表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏路地占い師の探し物 ~勇者様のせいで占い師を続けられなかったんだ。~  作者: 61
第4章:魔王の城で死にたくなかったんだ。
95/343

大鍋

--大鍋--


あらすじ:魔王城に入った侵入者が捕えられた。

------------------------------



厨房に追加の薪を持って行くと、アンベワリィが鉄のオタマで大鍋をぐるぐるとかき回している。ボクが姫様からもらった白い鍋が10個は入りそうなくらい大きな白い鍋だ。食堂でみんなのために料理を作っているんだから、それくらい大きな鍋が必要なんだろう。次の日には空になっている。


姫様から白い鍋を貰って8日程後に届いた白い大鍋のおかげでアンベワリィに感謝された。白い鍋は魔獣の骨を材料にしているから軽い。黒く重い鉄の鍋をひっくり返してゴシゴシと洗わなくて済むようになったと言ってとても喜んでいた。


始まりは、ボクが貰った白い鍋を試すために食材をアンベワリィに貰いに行ったことだった。軽い鍋に興味を持ったアンベワリィといっしょに簡単なスープを作った。


あいにくと火を使わなくても煮炊きができるという鍋の魔道具としての力は、ボクの魔力では少し足りなくてアンベワリィに魔力を注いでもらった。一面を落ち葉で埋め尽くされた森の中で、暖を取るための飲み物を作るくらいならできるかもしれない。それでも、ずいぶんと助かるのだけど。


直接、鍋を焚火にかけても大丈夫だと知ったのは、しばらく先の事だ。アンベワリィが鍋を作るよう依頼をしに行った時に聞いてくれた。


アンベワリィは感謝してくれたけど、ボクの気持ちは複雑だった。鉄の武器を作っていたというヤンコの人々の仕事が減るからね。今でも交易を続けているのか解らないけど、鉄の商品がまたひとつ減ってしまう。


ヤンコの人たちの間には『ギフト』を使わなくても製鉄ができる技術がある。鍛冶をしている父さんとケンカして村を飛び出したから、ボクには必要のなくなった技術だけど、もし、その技術を身に着けることができたなら、と夢想する。


「やっ!」


薪割りの仕事に戻ったボクが愚者の剣を振るうと原木が真二つに割れる。毎日、薪を割っていたから、だんだんと上手くなって途中で剣が喰い込んで止まってしまう事が少なくなった。そして、開いた時間で少しだけ剣として振る練習をする。


姫様と居た塩湖での暗殺事件。姫様の部屋での侵入者騒ぎ。そのどちらでもボクは剣を抜くどころか動く事すらもできなかった。幸いどちらも無事だったけど、もしかしたら、次が有るかもしれない。その後も侵入者騒ぎはあったと、食堂に来ていた魔族達の会話をジルが聞いていた。


次があった時、ボクは姫様を守れるのだろうか。いや、せめて努力はしたい。剣を打つには剣を知る必要が有ったから父さんは少しだけ剣の振り方を知っていた。父さんに習った事を思い出しながら少しだけ練習をした。


魔王の城での月日がゆっくりと流れていった。



------------------------------



「ヒョーリも人間の街に戻りたいの?」


姫様に呼ばれて部屋に行った時、そう聞かれてドキッとした。


ボクが知っている人間の街の話は底をつきて、王宮の図書館にあった本の物語を姫様に話して聞かせていた時の事だった。王妃様とヤワァ夫人に教えられていくつか読んでいた人間の物語を姫様はとても喜んで聞いていた。


今日の物語は、海で嵐に遭って誰も居ない無人島に流された男の話の続きだった。男は無人島で生きて行く努力をするかたわら恋人の居る人間の街に戻ることを切望し、今日は船を作って無人島を出る所で終わった。


「姫様やアンベワリィにとても良くしてもらっているから、今は帰りたいと思っていないよ。」


でも、姫様もアンベワリィも居ないと魔族の街で暮らしてはいけないと思う。食堂で顔見知りになった魔族も多くいるけれど、背が高くボクとは違う容姿の彼らの間に居るといたたまれなくなることもある。彼らが飲んで騒いでいる途中で眠くなってしまうので、申し訳なく退席するのも気が重い。


