お風呂
--お風呂--
あらすじ:カプリオを殴り損ねた。
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種族的に料理の違いがあると知って、アンベワリィは料理の乗っていたお皿を引き取って厨房に戻って行った。決してアンベワリィの料理の腕が悪い訳じゃない。人間と魔族では必要な塩の量が違ったんだ。
その事が解っただけでも助かった。せっかく腕によりをかけてもらっても食べられないのは寂しいし、何よりご飯を食べるたびに水の飲みすぎでお腹をタプタプさせなくて済む。
カプリオがもっと早く教えてくれれば良かったのだけどね。
陽が傾き始める前まで薪を割っていると、焚き木の山が5つできた。低い体勢で薪を割り続けるのは大変で腰も体も痛くなり、休憩して体を伸ばしながら治癒の魔法をかけた。
家で薪を割っていた時にはこんなに根を詰めて薪を割った事は無いよ。
「ヒョーリ!今日は終わりだ。片付けな。」
アンベワリィが出てきて声をかける。できれば薪を割っている時に出てきて欲しかった。ボクがサボっていたように見えたらどうしよう。
「は、はヒ!できた薪はどうしたらいいですか?」
脇に退けているけど、そろそろ薪割りの邪魔になってくる。
「そうだね。明日で良いから小屋の中に入れといておくれ。」
アンベワリィは出来た薪の山を一瞥すると、ボクの寝泊まりしている薪小屋に入れるようにと指示をくれた。
愚者の剣を鞘に納めて、ホウキを小屋から取り出すと薪を割る時に出た細かく千切れた木くずを片付けていく。なぜか、アンベワリィは厨房に戻らずに残っている。昨日の仕事終わりには食事を持ってきただけで忙しそうに帰って行ったのに。
陽はまだ傾き始めたばかりだから昨日より仕事終わりの時間もかなり早い。アンベワリィが忙しくなる食堂が混雑する夕食の時間にも早いとは思うけど、見られていると落ち着かない。
アンベワリィはボクが掃除する動きを見ながら薪の山も見ている。何本か取り出しては出来具合を見ているから更に落ち着かない。元々割ってあった薪と同じくらいにしているんだけど、細くても太くても燃えるよね。火力は変わるけど。
横目でチラチラ見ながら木くずをチリトリに集めて、一緒に混じってしまった小さな土を土の魔法で取り除く。
「あ、あの…。」
チリトリを持ってボクはアンベワリィに声をかける。チリトリの中身をどうしたらいいかを聞きたかったんだ。だけど、アンベワリィは真面目な顔をしたまま黙っていて答えてくれない。
いや、ちゃんと聞けば良いんだ。アンベワリィは優しいと気が付いたばかりじゃ無いか。
「ゴミはどこに捨てたらいいのでしょう?」
アンベワリィの大きく黒い瞳が細くなり、牙の生えた口がひときわ大きく顔を占領する。かなり怖いけど、きっと微笑んでいるんだと思う。コワイ。
「そこの木箱に入れときな。」
アンベワリィを見ないようにして指さされた木箱に木くずを捨てると、最後に鞘に納めた愚者の剣を手に持った。
「あ、あの、片付け終わりました。」
後は、ボクが愚者の剣と一緒に薪小屋に戻れば終わる。
「それも、置いてきな。」
アンベワリィに促されて、愚者の剣を薪小屋の中二階に置いて来ようとすると、アンベワリィの大きな体が薪小屋の小さな扉をくぐって中に入ってきた。雨風をなるべく入れないようにしたい小屋だからギリギリのサイズなんだ。アンベワリィは感心したように中を見る。
「一晩で見違えるようにキレイになったね。」
正確には、寝る前と午前中とかなり長い間を掃除していたけど、アンベワリィにとっては一晩なのかもしれない。指で拭って埃が無い事を確認して目を細めるアンベワリィ。次には中二階に作ったワラと毛皮のベッドにも感心している。
「あ、えと、掃除しました。」
他に言いようが思いつかないのだからしょうがない。間が開いて沈黙が流れるのがイヤだった。アンベワリィの大きくて4本しかない手のひらがボクの頭を優しく撫でた。びっくりして目を瞑る。
