湯舟
--湯舟--
あらすじ:アンベワリィがヤる気になった。
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アンベワリィがボクの手を引いて連れて行った先には小さな太った魔獣が居た。ボクでも抱けるサイズの魔獣は頭の上にカゴを乗せていてナォンと鳴くとアンベワリィの後ろをトコトコと着いて来た。
名前をデェジネェといって、アンベワリィの相棒の魔獣だ。四つ足の魔獣で縞々の長い毛並みとふさふさの長い尻尾を持っていてしなやかに歩く。
デェジネェを伴っていくつかの角を曲がって降りていくと、二つの入り口が有った。ひとつは青い、もうひとつは赤い布が掛けられていて、割れた布の隙間から湿度の高い空気が漏れてきている。アンベワリィは赤い布が掛けられた入り口に入っていく。ボクの腕を力強くつかんだまま。
中には背の丈サイズで小さく四角く区切られた棚が並んでいた。
「さぁ、脱ぎな。」
アンベワリィは何事も無いかの様に言うと、自分もスカートをほどいて青いシャツを脱いでいく。ふくよかな体には胸とお腹とたっぷりと肉が乗っていて、人間には無い場所に毛が生えている。
慌てて目を逸らしたんだけど、見えてしまったのはしょうがない。目を逸らした先に鏡が有って見えてしまったんだ。ホントだよ。
「さっさと脱ぐ!」
手で顔を覆って隠そうとする前に、アンベワリィの大きな手がボクをつかんだ。両手をまとめて上にあげて左手でつかむと、果物の皮を剥くようにつるんと服を剥かれる。
「ッ!」
ベルトの金具を太い指先で器用に外すと、ズボンが下ろされる。
「ほら。」
アンベワリィはボクの服を毟り取ると、ナォンと鳴いたデェジネェの頭の上のカゴからタオルを1枚渡してきたので、慌てて体を隠す。
生まれた時から着替えをすることが少ないボクにとって、裸になる事なんて滅多にないし、見られた事が有るのは母さんだけだ。それも、着替えのできないような小さな頃に。
誰かに無防備な肌を晒すなんてしたことが無い。
「ほんっとに、姫様みたいな真っ白い体だねぇ。」
ピンクの下着姿のアンベワリィは大きな目をボクの体に近づけてうっとりとしたように観る。低い鼻がヒクヒク動いているのは匂いを嗅いでいるのかもしれない。アンベワリィの大きな目が下弦の月の様に細められる。
真っ白いと言われても、これでもボクは日に焼けている方だと思う。占いをしていた裏路地は日が当たらない所だったけど、流しで呼び込みをやっている時は大通りを歩いていたからね。王女様や王妃様、貴族の女の子なんてもっと白かった。もちろん、侍女のカナンナさんも貴族だから白かった。
だから、アンベワリィは彼女の体と比較しているのだと思う。彼女の体は浅黒い肌に赤黒い毛が生えているからね。
どちらにしても、女の子と比較して欲しくない。姫様なんて屈辱だ。
アンベワリィは自分も下着を手早く脱ぎ去ると、デェジネェの頭からカゴを受け取って、ボクの服に鼻を寄せてからまとめて四角い棚の中に入れた。
見るのも見られるのも初めての事で恥ずかしい。匂いも。
アンベワリィはそう思わないのだろうか。
部屋の隅で小さくなっていたボクにアンベワリィは緩やかな体が揺れながら近づいてくるのが指の隙間から見える。セナ達のような筋肉質な体ではなく、人間から見ても女性らしい体つきをしていていると思う。いや、セナが相手だったとしても見られたくは無いんだけど。
男同士で体を見せあうってどういう状況なんだろう。
「うわぁ。」
手を引っ張られてガラスの扉を抜けると、白く湯気が立ち込める部屋に連れて行かれた。釉薬をかけて焼いた四角い陶板がぎっしりと敷き詰められていて、その先にはお湯を湛えた広く四角い泉があった。
