乙女奇譚帳
空に仕掛けた電線の網で、ようやく太陽を捕まえた。
ものは言いよう、乙女を悩ます憎い太陽を相手に、これで一矢報いたつもりかと、鈴音愛奈は自嘲的に笑った。
薄い雲を羽織った透明な空は、もうすっかり秋模様だというのに、南の低地へと追いやられたはずの太陽が、何が気に食わないのか、容赦なく愛奈の頬を焦がすのだ。生憎帽子も日傘も持ち合わせていなかった愛奈は、電柱の続くこの坂を登り切るまで、馴れ馴れしく付き纏う、無神経な太陽に晒され続けなければならない。ただでさえ夏に焼きすぎた肌を、愛奈は後悔しているというのに。
絡め取った太陽をそのままにはしておけず、諦めてまた一歩一歩坂を登る。きっと何本めかの電柱で立ち止まり、また恨めしく太陽を睨み一呼吸置くのだろう。
それでも引き返すという選択肢が、頭の片隅にすら浮かび上がらないのは、きっと愛奈が恋しているからだ。赤みを帯びた頬の言い訳にはなってくれそうだと、高鳴る胸を押さえて、やはり愛奈は笑った。
登り切った坂の頂上には、山神神社という地元では有名な神社がある。とはいえ、神社に足を運ぶのなど年始を除けばそれほどあるものでもなく、ついこの間まで、それは愛奈自身も同じだった。身も蓋もなく言ってしまえば、密かに慕う若い宮司に会いにいくのだ。彼との出会いもまた不可思議なものではあったが、それについて語るのは、また別の機会にしよう。
朱色の鳥居を潜り、歩幅の合わない石の階段を登りきる。正面の本殿に一礼しつつ右へ左へと境内を覗いてみれば、すぐに若い宮司こと、神居正人の姿を捉えた。頭にタオルを巻き付け、上下黒色のジャージー姿となんとも色気のない姿で境内の草むしりに勤しんでいた。
まあそんなもんだろうとは思いつつ、宮司の正装姿を拝めなかったことを少し残念がる。あの独特な服装は、装束と言うのだったか。正人の清らかさと誠実さを体現したかのような袴姿が、愛奈の一番焦がれる姿だった。まあ、あの格好で草むしりは、確かに大変だとは思うのだけど。
気を取り直し、愛奈は成長乏しい小さな胸を膨らませ、ゆっくりと深呼吸する。鏡の前で何度も練習した笑顔を思い出しながら、普段より1オクターブ高い声で挨拶した。
「家族で海辺までドライブに行きまして、お土産を持参しました。これ、つまらない物ですが花ガツオです。
家族で行きました」
大事なことなので、わざとらしく二度言った。恋する乙女にとっては重要なことなので、勘弁してあげてほしい。
もちろん愛奈は嘘など言っていない。高校生になってからというもの、家族でお出かけの機会などめっきり減っていたのだが、念願のワンボックスカーを購入した父親が、どうしてもと家族を誘い、昨日海辺までのドライブを決行したのだ。
乗り物酔いの激しい愛奈は、揺れるワンボックスカーの後部座席ですぐに気分を悪くし、せめて助手席へと母親と席を代わってもらった。
車内では窓を全開にして終始無言、海辺で名物の海鮮料理は当然愛奈だけ食べられず、おまけに風邪でもひいたのか、帰りはなんだか肩が重く悪寒が酷かった。
そんなことはお構いなしで、新しいオモチャではしゃぐ子供のように、父親がビュンと車をとばすものだから、愛奈のストレスも踏み込むアクセルに比例して、ビュンと跳ね上がる。
一人っ子で家族には遠慮のない愛奈がここまで気分を害しては、暫くは家族旅行は無理だろう。
ろくな目に合わなかったドライブだったが、唯一、お土産という口実ができたことが嬉しかった。
両親が海鮮丼に舌鼓を打つ間に買い物に行き、高校生のお小遣い事情にも優しい花ガツオを購入したのだ。
「やあ、愛奈ちゃん。これはたいそうなものをありがとう。
なるほど、海に行ったんだね。
じゃあついでに、家で風呂に入っていきなさい」
ん?
