終章 空想力学少女と青い海
――あの夏から、どれぐらい時間が経っただろうか?
蝉の声がうるさい夏。
とても暑い夏のこと。
辰ヶ海島の一角で、ひとりの男が、幼い子どもに語りかけていた。
「こんな話をしたら、君は笑うだろうか」
「どんな話?」
「昔話さ。ずっと昔、この島の海がね、青くないときがあったのさ」
「うっそだー。お父さん、嘘ついてるー!」
君はやはり、そうやって笑うだろう。
けれど、愛しい子よ。
これは、証明だから。
「本当さ。だからぼくらは、海が青いことを忘れないために。同じように青い海が大好きだったぼくらの恩人を想って、君に名前をつけたんだ」
大切な君に。
ぼくらの空想力学、願いの結晶に。
〝青海〟という、名前を贈ったんだ。
「…………」
とある幼馴染み同士が結婚する未来は、どんな希望よりもまばゆくやってきて。
そして、それよりも輝く子どもが、ここに生まれた。
それは昨日のことのようで。
あるいは遠い昔のことのようでいて。
「真一は知らないでしょ? あのときあたし、乙姫ちゃんと、きちんとお別れをしたのよ? あんたのことを頼むって、危なっかしいからって、額に口づけされてさ」
なんてことを妻は口にするが、別に疑いもしない。
だって、ほら。
しゃらら、しゃららら……
聞こえてくる潮騒の音色は、まるで人魚姫の歌声のように。
ぼくの大切な友人の、笑い声のように。
こうやって、いつでも。
ぼくらを見守り、祝福してくれているのだから。
「さあ、青海。楽しいことをしよう」
「たのしいこと?」
「そうだ、この夏の始まりに、すてきなことを。さあ――」
――青春っぽいこと、しようぜ?
これにて完結です。
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