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【書籍化】空想力学少女とぼくの中二病 ~転校初日にキスした美少女は、アオハル大好きな人魚姫でした~【発売中】  作者: 雪車町地蔵
第一章 想い出の科学、空想力学

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第二話 想い出をください、うろこの分だけ

「ふっざけんな馬鹿野郎!」


 ほとんど反射的に、ぼくは階段を転がり落ちる。ある理由で走ることができないから、可能な限り早足で。

 学校のなかは騒然としていた。

 皆が窓の外を見下ろし、悲鳴や怒号が飛んでいた。


 当たり前だ、つい今し方、人が飛び降りたのだから。


 あいつ、馬鹿か。馬鹿なのか?

 何を考えているか知らないがあの転校生、いきなり飛び降りなんかしやがって!


 背中に羽でも生えているなら話は別だ。天使でも悪魔でも、なんならドラゴンでもいい。

 けれど、彼女は見た目どこまでも普通の少女で。

 ただ浮き世離れした美少女なだけで。


「オー、マイ!」


 信じる神などいないが、それでも毒づいて。

 荒い息をつきながら、校舎の出口へと手をかける。

 そこには――


「えっへっへー」


 笑っていた。

 校庭に大の字に寝そべった少女が、なぜか気恥ずかしそうに笑っていた。


「おまえ、怪我はっ」

「んー、大丈夫、かな。いつものことだから、へっちゃらだし」


 大丈夫なものか。へっちゃらなものか。

 駆け寄って様子を見れば、少女の首はずいぶんとあり得ない方向に回っているし、口元から血が垂れている。

 こういうときは、なんだ……そう、頭を動かさないほうがいいんだったか?


 しかし、なんで。


「どうしてこんな、馬鹿な真似を」

「話すと、長くなるけど」

「話すな、すぐ先生を呼んでくる! 病院に行くぞ!」

「あー、そういう心配は、必要ないので。どちらかというと、しっかり見ていてほしいというか」


 なにを言ってるんだ、校舎の屋上から飛び降りたんだぞ。奇跡的に一命を取り留めているが、すぐにでも本土の病院に――


「え?」


 そこで、ぼくは、言葉を飲み込んだ。

 抱き上げようとした少女の体が。

 その胸の部分に、ぼんやりとした光が集まりはじめ。やがて、全身を輝きで包んだからだ。


 いや、ことはそれで収まらなかった。

 少女の体を包んだ光は、そのまま爆発したかのように世界中へと広がって――


「……なにが、起きた?」


 まぶしさに、思わず閉じていた目を開くと、そこには少女が立っていた。


「ぱんぱかぱーん! ふっかーつ! 私、ふっかーつ!」


 スリーピースを顔の横で構え、ウインクを飛ばす少女。

 もうそこに、先ほどまでの怪我の様子はない。

 どこまでもはつらつとした、むやみやたらと健康そうな彼女がいて。


「おまえ」

「むー、おまえじゃないよ」

「は?」

「私は乙姫。澪標乙姫! 今度は名前で呼んでほしいなって」


 いま、重要か、そこ?

 あれか、正しき真名(まな)で呼ばれなければ契約に応じないとか、そういう設定か。


「ふざけんな。こっちは本気で心配してるんだ。その……大丈夫なのか?」

「だいじょうVサイン! なにせ私は、不死身なので」


 ……んん?


「私は、不死身の人魚なので!」


§§


 海士野真一は中二病患者である。

 ひねた考えで世渡りし、ときたま白昼夢と妄想に身を委ねて生きてきた。

 けれども他人の痛いエピソードには、人一倍敏感であった。


 陸上部に所属していた頃ならばいざ知らず、いまでは日陰者の小唄であるぼく。

 そんなぼくであっても、澪標が人魚であるとかいう世迷い言を信じるのは無理があった。

 こう、変なところで常識のブレーキが掛かるのが、中二病の悪いところだ。


「と、とにかく」


 彼女を病院に連れて行く必要があるだろう。

 もしかすると頭の打ち所が悪くて与太話をしているのかもしれないし、厳重に診察をしてもらう必要がある。


 だから、まずは先生を呼ぼうと、校舎の側を振り返った。

 首をかしげることになった。


 だれも、こっちを見ていなかったのだ。

 そういえば、あれだけ聞こえていた喧噪も、いまや存在しない。

 窓から顔を出すものはいないし、こちらから見える限り、みな普通にホームルームをやっている。


 おいおいおい。

 なんだ、おかしくなったのはぼくのほうか?