いきなり風呂を勧められ、理解不能のまま背中を押される。
随分と愛奈は動揺するが、惚れた弱みか、なんとなく押される背中に抗えない。
「あの……、私臭かったりします?イソ臭いとか言われたら本気で泣きますが」
「え?まさかまさか。
そうではなくて、ほら、なんとなく気づいてるでしょ?」
ああ、やっぱりそっちかと、愛奈はため息を吐いた。容姿か、雰囲気か、はたまたフェロモン的なものなのか、愛奈は特定のモノにはえらくモテる。正人にも相談はしたこともあるが、もうそれはそういうものだと受け入れるしかないよと苦笑いされたものだ。
『みんなから愛されたいのではない。あなたに愛されたいの』とでも言うのかと、早とちりで背中を蹴りたくなった人は少し落ち着いてほしい。者ではなくモノと表現したことでお察しいただければ幸いだ。
ちなみに、こっそり母親からくすねて付けた香水には、正人は気づきもしなかったようだ。さりげなく香水をアピールした発言でもあったのだが、さらにため息は深くなるばかりだ。
それにしても他人の家で風呂とは。しかも、密かに慕う殿方の家で、厚かましくも、おそらく一番風呂をいただくなんて。
幸い今日は湯船に浸かるのに問題はないなと、少し前のめりに考えた自分が恥ずかしくなり、愛奈は顔から火が出るほど赤面する。
それを見た正人は、どうも無頓着なほうのようで「髪は洗わなくてもいいよ。湯船に浸かるだけでもいいから。髪留めなんかは妹に借りればいい」と、これまたズレた言葉を持ってなだめた。
境内の外れの林の奥に、隠れるようにある正人の家は、面構えこそ瓦屋根の純和風だが、中はずいぶんリホームされており現代風だ。着くや否や、玄関先から妹の聖子を呼ぶ。普段穏やかな正人が荒い大声を出したことに、少なからず愛奈は動揺した。当の聖子はというと、兄妹の間では当たり前のようで、慌てることなく、スマホ片手にリビングからのそのそと顔を出した。
「おい、聖子。悪いがすぐに風呂沸かしてくれ。
愛奈ちゃんが入るから。これ、愛奈ちゃんに頂いた花ガツオ」
「え?お風呂?愛奈ちゃんが入るの?」
「うん、じゃ俺は蜜柑とってくる」
「みかん?はあ?」
妹の聖子の問いかけを蔑ろにして、正人はまた玄関から出て行った。残された愛奈としては少々バツが悪い状況だが、聖子は大して動揺する素振りもなく、ポリポリと頭をかいた。兄の奇行には慣れたもので、今更さして驚きなどしないのだ。
「愛奈ちゃん、もしバカ兄貴に振り回されてるなら言ってね。断ってもいいから」
「いえ、決してそんなことは。
正人さんがそうしろと言うなら、多分それが正解なのかなって」
「そう?私にはわからん世界だ。
それにしても年頃の子に風呂入ってけって……。
あれ?愛奈ちゃん、今日はお化粧してる?いい香りもするね」
年上の正人に少しでも合わせたくて、精一杯背伸びしてきたのが、本人ではなくその妹に暴かれる。恥ずかしいやら情けないやらで、愛奈は頭がショートした。「友達と遊びに行った帰りで……」と、しなくてもいい言い訳をする羽目となる。
「ふーん、大きな花ガツオの袋を持って遊びに行ったの?
メイクも、友達と遊ぶお洒落してと言うよりは、フォーマルに背伸びしてって感じだね」
「……さすが美大生ですね。すいません、咄嗟に嘘つきました」
一瞬でバレた。嘘の上塗りも難しそうで、若気の至りで許してと、素直に謝罪することにした。当然のことながら、聖子はこんなに面白いオモチャをやすやすとは手放さない。
「あら、可愛い。自分でしたの?上手、上手。
高校生なら、メイクぐらいもうするよね。今度お化粧ごっこしようよ。
ちなみに、あのばか兄はそんな愛奈ちゃんの甲斐甲斐しさなんか、一ミリも気がついてくれなかったんじゃない?
