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人間

第5章 勇者様を殴りたかったんだ。

--人間--


あらすじ:姫様はかわいい。

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「だから偉いのよ。」と胸を張った姫様に、魔王が大きくなった経緯(いきさつ)が気になって聞こうとした時、黒い魔獣、カガラシィがガゥと鳴いた。


「人間…が入り込んだの?城に?」


姫様が黒い魔獣に問いかける言葉に耳を疑った。人間が魔王の森を越えて城までやって来るなんて有りえないよね。野生の魔獣がうろつく森を何日もかけて越えなきゃならない魔王の城に来るなんて物語でも無ければありえない。


「見間違いじゃないの?」


思わずカガラシィの方を向いて聞いてみると、黒い魔獣の黒い瞳にじっと見つめられた。ボクを測るような黒い瞳は穏やかだけど心の底まで覗かれているように深く、深く覗き込まれている気分になって、彼が魔王と対になる魔獣だという事を思い出して慌てて目を逸らす。


どうしよう。思わず普通に話しかけてしまった。


いつも姫様と一緒で、おとなしく付き従っている姿を見ているから、すぐに忘れてしまう。黒い魔獣が魔王と共にあるべき魔獣だという事を。彼が見聞きしたことは魔王にも繋がっているって事を。


姫様やアンベワリィにセナにも、しばらくは丁寧な言葉を使って話していたんだけど、次第に打ち解けて丁寧な言葉を使わなくなってしまった。師匠の訓練や王宮の人たちに向けて丁寧な言葉を使う事はあったけど、もともと小さな村の出のボクには使いこなせずにボロが出てしまう。


それに姫様に会う時にはカガラシィがいつもいるので油断してしまった。


怒られるかと恐々と顔を戻すと、カガラシィはまだこちらを見ていた。すうっと整った長い鼻がこちらを向いている。窓の外が少し騒がしくなった気がした。


(相棒。どうやら人間ってのは、アンクス達みたいだぜ。)


不意にジルが話しかけてきて、びっくりして机に立てかけた彼を見てしまった。耳打ちするような声だったけどジルは滅多な事では人が居る時に話しかけては来ない。今のようにボクの視線からジルの存在を知らせる事を避けるためだ。


(どういう事?)


(さぁ?でも、見かけたって言う兵士の証言だと、複数人で、しかも勇者の剣らしきものを持っているって話だ。マジで物語の勇者の様ように魔王城に攻め込んできたのかもしれないぜ。)


物語の勇者。勇者の剣の勇者グリコマ様の物語。


魔族と魔獣が村や森を滅ぼし魔王の森が大きくなったことに耐えきれず、人間の王様はグルコマ様に勇者として魔王の討伐を依頼した。彼はたった数人の仲間と魔王の城を目指し、そして魔王を倒した。多くの犠牲と引き換えに。


それと同じことをアンクス様はしようとしているんだ。


グリコマ様以来、何人もの人が勇者になったけど魔王の城まで行く事は無かった。だって、魔王の森を越えて魔王の街に来て、魔王の他にも多くの魔族とも戦わなきゃならないんだ。


道が整っていない魔王の城まで辿り着くことも難しい。兵隊が列を作って歩くなんてできないし、多くの人を賄う食料を運ぶ馬車だって連れて来られない。どうしても少ない人数になってしまうんだ。


グルコマ様は勇者の称号と自然を操る『嵐の奏者』という特殊な『ギフト』と、剣を振る速度が早くなる魔法陣と切れ味が良くなる魔法陣、振った刃が衝撃となって飛んでいくと言う魔法陣が組み込まれた、勇者の剣を持って臨んだ。


そう言えば、アンクス様に初めて会った時の第一声も、「魔王の倒し方を教えろ。」だった。何か魔王に思う事があるのかもしれない。しかも、『ギフト』が違うとは言え、勇者の称号と勇者の剣を手にしているしね。


「アンクス様…。」


「誰それ?」


思わず言葉にしてしまった名前に姫様が素早く反応する。カガラシィに気を取られていると思ったのに。


「勇者様だよ。勇者の称号を持っていて、人の応援を力に変えて戦うんだ。こんな所まで来れる人間なんて勇者様しかいない。魔王様を倒しに来たんだ!」


勇者の称号は人から応援してもらう事によって力を強める。そのために王宮はパレードをしたり村々で宴会をしたりとして知名度を高め人気を集めている。今では国内にアンクス様の名前を知らない人は居ないほどだ。


「ああ、今の勇者様ね。」


そう言って、姫様はボクの左腰に挿された剣に目をやった。愚者の剣と呼ばれるこの剣は勇者の剣といっしょにカプリオの居た村に置かれていた。なぜ愚者の剣と呼ばれるようになったのか聞きそびれたままだけど。


「強いんだよ!破邪の千刃って『ギフト』で魔獣を蹴散らしちゃうんだ!」


たった一回、剣を振るだけでタガグナル砦を襲った魔獣の群れを蹂躙したのを見たんだ。ライダル様が『耕す一振り』とも呼んでいた『ギフト』は、たくさんの刃が空中に現れて、一度に何匹もの魔獣を葬って行った。


「すごいわね!その人に着いて行けば森を通ることができるじゃない!!」


ボクの心配をよそに姫様は笑顔になった。手を叩いて喜ぶ姿は今にも花も咲きそうなほど嬉しそうだ。


「いやいやいや、勇者様が魔王を倒そうとして来ているんだよ?」


「お父様が負けるはずがないでしょ?パッパッと返り討ちにしちゃうわ!」


カガラシィ黒い毛並みを撫でる姫様は絶対の自信をもっているかのようで、まったく不安な表情を見せない。それほどまでに父親を、魔王を信頼しているのだろう。


「剣の一振りで石造りの教会を潰しちゃうんだよ?」


勇者の剣を持ったアンクス様はカプリオの村の教会を一撃で崩壊させてしまった。そのせいでボクは教会の下敷きになり、アンクス様とはぐれて独り魔王の森に取り残されてしまった。


「お父様は石造りの建物よりも頑丈だわ。あ、でも、お父様が勇者を死なせちゃったら帰れなくなるわね。困ったわ。」


カガラシィに声をかける姫様は本当に真剣な顔をして悩んでいる気がする。カガラシィは何も答えずにただじっとボクを見ている。


「…帰りたくない。」


ボクは姫様の赤い瞳を見る勇気が無くて、下を向いて震える声を振り絞った。


「ダメよ。ここに居たって良い事は無いわ。魔族の中に人間一人。今だって城の外に出れないじゃない。」


「人間の街に戻っても…。」


ずっと裏路地に座っていた。小さな仕事を怒られながらしていた。


王宮で使われたのだって、たかが書類整理と物探し。ボクが居なくてもできない仕事じゃない。少し時間が早まるか、裏付けが曖昧になるだけだ。冒険者ギルドからの仕事だって、一度片付ければ、ボクなんてしばらく用無しになる。


長い事、ここに居たんだから、ボクが居た場所なんて誰かがすでに埋めているだろう。


何より、姫様といっしょにいたい。


でも、ボクの気持ちは言葉にできなくて。


住み方も生き方も違う、魔族のお姫様に言える自信が無くて。


自信たっぷりに、独りで駆け回るお姫様に釣り合えなくて。


ボクは言葉を飲み込んだ。


「さぁ、帰る支度をしてきなさい!」


姫様に背中を押されて、部屋を出ように追い立てられた。



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