生活習慣の違いもあるけれど、せっかく皆が盛り上がっていたお祭りも、ボクが街に出ると騒ぎになったので途中で帰る事になってしまった。


「でも、最近は剣の練習をしているんでしょ?森を抜けるためじゃないの?」


「2度も目の前で刃物が振り回されたからね。用心のためだよ。」


姫様の前で魔族の街での生活の弱音を吐きたくない。その思いから少し語気が強くなったけど、姫様を守るために剣を練習しているとは言えなかった。剣の腕だって上がっているとは思えないしね。


「人間の街に恋人が待っていたりとかは?」


細くなった赤い目が好奇心に輝いているのは、きっとカーテンから漏れ入ってくる日差しのせいだけじゃない。さっきまで語っていた物語の主人公に重ね合わせているのかもしれない。


「いないよ。」


姫様の好奇心を込めた熱い瞳から逃げるように、目を逸らして答える。


「なんだ、つまらない。でも、帰る事は考えたことがあるでしょ?無人島と違って陸続きなんだから船を作らなくて良いじゃやない。」


「森を抜けられる自信が無いんだ。きっと魔獣に襲われちゃうよ。」


人間の村に出るまで魔王の森に居る魔獣から逃れながら何日も歩きとおさなきゃならない。姫様からもらった白い腕輪で魔獣も避けられるかもしれないけど、魔力を注ぎ続けなきゃならない腕輪は魔力が切れたらおしまいだ。どうにか節約しなきゃならない。


白い鍋もそうだったけど、魔族の方が持っている魔力が多くて姫様から貰った品物は人間が使うには辛い。


仮に魔王の森を抜ける事ができても、その先も村々を通って王都まで辿り着かなきゃならないんだ。来る時は馬車に乗せてもらったから早かったけど、帰りは歩くか誰かの馬車に乗せてもらわなきゃならない。


人間の村を通るためのお金が無い。食べる物に寝る所、運よく村が管理している森に入れる許可を貰えれば食べ繋いでいくこともできるかもしれないけど、自分たちが使う森をよそ者が荒らす事を嫌がることも多い。晴れていれば野宿もできるけど、雨をしのぐ場所は借りなきゃならない。


お金を稼ごうにも、小さな村では探し物の依頼なんてすぐに無くなってしまうよね。


「そのうちセナ達がカプリオの村の方に行く時にでも付いていければ良いな、と思った事はあったんだけどね。」


いつか、ジルと語り合ったけど、まだまだ魔王の森を抜けられる気がしないし、今は帰る気も乏しい。


ボクの言葉の終わりに黒い魔獣、カガラシイがバゥンと鳴いた。


「ああ、『片割れ』の追跡の時に出会ったんだっけね。」


姫様にはカガラシイの鳴き声の意味が解るらしい。魔王の持つ絶大な共感する力のおかげだとか。


あの時、セナ達は『片割れ』という魔族が死んで魔獣だけになった罪人、罪獣かな、を追ってカプリオの村の近くまで来ていたそうだ。つまり、突発的にカプリオの村の側まで行く事になっただけで、普段は何日も森を進まなきゃならない場所に行く必要も無い。


向こうには誰も居ない廃村と人間の世界があるだけで、定期的に見回りに行くようなことはしていないのだそうだ。


「そうなんだ。じゃあ余計に帰る事ができそうにないね。」


さほど落胆することも無く答えたけれど姫様が謝ってきて困った。王妃様やカナンナさんにコロアンちゃんの心配する顔が浮かぶけど、どうしようも無いなら仕方ない。曖昧に笑顔を返すしかない。


もう一度、カガラシィがバウバウと鳴く。


「カプリオが居なくなった後の廃村の様子が気になるから、そのうち誰かを派遣するそうよ。良かったわね。」


カガラシィは魔王の魔獣だ。その言葉はボクには理解できないけど、彼の言葉は魔王の言葉と言っても良いのだろう。


ボクは、もう一度、意味の違う曖昧な笑顔を姫様に返した。



------------------------------

次回:揺れる『カーテン』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