カーテン
--カーテン--
あらすじ:カガラシィがバウバウと鳴いた。
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黒くそびえる魔王の城に魔獣が引く馬車がひっきりなしに出入りして騒がしくなった。馬車には武器に鎧、それに保存の効く食料なんかが積まれていた。
「槍の数が資料と合わねぇじゃねぇか!!」
「はっ、資料を確認しましても、鉄の槍は…。」
「アイツ等が誤魔化していたって事だろ?」
「いえ、そうとも…。ほら、錆びたとか腐ったとかで廃棄されたとか…。」
「だったら、廃棄物の資料を持ってこい!!」
厚く重い扉を素通りするかのような怒鳴り声が聞こえたかと思うと、勢いよく一人の魔族が飛び出していった。そして、次の怒鳴り声が聞こえてくる。
(大丈夫かな。今、入ったら邪魔になるんじゃないのかな。)
扉を開けたら言い争いに巻き込まれてしまいそうで気後れしてジルに話しかける。ボクはこの扉の中に呼ばれているんだ。
(気にするなよ。遅くなった方が怒鳴り声が大きくなるぞ。)
それでも尻込みするボクは次の怒鳴り声がひと段落付くまでジルに励まされて、扉を手ごろなサイズに切った薪で叩いた。
コン、ココン。
魔族の扉は厚すぎてボクの手で叩いたくらいじゃ音がしないんだ。初めてドアを叩く時は仕方なくジルの柄で叩いて音を出したのだけど、友達の頭で叩いているようで嫌だった。だからすぐに薪の切れ端を切り取ったんだ。それ以来、ドアを叩くための薪切れ端を持ち歩いている。
「入ってくれ。」
目線より上にあるドアノブを回して重たいドアを開けると、中には重そうな家具達が置いてあって、あちこちに武器が飾られている。いや、山積みにされている。そして、数人の魔族達が渋い顔をしてにらみ合っていた。
「お邪魔しま…。」
「おお、悪いな。呼び出して。」
きょろきょろと部屋を見回しているボクが言いきらないうちに、真ん中の大きな机からセナが立ち上がって声をかけてくれたので、ホッとする。渋い大きな顔をした魔族達の間では居心地が悪かったんだ。
「外まで声が届いていたけど、取り込み中なら出直すよ。」
「いや、大したことじゃない。とりあえず大急ぎで地図を探してもらいたいんだ。」
「地図…?」
ボクの視線の落ちた先、セナの手元の大きな机には地図が広げられていて不足しているようには見えない。
「ああ、コイツじゃない。そう、ここの詳細な地図を探してもらいたいんだ。」
セナが首を振りながら地図の左手を指して言う。そこは山の絵が描かれているけど、他よりも線も文字も少ない。
地図に書かれた地名からジルに名前を推測してもらって問いかけ直してもらうと、『失せ物問い』の妖精の囁きのままをセナに伝えた。すぐに大声が響いて追い立てられるように魔族の1人が資料室に走って行った。
「これで、良いのかな。」
地図を探すだけなら自分の出番は終わった、と思って退室の言葉を伝えようとしたら、セナに待ったをかけられた。ピリピリとした空気が居たたまれない。手に持っているアンベワリィからセナへの差し入れを渡して逃げ出したかった。
「もうちょっと、まってくれ。いや、疑うわけじゃ無いんだ。他にも資料が欲しいんだが、その地図に載った名の資料も欲しいんだ。」
「地図に載っているのに、知らない場所なの?」
「ああ、ここはヤンコのヤツ等の土地なんだよ。ヤツ等が屍の民と手を結びやがったんだ。まぁ茶くらい飲んでいけ。」
「ありがとう。これはアンベワリィからの差し入れだよ。」
アンベワリィから預かった大きなバスケットを机の上に乗せて代わりにボクの手に余るティーカップを受け取ると、中に入っていたビスケットをつまみながらセナは愚痴るように話し出した。あまりお茶のお供にはしたくない世間話を。
ヤンコの人たちは鍛冶をしている魔族の一民族で、先日、姫様と見た侵入者たちの故郷だ。
鉄の武器の取引が多かった頃、そのヤンコの人たちの住む土地から先は彼らが防衛を務めていた。その鉄の武器の力によって。
でも、骨の武器が作られ始めたら、鉄の武器の取り引きが徐々に減った。
取り引きが減ったヤンコの人たちは徐々に力を弱めていって、最近は魔王の弱みを握るため城に侵入して来る事が多くなっていた。そして、ひとつの白い鍋を盗んだ侵入者がまんまと逃げおおせると、急に宣戦布告をしてきた。それも長い間、仇敵として扱ってきた屍の民と手を組んで。
まさか仇敵と手を組むとは思っていなかったセナ達は大いに焦った。
ヤンコの人たちは力も強く、自治権を主張して自分たちの土地を牛耳っていた。交易の邪魔だと言われて魔王の城との間には大きな拠点となる砦が無い。大昔に小競り合いをしていた頃の小さな砦が申し訳程度に残っているだけだ。
大慌てで進軍して、どうにかして迎え撃つ体制を整えることになるそうだ。
「でも、その先の地図が必要なのは、なぜ?」
相手を迎え撃つ場所はヤンコの人たちの街との間で地図に載っている。地形は解っているんだから、その先は必要なさそうに思えて聞いてみた。
「ヤンコの兵を潰すだけなら、この地図で事足りるんだが、今回は屍の民を追い返す必要がある。向こうの街に行けば地図くらい有るだろうが、敵の目の前で、地図を探すわけにも行かないだろう。」
セナが、疲れたような顔になる。
反乱を起こしたヤンコの街を制圧して統治するために色々な資料が必要だそうだ。
「まぁ、統治なんざ他のヤツに丸投げするけどな。」
セナは地図を持って帰ってきた兵士を労うと、今度は名前を見つけた鉱山の地図やら周りの山や湖の生き物の資料やらと多くの資料の場所を尋ねて来た。
ヤンコが統治する街とは言っても、その裏では事細かに情報を集めては揃えていたらしい。「使う時になって資料の保管場所が分からないと意味が無いけどな。」とセナは自嘲気味に笑った。
答えるたびに走り出す兵士たち。中には戻ってきた途端に再び資料室に走らされた兵士もいた。一度にまとめられれば良かっただろうけど、資料の中にある文言を基に次の資料の名前を言うのだから仕方ない。
セナが資料を読んで兵士を待つ間、手持無沙汰になった窓から見えるのは「練習だと思うな!実戦に行くんだぞ!」と檄を飛ばしながら広場で隊列を整えて演習をする兵士たち。
窓辺に静かに揺れていたカーテンが怒鳴り声ではためいた。
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次回:進み行く『隊列』