こんなに大量のお湯を見た事が無い。滾々とお湯が沸き出て池を並々に満たし、モクモクと湯気が立ち込めて熱気が溢れている。
「どうだい。すごいだろう。」
アンベワリィが胸をそらすと豊かな胸がプルンと揺れる。ボクはたまらずアンベワリィの手を振り払ってお湯に逃げ込むことにした。だって、お風呂ってお湯に浸かる事でしょう?お湯に浸かれば体を隠せる。
「ああ、待ちなって!」
一度は振り払う事に成功したけど、すぐに捕まった。
「走るんじゃないよ。床が濡れていて滑りやすいんだ。それに、体を洗うのが先だわよ。」
アンベワリィはボクを連れて部屋の端にある背の高い洗濯桶くらいの小さな泉の前に連れていくと、並んだ小さな椅子のひとつに座らせた。手桶を持ってザバァとボクの頭からお湯を掛ける。突然だったからいくらかお湯を飲んでしまった。しょっぱい。
「あら、ごめんね。」
あんまり悪そうに思っていない様子でアンベワリィは次のお湯をすくって今度はボクの下半身にお湯をかける。
その次は…
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その後の事はあんまり思い出したくない。石鹸を泡立てたタオルで体のあちこちをゴシゴシ洗われた。頭を洗っている時は塩の混ざったお湯やせっけんが目に染みるし、立てと言われて立ち上がると片足を高く持ち上げられてまじまじと股間を観察された。
ペットの性別でも確認しているかのような感覚なのだろう。だけど、アンベワリィの眼は上限の月のように輝いていた。突いたり引っ張たりと執拗にイジるのは止めて欲しかった。
最後に体にまとわり着いた泡をたっぷりのお湯で流してもらって、やっと解放された。
「さぁ、初めての風呂を堪能してきな。走るんじゃないよ!」
お尻を叩いてボクを開放したアンベワリィは順番待ちをしていたデェジネェの体を洗い始めた。ボクを洗う時も手際が良かったから彼女は魔獣のデェジネェの事を毎日丁寧に洗ってあげているのかもしれない。
魔族は相棒となる魔獣の世話をするとカプリオは言っていた。デェジネェはくすぐったそうに体をよじらせては鳴いている。
さっさと体を隠したくて泉に近づいたのだけど入る直前で尻込みをしてしまった。このお湯に入っても大丈夫なのだろうか。魔族は平気でも、ボクが入った瞬間に茹で上がってしまうんじゃないのだろうか。指の先を泉に入れると、熱いお湯が指先を濡らしてじんじんとする。
「タオルはお湯に入れるんじゃないよ。」
仕方なく体を隠すタオルを泉の端に置くと自分の無防備な体が目に入り、やっぱり早く体を隠したくて、足を恐る恐る揺れるお湯に近づける。
つん。とつま先がお湯に当たると、思い切ってどぶん。と足をお湯に入れる。勢い付いたままにざぶん。体まで浸けこんだ。
「あっつい!」
体が焼けるように熱かった。慌ててお湯から抜け出して手をついて肩で息をする。いや、無理でしょ。
再びタオルで体を隠して何度もお湯に手を入れると、慣れて来たのか少しずつ指先がじんじんとすることは無くなった。代わりに指先が真っ赤になる。体を隠すためにお湯には入りたいけど、入れそうにない。
「ダメかい?」
デェジネェと自身の体を洗い終えたアンベワリィが、いつの間にかボクの背後に立っていた。長い間、ボクは泉の前に座り込んでいたらしい。
「熱くて…。」
色が変わった指の先を見せる。
「外の湯に行ってみようか。アッチの方が内湯よりも温いからね。」
アンベワリィは湯気で見えなかった大きな窓の外を指さした。
指先には夕陽に染まった魔王の森が遠く見えた。
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次回:ヒョーリと『外湯』




