肖像画
--肖像画--
あらすじ:女湯だった。
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「さぁ、ここが私の部屋よ。」
3人の魔族の女の人が騒ぐ間をぬって女湯からアンベワリィと逃げ出した。開けられた扉にデェジネェが我先にとボクの足元をすり抜けて部屋に入っていって中央に置いてある椅子に座るとナォンと鳴いた。まるで「どうだ!」と言わんばかりの態度だった。
ランプが灯されたアンベワリィの部屋は王宮で使っていたボクの部屋より広く、中央には花柄のテーブルクロスの敷かれたテーブルと4客の椅子があって、暖炉の周りには料理人らしく様々な鍋が掛かっていて、戸棚には様々なお皿が飾られている。
奥に続く扉は寝室へと続くのだろうか。窓にも花をあしらったレースのカーテンが掛けられていて、まるで女の子の部屋のようだ。
いや、女の人。なんだけどさ。
「すごいねぇ。まるで女の子の部屋みたいだ。」
ボクの背中を押して部屋に入ってきたカプリオは素直な感想を述べる事にしたようだ。結果はアンベワリィのゲンコツが空振りしたのだけど。
「風呂にも入れない人形に解ってたまるもんかい!私はいつまでも乙女なんだよ!」
アンベワリィは空回りした拳を開いて鍋の横に吊るされていたオタマを取った。このままではこの部屋で大乱闘が起きてしまう。
「ごめんね。アンベワリィ。とても素敵な部屋だと思うよ。」
だから部屋の中で暴れないでね。と言う意味を込めたのに気が付いたのか、アンベワリィはボクの頭をポンと撫でると。オタマを壁のヘラの隣に戻した。
「まぁ、とりあえず、座ってな。少し遅くなったけど、夕食にしよう。」
アンベワリィはカゴからお皿を取り出してテーブルに並べていく。昨日の夜も今日のお昼にも出てきたマッシュポテトとお肉のようだったので、少しげんなりとした。
「同じ物ばかりで悪いね。でも、人間の味覚を確認しておきたくってさ。」
アンベワリィはお肉を小さく切り分けて小皿に移すとピンクの石と一緒にボクの前に置いた。
「コレは何?」
ピンク色をした岩は握りこぶし三つ分くらいと大き目で、透き通った岩肌には削ったような跡がある。
「塩さ。見た事ないのかい?」
呆れたようにアンベワリィが言うので、ボクは小皿を借りて塩の魔法をかける。白く透明な砂粒のような塩がキラキラとランプの灯りを反射して落ちていく。
「ボクが見る塩はこんな感じかな。」
沢山の塩を使う料理屋では塩を買う事もあるのだけど、自分の魔力で補える程度の少量なら塩を買う人は少ない。売っているのも白い砂のような塩で、海と呼ばれる大きな塩水の池から魔道具で取り出していると言う。
「そうなのかい。私達の間では塩湖から採れるこのピンクの岩塩が主流でね。山の力が籠っていて魔法の塩とは少し味が違うんだ。」
試してみな。と言われてピンクの岩塩をナイフで削った物を少し舐めさせてもらうけど、あまり違いは分からなかった。強いて言えばすこし塩辛さが薄れているようには思えるんだけど。
「分からないや。ごめんね。」
「なに、ウチの旦那も解らなかったさ。」
「旦那さんが居るんだ?」
「昔は居たのさ。今は独りだから気にしなくて良いわよ。」
アンベワリィの優しい瞳を追うと肖像画に描かれた2人の魔族の姿があった。手前に居るのはアンベワリィだろう。今よりも細くスラッとしているけど。肩に手を置くたくましい男の肌には無数の傷跡が残っていて、左目が潰れている。英雄譚の主人公のようだ。
幸せそうな絵だ。
今の人間は怪我をすれば治癒の魔法を使うから傷跡が残ることはあまりない。だから傷跡が残るほどの戦いに参加していたとしてもどれほどのものか分からないけど、でも、古の英雄のように強かったんだろう。
似合いの2人は揃いの指輪をはめて微笑んでいる。
「素敵な絵だね。魔族も夫婦でペアの指輪をはめる習慣があるの?」
魔族は服装を人間に真似たと言っていたから、指輪にも人間と同じような風習があるのかもしれない。
「ああ、結婚する時に旦那にもらうんだ。あいにくと、私の分はどこかやっちまってね。料理の時に外したままどこかに落としたのだろうさ。」
アンベワリィは何もはめてない指を寂しそうに広げるから、ボクはジルに頼んだ。
『失せ物問い』の妖精が囁く。
「お城のいちばん西の通路の右奥、窓の外の木の下にあるよ。ちょっと土に埋もれているみたいだね。」
ボクが言い終わるより先にデェジネェがにゃん!と鳴いて窓から飛び降りた。
「どうして分かるんだ?」
アンベワリィはデェジネェを振り返らずにボクに問い詰めてくる。顔が近い。
「いや、飛び降りたんだけど!?」
デェジネェが窓から飛び降りたんだけど。ここは1階じゃ無いのに心配じゃないのかな
「大丈夫だ。いつもの事だし怪我もしてない。今は西の通路に向かっている。」
アンベワリィが顔を近づけたままボクを問い詰めるので、『失せ物問い』の事と詳しい指輪のある場所を話した。そこで初めて魔族は『ギフト』を貰っていないと知った。魔族には『ギフト』を貰う風習が無く、人間だけが神様から力を貰っている。
「『ギフト』ねぇ。そんな便利なモンがこの世にはあるんだ。」
浄化の魔法も治癒の魔法も『ギフト』も貰えないなんて魔族は神様に嫌われているのかなと聞くと、魔法に頼らなくて済む優れた体と頼りになる魔獣が貰えないなんて、人間こそ神様に嫌われているんじゃないか、とアンベワリィは笑った。
肖像画に描かれた旦那さんの傷の跡を思い出して、ボクには笑えなかった。
「それじゃぁ、この肉に塩をかけて見てくれ。焼いただけで味は付いていない。オマエがいつも食べるくらいの塩をかけてみな。」
肉に向けて塩の魔法をかけると味を確認して渡す。アンベワリィは口に入れると、ほとんど味がしないねぇと顔をしかめて呟きながら、フライパンの上に乗せた肉にスパイスを振り、いくつかの魔法を手際よくかけた。
最後にお酒を少したらして強い火の魔法を使うと天井まで一瞬で燃え上がった。
「さぁ、食べてみてくれ。」
アンベワリィは料理を乗せたお皿と一緒にボクの手に合わせたカトラリーを渡してくれた。わざわざ職人に作ってもらったのだそうだ。
2人分の料理を別々の味付けで料理したとは思えない手際の良さでテーブルに並べると、アンベワリィはボクに食べるように促した。わざわざボクの塩味を確認してまで作ってくれたんだ。美味しいに決まっている。
肉の上にマッシュポテトを乗せると肉汁がすうっと染みていく。その上に酸味のある葉を乗せてフォークで刺すと口に入れる。香辛料の薬のような嫌な臭いは消えて、塩味も整えられている。
「美味しい。」
その言葉は自然に出た。
アンベワリィはニヤリと笑うと、ボクと彼女のコップになみなみと酒を注いだ。
その指には肖像画の指輪が光っていた。
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次回:不夜城の『寝室』