背伸びして、お洒落して、投げ掛けられた言葉が『風呂入れ』かあ、ねえ、本当にあれでいいの?お姉さん良さがわからないな。
世の中の半分は男なんだから、もう少し冷静に考えたら……」
「う……、うわーん、もう、聖子さん!」
何もかも見透かされ、全面的に降参の証として、愛奈は聖子に抱きついた。
散々虐めた聖子は満足したのか、よしよしと宥めながら、髪留めとクレンジングを貸してくれた。
先ほども言ったが、家の中はリホームされて間もなく、当然風呂場も新しい。ボタン一つで、10分も待たずに湯が張られるらしい。待ち時間、聖子にお茶でもと誘われたが、ちょうど蜜柑を1つ手にした正人が帰ってきたので、なんとなしに脱衣所で立ち話になる。よそ様の家の風呂をいただくのも稀な体験なら、よそ様の脱衣所で立ち話もかなり稀な体験だ。
この後ここで私は脱ぐのかと、改めて何やってるんだかわからなくなる愛奈だが、そんなことは、正人はまるで気にせず話を続ける。
「いいかい?これは境内にある蜜柑の木で、清められた土と水を充分に吸収している。
これが酸っぱいんだ。もう、人に好まれる気ゼロですねと言いたくなるくらい。桔梗にでもなったつもりかね、蜜柑のくせに。
食べられたものじゃないけど、湯に浸かったら、一房だけ我慢して食べて。
残りは握りつぶして、皮ごと湯に浮かべて」
行動としては難しいことを言っている訳ではない。だが、理解を越えた行動は心が追いつかず、心情的にとても難しいことを言っている。ハテナマークで一杯になる愛奈をみて、正人は乗車前にアクセルを踏んでしまったと、説明不足を謝罪した。
「他にも方法あるんだ。もし愛奈ちゃんが嫌なら、別のにするけど……」
「正人さんはこれが良いと思うのですね?なら、そうしましょう。潰した後はどうすればいいですか?」
「ううん、それだけ。後は震えが治まるまで、お風呂を堪能して下さいな」
それだけか。ようは蜜柑風呂に入ればいいだけかと、愛奈は胸を撫で下ろす。さすがに隣で祈祷したいとか言われたらどうしようかと思っていたからだ。震えるの単語が気にはなったが、そこはあえて考えないことにした。
そうこうしているうちに、やがて湯が溜まったとアナウンスが流れ、聞いた正人が脱衣所からでていこうとする。その腕を愛奈は咄嗟に掴み引き止めた。きっと愛奈のための行動ではあるのだと、愛奈自身も十分に分かってはいるが、だからといって、乙女にここまでさせるのだ。少しぐらい大胆にでてもバチは当たらない。衣装、メイク、香水、髪型、フルカスタムを無駄にする対価として、なんとか爪痕を残したい打算的な愛奈だった。
「憑き物ですよね?何が憑いてるんです?」
「後で説明する。その方がいいだろうから。
何かあったら、聖子を通して連絡するから安心して」
掴んだ袖を優しく振り解き、今度こそ正人は脱衣所を後にする。しまった、ここは怖いと不安がる場面だったと、好奇心が上回ってしまった、たくましい自分を愛奈は呪う。やるしかないかと腹を括り、服を脱いだ後、丁寧に畳んだ。誠実な正人のことだ。途中入室されることは恐らくないだろうとは思うが、一応下着は衣服の中に念入りに隠す愛奈だった。
髪は洗わないから、湯船に浸からぬようにしっかりと髪留めで巻き上げる。体は必要以上に丁寧に丁寧に洗った。気を遣う性格の愛奈にとって、他人のうちの湯船に浸かることが今更ながら怖くなったからだ。しかも蜜柑を握りつぶすのだ。蜜柑かあ……。ここは蜜柑で汚れたと言い訳して、絶対にお湯は捨ててから上がろうと決意する。
