侵入者
--侵入者--
あらすじ:侵入者があらわれた。
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「侵入者だ!」の叫び声と警笛の音にボクの言葉はさえぎられて姫様が慌てだす。
みんなで窓の側に駆け寄ると赤く染まった空に映える黒い城の屋根の上を数人、たぶん3人だろうか、の魔族の集団が走り、魔獣に乗ったセナが仲間を連れて追い立てている。魔族が魔王の城から逃げているのが遠くに見える。
姫様と黒い魔獣も食い入るように見ているけど、特に何かをしている様子はない。いや、魔王なら会った時のように言葉にしないで共感の力でセナ達に指示を飛ばすことができるのかもしれないけど。
「なんで魔族が魔族を追っているの?」
魔族と魔族が争うのって変じゃないのかな。ボクは思ったことを口にした。
「なんでって、お城に侵入してきたからじゃない?」
どうして当たり前のことを聞いてくるのか不思議に思っているかのような表情で姫様は答えた。
その顔を見てやっと人間の街でも悪い事をするのは人間で、捕まえるのも人間だったことに思い至った。アンベワリィやセナ達を見ていて何となく、人間とは違って魔族同士では争わないと思い込んでいた。みんな生きているんだ。中には悪さをする人が居てもおかしくないね。
人間の牢獄に魔族が入ったなんて聞いた事もない。魔族でも塩湖で働いていたのは同じ魔族だけだった。
いや、人間と魔族と出会う事なんて滅多にないし、もし人間が魔族を捕まえたとしても悠長に檻に入れておくなんて考えられない。魔族は恐ろしい者と人間の誰もが考えているんだ。檻に入れるなんて生易しい事では済まないだろう。
その考えに至った時、ゾワリとした感覚が背筋を通った。
「なんで、ボクは生きているのかなぁ。」
ぽつりと独りごちるボクに姫様はまた不思議なものを見るような顔をした。
「何かしたの?」
「いや、だって魔族に捕まったら殺されると思っていたから。」
魔族の街でボクを生かしておく必要も無い。湖の塩を採る労役でも役に立てなかったし街に出されても買い物すらできない。たまたま、セナがアンベワリィに引き渡してくれてたから、ここに居る。
「私達はそんなに野蛮じゃないわよ。でもそうね。ヒョーリ以外の人間を捕まえていたら、そのまま街の外に追い出しておしまいだったかもね。」
「なんで、ボクは追い出されなかったの?」
「愚者の剣を持っている人間に、お父様は興味を持ったのよ。」
たまたま預かった愚者の剣を持っていたから運悪く捕まったままなのか。いや、愚者の剣を持っていなかったら魔族の街から追い出されて、ボクなんか魔王の森でとっくの昔に魔獣のご飯になっていたよね。
表情の変わらない黒い魔獣はずっと窓の外の出来事を見つめ続けていた。
かっきーん!と槍と剣を交えた音が響く。槍を持ったセナ達の足が止まったすきに侵入者は屋根へと登って合流した魔獣に乗りこんで、次々と槍を振り回し始めた。侵入者の剣だけが赤い夕陽の光を弾いてきらめく。
セナ達の戦いは激しくなったけど、見えてるほかに侵入者の姿は無い。城のあちこちからセナ達を助けようと人が集まって来る。
「なんで、あの人たちはお城に侵入したんだろうね?」
魔族同士が争う事は解ったけれど、だからと言ってお城に侵入することも無いよね。見つかれば兵士がたくさん集まって多数に無勢で逃げ切れるとは思えない。小金が欲しかったら城になんて入って来ないで、街で盗みを犯した方がよっぽど安全だ。
「さぁ。確実な事は彼らに聞いてみないと解らないけど、鉄の武器を使っているんだからヤンコの人たちね。」
ヤンコの人たちとは、魔王を頂点としていた魔族の王国から反旗をひるがえした人たちだそうだ。今も交戦状態にある。
鉱山の近くに街を作っていて武器を作ることに長けているのだそうだけど、魔王の軍勢は骨を溶かした武器を作ってしまった。鉄を使った武器を使わなくなってしまったんだ。
塩湖に近い場所では錆びなく手入れの簡単な骨の武器の方が使いやすかった。昔は鉄の武器の輸出で発言力を持っていたヤンコの人たちも、武器が売れなくなるにつれて次第に力を弱めた。
だけど彼らは武器を作る事以外の事ができなくて、ついに魔王に対して反乱を起こし始めたのだそうだ。
塩湖で労役をしていたのも全員が魔族だった。塩湖で働くのは捕まえた敵や罪人だと言っていた。魔族同士で争っているんだ。人間が人間同士で争うように、魔族も魔族同士で争っている。塩湖どころか魔王の城でも街でも人間なんて見なかった。
「それじゃ、しばらく人間の国に攻め込まなくて済むね。」
「え?元から人間の国なんて攻めてないわよ。なんでそんな話になっているのよ?」
姫様の赤い目が心外だと言わんばかりに細められる。
「魔王の森を広げて魔獣を使って人間の国に攻め込もうとしているんじゃないの?」
だから、アンクス様は勇者として戦っているんじゃなかったのかな。パレードをして町や村の人たちから人気を集めて力をつけている。それはいずれ魔獣を蹴散らし魔王を倒すためだとずっと思っていた。
「はぁ?なんでそんな遠い所まで行かなきゃならないのよ。森を越えるのだって大変なのよ。」
セナ達は魔獣に乗って走っていた。人間よりは早いけどそれでも、何日も森を進まなきゃならない。確かに、ざわざわそんな遠くまで足を運ばなくても、森におおわれた土地がたくさんある。飢饉でも無ければ、森を崩して畑を作った方がよっぽど確実だろう。
「魔王の森がどんどん広がって人間の村に魔獣が出てくるんだ。魔王が指示しているんじゃないの?」
「お父様には、魔獣を操る力は無いわ。もちろん森もね。」
「そうなの?」
それだと、人間の間で伝わっている話がおかしくなる。いや、そもそもどうして森が広がっているのが魔族の仕業だという事になっているんだろうか。魔族と会話しただなんて話なんて聞かないし。そうだ、勇者グリコマ様が魔王を倒した時に森の広がりが止まったからだっけ。
なんで人間には魔王が攻めて来るって伝わっているのだろう?
「そうよ!共感する事は出来るけど、操るなんてできないわ。そんな事より、今は反乱する人たちをどうにかしなきゃね。」
剣のぶつかり合う音が止んだので再び目をやると、侵入者はセナ達に敵わないと知ったのか逃走を始めていた。魔獣に乗って屋根の上をぴょんぴょんと走り回る侵入者の後を、セナが応援に駆け付けた魔族達といっしょに一団となって追いかけていく。
「ヤンコの人たちだけでは勝ち目が無いハズなのよ。物騒になって来たわね。」
「争いが大きくなるの?」
「先日の暗殺者や今日の侵入者の他にも変わった動きがあるの。もっと大きくなってもおかしくないわ。」
遠く屋根の上で繰り広げられた逃走劇は、背中を見せた侵入者を捕まえたセナ達の勝利で終わった。
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