「それじゃぁ、行くよ。」
今度はボクの手を取って薪小屋の外に力強く連れ出された。
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アンベワリィに連れ出されて、ボクは魔王の城の色々な場所に案内された。厨房に洗濯場、食料の入っている倉庫に道具が入っている倉庫。要するに、これから生活するにあたって必要な場所を案内してくれたんだ。
必要な時にはお使いを頼むかもしれないからと、ボクとカプリオ、彼女は知らないだろうけど、ジルを連れて、いくつかの魔族が働く場所も教えてくれた。何度も魔獣を連れた魔族とすれ違ってて生きた心地がしない。この中をお使いになんて行きたくないよ。
「ここが私達の住んでいる区画だ。」
魔王の城の隅の方にアンベワリィ達の住む区画が用意されていた。人間の王宮では使用人のために建物が用意されていたけど、黒い城ではすべてが中に納まっていた。
「あ、アンベワリィの部屋はどこですか?」
今朝の様に、誰も居なくてどうしたら良いか困る時にアンベワリィの居る場所を知りたくて聞いたんだ。アンベワリィは大きな目を更に大きくして驚いていて、そのままボクを覗き込んできた。牙がヌメヌメと光っていてコワイ。
「アタシを襲おうって言うのかい?」
大きな瞳が細められて、口はこれほど裂けるのかと思うくらい長くなっていた。耳まで届きそうな口はボクの顔の横幅よりも大きくなっている。
「あ、い、いえ、あの、今朝、誰も居なくて、あの、どうした、どうしたら、いいのか、困ったンで、あの、知って、いたら、聞きに来れたかな。と思って。あの。」
襲うと言う言葉に真っ赤になって、しどろもどろになりながらやっとの事、言葉にする。アンベワリィは女のヒトかもしれないケド、ボクがどうこうするなんて事は考えてもみなかったんだ。いや、襲ったら絶対、返り討ちに遭うよね。死ぬよね。オタマで。
必死になって理由を探すと、アンベワリィはケラケラと笑い出した。廊下に響く大きな声でかなり長い時間を笑っていた。
「ハハッ。ごめんよ。まぁ、部屋は後にしよう。今晩はアンタと話をしようと思って休みを取ってきたんだ。先に風呂に入ってしまおう。汗をかいただろう?」
ひとしきり笑って涙をぬぐうと、ボクの頭に手を置いてアンベワリィは言った。
「風呂?」
聞き慣れない言葉にボクは同じ言葉を返す。
「なんだい?人間は風呂に入らないのかい?大きな桶にお湯を貯めて浸かるんだ。」
ボクの知っている大きな桶と言うと、洗濯メイドのチョッカが使っていた洗い桶が一番大きい。なるほど、あれなら腰くらいまでは浸かれそうだ。
「人間は風呂を知らないみたいだね。人形!」
アンベワリィが振り返って答えを催促するようにカプリオに声をかける。
「人間は浄化の魔法で全て済ませちゃうからね。お風呂なんて入らない。それどころか着替えもしないヒトも多いよ。」
ボクも王宮に上がるようになるまでは着替えをしなかった。古い服がボロボロになって新しい服に着替える時以外は脱がずに浄化の魔法をかける。服を二着も三着も持つ手間も無いから楽だよね。チョッカに注意されなければボクは王宮でもずっと同じ服を着ていただろう。
カプリオの言葉を聞いて、アンベワリィは呆れたような顔になった。
「なるほど、アンタの初めてのお風呂ってワケか。なるほど、なるほど。仕方ないね。それじゃぁアタシが風呂ってものを堪能させてやろうじゃぁないか!」
アンベワリィは大いなる決意を固めたかのように大きな体を震わせ拳を強く握った。カプリオののっぺりした顔も何かを企んでいるようにしか見えない。
嫌な予感しかしない。
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次回:ヒョーリと『湯舟』