いざ湯船に浸かり、言われた通り蜜柑を剥く。柑橘の爽やかな香りが鼻腔を撫でた。思えば、湯に浸かりながら食すのは、愛奈にとって初めての経験だった。
テレビなどで、温泉に浸かりながら日本酒を呑むシーンなどを観たことはあるが、実際にする人などいるのだろうか。大衆浴場でなくて、個別の客室露天風呂がついた旅館なんかで楽しむのかもしれない。
(客室露天風呂、なんて甘美な響きでしょうか。そんな贅沢は、少なくとも今のところ私には縁がなさそう。
いろんな意味で家族旅行で行くようなところではないだろうな。もし仮に福引きで当たったらどうしよう。その場合は、不憫だけど父には留守番をお願いできるかな。
いいえ、私だって分かってる。あれは、恋人同士で楽しむ空間、興味はあるけど、一緒に入るのは恥じらいもあるな。水着はルール違反だろうから、そうだ、部屋の明かりを全て消せばいいだろうか。もしくは、もうそんな客室を取る仲とは、いまさらなに恥じらうことない、所謂男女の仲なのだろうか。そんなことはきっと、遠い未来のこと、いや、遠いのか?案外近かったり、ほら、友達も勢いだと言っていたし、だったら相手は……。)
思い人の家の風呂で、一通り妄想で鼻の下を伸ばした後ふと我に帰り、「さて、食うか」と妙に冷める愛奈だった。
湯船で酒は体に悪そうだが、それに比べて愛奈の蜜柑は随分と健全である。
一房、言われたままに口にした。先程の煩悩を責めるように、悶絶するほどの酸味が口いっぱいに広がる。正人の言ったことは正しかった。落ち着いて、あなたは桔梗ではなく蜜柑なのよと諭したくなる。なんとか一房飲み込むが、これ以上は無理と、残りは湯船で握りつぶした。味は酷いものだったが、湯気に溶けて鼻腔に届く香りだけは素晴らしい。
と、ここで愛奈は異変に気がついた。寒いのだ。それも甚だ尋常では無く、凍てつくかのように。
確かに湯は暖かいし、それは肌を通して温もりとして伝わるのだが、反発するように骨の髄が冷えきり、内側から冷気で押し返そうとする。堪らず震えだし、愛奈は湯船で小さく体を畳む。
「愛奈ちゃん聴こえる?
兄貴がね、寒かったら追い焚きしてって。沸かしたばっかだし、ありえないと思うけどね」
「いえ!ぜひ追い焚きさせて下さい」
正人に頼まれて、脱衣所から聖子が声を掛けるやいなや、これ幸いと愛奈が助け舟に食らいついた。
「愛奈ちゃん江戸っ子?それなら追い焚きのボタン押して。なんなら設定温度あげられるけど、操作わかる?」
「矢印上を押せばいいんですね!すいませんが、マックスにします」
「愛奈ちゃん江戸っ子?なんか後ろから兄が、どうしても無理になったら呼んでって。入る気だぞコイツ、どうする?殺す?」
「それはナシで!殺すのもナシで!!」
身体中の毛が逆立つ強烈な震えが、愛奈にとっては永遠のように長く感じた。実際はものの数分で、やがて何事もなくなったように、震えを忘れた身体は平常に戻っていく。湯気と共に、何かが身体から追い出され消えていくのを、愛奈はそっと目を閉じて想像した。
倦怠感は残るものの、愛奈は湯船から上がることにした。潰したみかんが浮かぶ残り湯に再度手を当てると、高温に追い焚きまでした湯は、確かにぬるま湯へと変わっていた。不覚にも、お湯を捨てるのを愛奈はすっかり忘れていた。
帰り道。
神社から続く坂道を、正人が付き添いゆっくり降る。
あれほど鬱陶しかった太陽も、今は恥じらい赤く染まっていた。
「そろそろ教えてください。
海難事故で亡くなった、成仏できない霊とか」
いつまでも口を開かない正人に、痺れを切らした愛奈が問いかける。穏やかに笑う正人が、首を横に振る。
「じゃあ入水自殺した女とか?」
