つめていた。中畑は、ほとんど原稿を読まずに暗記してしゃべっている様子だった。


「まずはチョコレートアレルギーなどアレルギーの問題です。これはあらかじめアンケート等でも対策していきますが、危険なのは無自覚なアレルギーです。

 二月十四日直後はバレンタインシンドロームといって、いつの間にかチョコレートアレルギーになっている人が、久しぶりにチョコレートを大量に食べて具合が悪くなることが多々あります。

 だから念のために、チョコレートは少量にしてもらいます。グラム数で規定を作ります。チョコレートが小さくても気持ちは伝わると思います。

 むしろ、はっきり言って、チョコレートが小さいからという理由で告白を断る男なんて止めた方が良いです」


 生徒から笑いが起きた。中畑は、さっきから眠そうな顔をしたままで、しかものんびり同じ調子でしゃべっていて、本気で言っているのか冗談で言っているのか分かりにくかったが、生徒にはそれがなんだかおかしかった。


「次に食の安全・食中毒の問題ですが、これはバレンタインデー直前にチョコレート作りの手引き書を用意します。調理実習や生徒会動画配信をしても良いかもしれません。各々が独学で調べてこっそりやるから食中毒などが起きやすいのであって、調理実習のように解説を聞きながら作って正しい保存の仕方で保存すれば大丈夫です。僕といっしょにチョコレートを作りましょう!」


 中畑が照れずにそんなことを言うので、生徒達は今度は遠慮しながら笑った。


「他によく言われるのは、バレンタイン前にそわそわして勉強に集中出来なくなったり、恋人が出来て勉強がおろそかになるという問題ですが、バレンタイン前後に生徒会で勉強会を開いて平均点を上げたいと思います。好きな人のためなら頑張れるというところを先生達に見せましょう。特に、両思いになれた人達は他のみんなの分まで勉強しても良いと思います。

 バレンタインデー開催のためなら勉強会に参加しても良いという人、結構いるんじゃないですか?」


 中畑が片手を上げて講堂を見回すと、十数人が手を上げた。


「やっぱり結構いますね。

 ――はい、挙手ありがとうございました」


 中畑が壇上で初めて笑った。


「そして、これは最も起こってほしくないことで、個人的にも一番対策したい部分ですが、もし今年のようにバレンタインデー当日に貴重品が盗まれた場合。この時に、チョコレートがたくさん学校にあると非常に困るという問題です。盗んだ物をラッピングしてしまえば見た目はチョコレートと変わらず、貴重品を盗んだ犯人を見付けるのが非常に難しくなってしまいます。

 バレンタインデーの朝は、校門や職員室で現金や貴重品を預かったり、持ち込んだチョコレートの数や色・形などをメモ出来るようにします。付箋(ふせん)を貼ったり写真を撮ったりしてなんとか把握していきたいと思い出ます。もちろんこれは強制ではなく、お願いです。

 渡す相手以外にチョコレートを見せるのが恥ずかしいという人も多いと思いますが、そういう人は見せずに持ち込んでも大丈夫です。ただ、そういう人にはラッピングはなるべく透明にして中身がチョコレートだけなのがはっきりと分かるようにお願いしていきます。そして、大切に管理して下さい」


 この時、生徒は静かに聞いていた。先生は沈痛な表情で中畑を見つめていた。


「それでもどうしても学校側としてはチョコレートの持ち込みの許可が難しいとなった場合、朝に生徒会が全てのチョコレートを預かるとか、バレンタイン割引の付いたペアの食券を作るとか、パンコーナーのチョココロネを増やしてもらうとか、メールアドレス付きのメッセージカード制にして学校から帰宅してからの待ち合わせをサポートするとか、なんとか別の方法を考えてバレンタインをバックアップしていきます。そうなった場合も、一部の先生方や学食の人達が協力してくれるそうです」


 生徒達は中畑の考えと行動に真剣さを感じて、緊張して聞き入った。


「ここまで聞いていて『チョコレートの配布をおおっぴらに認めたらチョコレートが貰えない人の肩身が狭くなってしまうじゃないか』と思った人がいると思います。僕もチョコレートをもらったことがない人間なので気持ちはすごく分かります」


 一気に緊張が緩和して、クスクスと女子が笑った。男子の半数は恥ずかしそうにした。


「リクエストがあった人には僕がチョコレートを作って、女子っぽくラッピングして誰もいない朝早くに下駄箱とか机とかロッカーとかに入れておきます。リクエストした人の表は配り終わったらすぐに削除、秘密は厳守します。

 どうしても女子からもらっている場面を周囲に見せたいという場合は、生徒会女子や演劇部などに口の固そうな有志がいれば手伝ってもらいます。最悪、僕が女装して木の下に呼び出すなりしてなんとか誤魔化します」


 講堂が爆笑に包まれた。

「それは止めろ」

「そこまでしなくて良いから」

「逆に悲しいだろ」

 男子が次々にツッコミを入れた。


「説明が長くなってしまいましたが、まずは一日だけこの学校を変えましょう。そして変えることが出来たらさらに一日、また一日とこの学校を一歩一歩変えていきましょう。それには皆さんの協力が必要です。迷惑をたくさんかけてしまうと思いますが、よろしくお願いします。二年九組、中畑克之でした」


 中畑が頭を下げると拍手が起きて、それは中畑が席に戻った後もしばらく続いた。

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