 学友たちってのは、どっかの先輩と同じく、人が投身自殺をはかっても無視するような冷血動物だったのか?


「そりゃそうだよ。だってさっきの出来事は、なかったことになったんだもん。おわかり(どぅーゆー)いただけますか(あんだーすたん)?」

おわかり(ノット)いただけません(アンダースタン)。おまえ、やっぱ頭の病院行ったほうがいいよ」

「もう、だから違うってば! 私はなり損ないであっても、壊れているわけじゃないの」


 ぷんすこ! と怒りをあらわにした彼女は、制服の裾に手をかける。

 ちょっと待て。

 おまえ、今度はなにを。


「見せつけてあげる。これが、人魚の証明だっ」

「うわぁ!?」


 がばっと上着をまくって見せる澪標。

 慌てて目を背けようとして――しかし、看過できない異常が、ぼくの目には飛び込んできた。


「な、なんだよ、それ……」


 ふくよかな双丘、その下弦からつづく柔らかそうな白い肌。

 けれど、へその部分にいたって、異様があらわになる。


 〝うろこ〟だった。


 びっしり……というほどではない。

 けれど確かな数のうろこが、下腹部から腹筋のあたりにかけて生えそろっているのである。


 人魚。


 その言葉が、頭の中でこだまする。

 馬鹿な、ありえない。

 でも。


「そして、こっちにもうろこはあったり」


 彼女は首のチョーカーを外す。

 ひときわ美しく輝く、逆さの形をしたうろこが、首には生えていた。


「まだ信じない?」

「オー、マイ……触っても、いいか?」

「いいよー」


 おっかなびっくり、首のうろこへと指を伸ばす。


「きゃうっ」

「変な声出すなよ!?」

「変な触りかたするからだよ!」


 ノー、ノー。断じていやらしい手つきで触ってなどいない。

 これはあれだ、学者が被検体を解剖するような、そういう怜悧な触りかただ。たぶん。おそらく。メイビー?


「よしっ」


 改めて指を伸ばす。

 触れる。


 突風が、吹き荒れた。


 嵐だ。

 目を開けていることも難しいような暴風雨。

 ぼくの横を大きく、どこまでも続く風が追い抜いていく。

 風はうねりながら空へと舞い上がる。

 キラキラと輝く風は、まるでいくつものうろこをまとった〝龍〟のようで――


「やっぱり、こっちのうろこに君は触れるんだね」

「……っ」


 どうやら、茫然自失としていたらしい。

 幻を、見ていたらしい。

 あれのことを、ぼくは覚えてはいる。罪を背負った日――はじまりの夜の記憶だから。

 けれど、覚えていない、記憶にない。

 あの日、ぼくは〝龍〟なんて見ていない。

 だけれど、しかし――


「もう一度、触るぞ」

「うん。できれば、首以外で」

「ざらっとしてる」

「うん」

「きれいだ」

「……うん」


 二度は、幻覚を見ることができなかった。


 じっくり触ると、わかることが増えた。

 肌触りは、魚のうろこよりは、ハ虫類のそれに近い。

 ひんやりと冷たくて、少しだけ硬くて。

 それで、まばゆいぐらいに、きれいで。


「おまえ、本当に人魚なのか」


 確かに、このうろこは作り物には見えない。それに、彼女がぴんしゃんしているのも、不死身だからといわれれば納得がいく。

 ……訂正、納得はいかないが、飲み込めはする。


「そう、私は人魚だよ。なり損ないの、人魚姫」


 少女は言う。

 澪標乙姫は言う。

 服とチョーカーを着直しながら、自分は人魚であると強弁する。


「このうろこはねー、空想力学の結晶なんだー」


 空想力学。


「想い出の科学、空想力学。私が忘れたくない想い出の数だけ、それがかたまりになったものが〝うろこ〟。そして」


 彼女は、もう一度ぼくを指さして。


「真一くん。きみには、ヒーローになってもらいます」


 微笑みながら、こう告げた。



「私が死ぬのを、手伝ってほしいんだ」


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