「そうでもなくてね。違うんだ。今回は呪いだね」
「呪い、ですか」
「うん、それも呪った本人も気づかないほど、単純で原始的なね。
愛奈ちゃんには謝らなきゃいけないんだけど、今回は祓うだけなら、案外簡単だったんだ。
祓うのではなく、浄化にこだわったせいで、愛奈ちゃんにはずいぶんと負担を背負わせた」
「それは、いいんですけど。なんで祓うのを躊躇うんです?」
「祓った呪いは、どこに帰ると思う?」
ああ、そういうことかと、愛奈にも合点がいく。人を恨めば穴二つ、無理にひっぺがした呪いは、術者に帰る。要は無意識に愛奈を呪った誰かを、正人は庇ったわけだ。
正人の優しさは疑わないが、だからこそ愛奈は複雑な気持ちになる。
「無意識に呪えるなんて、力の強い人なんですね」
「いやいや、死期が近いと、たまに力が高まる人がいるんだが、今回はそれだね。祓えば、確実に消えそうなほど、弱々しい生命力だった。
呪いだって、たまたま条件が揃ったんだと思うよ。共感力に長けた愛奈ちゃんがいて、たまたま死が近い老人が、強い負の感情を向けた。事故みたいなもんだね」
「私が老人に負の感情を向けられたんですか?」
「うん、何かあったんじゃない?」
そんなこと、そう言い返す直前、ふと助手席から観た光景を思い出した。
海辺の一本道を、制限速度以下で走る軽自動車がいた。せっかちな父親は、追い越し禁止エリアであるのに、アクセルを踏み込み抜き去った。
あのとき、窓を開けた助手席から、確かにこちらを睨む運転席の老人をみた。
「そんな、私が運転してたんじゃないのに理不尽です」
「まあね、呪いなんて往々にして理不尽なもんだよ。
若かったから。幸せそうだったから。生意気に見えたから。
本人に自覚は無くても、些細なことで嫉みつらみは生まれるもんだからね」
「そんなの交通事故みたいなもんですね。防ぎようがないじゃないですか」
「そうでもないさ。経験だったり、無自覚でも気づくこともある。
現に愛奈ちゃんは、どうして今、僕の左側を歩いているの?」
言われてみれば、神社を出たときは、確か正人の右を歩いていた。
どこかで、そうだ、恥じらう太陽に一瞬足が止まったとき、交差したんだろう。
「それはすごく正解なんだ。それが出来る君のことを、僕は羨ましく思うよ。すぐに神社に来たことも含めて、無意識にトラブルを回避する愛奈ちゃんの特技だね」
「神社に行ったのは無意識ではないですよ。私の強い意志です」
「え?あ、そう……。
なんにせよ、無自覚でも人を呪うような生き方はしたくないもんだよ。死ねとか殺すとか、言葉が軽くなった現代が恐ろしい。
愛奈ちゃんは強く妬んだり、罵ったりなんてこと、もちろんないよね?」
「さあ。この坂を登るとき、太陽を鬱陶しくは思いましたが」
「うちの最高神になんてことを……。
下手な幽霊より生きている人間のほうが怖い。そんな人間よりもさらに神が怖い。一番厄介なのは神様だったりするから、くれぐれもそことは揉めないようにね」
まるで厄介な友人を紹介するように神を語る正人も大概ではある。
視点を変えれば、だろうか。下り坂で今一度捕まえた太陽は、正人の優しい笑顔によく映える、赤く優しい夕日だった。
「お風呂の湯、不覚にも捨てるの忘れましたが、必ず捨ててくださいね」
「もちろん、穢れだからね」
うら若き乙女の沐浴の後を『穢れ』の一言ですます正人を見る限り、愛奈の恋は前途多難のようだ。西に落ちていく太陽は、電線の網をすり抜け、するすると森へと帰っていった。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。