薪割り台
第4章 魔王の城で死にたくなかったんだ。
--薪割り台--
あらすじ:勇者の剣の勇者グリコマのおとぎ話
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2個の果物とゆで卵を食べ終えて、愚者の剣で薪割りをしながらジルのおとぎ話を聞いていた。見た事も無い果実は甘酸っぱく、茹でた卵とも合って美味しかった。
話しの途切れに鈍色に薄汚れた愚者の剣を太陽にかざして見上げる。勇者の剣の勇者、グルコマ様の話では最後に人間が勝つけれど、他にも色々な話がある。魔族に滅ぼされただけで終わった村の話も。
魔族が魔獣に乗って1日で4つの村を走り抜けたとか、魔族の魔法で天から炎が降ってきた話。闇の中からいきなり現れた話や、暴走する魔獣の群れに混ざって同じ速さで暴れたり、大声だけで建物を崩した話もある。魔王は魔族に命じて人間の土地を蝕み、森を広げて魔獣に人間を食べに行かせている。
どれもこれも、信じられないような話で、大きくなってからは子供を怖がらせるための作り話じゃないかと疑っていたくらいだ。大人たちは、あの手この手で子供たちを驚かすのを楽しんでいるかのようにも思える。
でも、魔獣が出る魔王の森は人間の住む土地を浸食し、国はどんどん小さくなっている。それだけは間違いない。だから勇者様に力を持たせて魔獣の退治をお願いしているんだ。そして、できれば魔王を倒して森の浸食を止めたいと。
(まぁ、子供を怖がらせるための作り話だって紛れているとは思うけどな。)
子供を怖がらせて森に迷い込まないように、危険な夜に出歩かせないように躾るための嘘も混ざっているさと、ジルは言う。永い事生きている彼は何度か物語が変わっているのに気が付いたことが有るそうだ。
街の人たちには字が読める人が少ないから、おとぎ話はお母さんに布団の中で聞いたり、村に来る旅芸人の踊りなんかで伝えられている。芸人なんかは面白くするために大げさに盛り上げたりもするだろう。
(でも、おとぎ話が本当だったら?)
魔族はアンクス様の勇者の剣で教会が吹き飛んでも生きていたんだ。全部が本当だとは思わないけど真実が混ざっていてもおかしくない。
(本当でも嘘でも状況は変わらねぇさ。ヒョーリが魔族のデコピン一発で吹き飛ばされるか、拳で吹き飛ばされるかの違いくらいしかねぇんじゃないか。)
確かにどちらも似たような状況だ。実際に魔族のセナでさえアンベワリィのオタマで吹き飛んでいるんだ。思い出して身震いをする。
(オタマは痛そうだったね…。セナはどうなったのかな?)
あの後から薪割りをしているのでセナがどうなったのか知らないけど、ジルなら扉の向こうに聞き耳を立てていただろう。
(ピンピンしてたぜ。ヒョーリに薪割りの仕事を指示して戻ったアンベワリィにもう一度吹き飛ばされた後に、引き取ってくれた礼を言って元気に帰って行ったぞ。)
絶句する。ボクなら一発食らっただけでも骨が折れて重症になりそうなのに、セナなら、魔族なら平気なんだ…。人間で言えば軽く肩を小突くくらいの気安さで吹き飛ばされている気がする。
(まぁ、魔族の話が本当かどうかはカプリオに聞けば良いんじゃねぇか。アイツは魔族と暮らしていたみたいだし、良く知っているさ。)
薪割りの手を止めて、後ろで寝そべっていたカプリオを振り返ると、のっぺりとした顔がキョトンとしたように見える。
(ヒトに寄るかなぁ~。人間だって剣が得意な人と、料理が得意な人が居るでしょ?ボクが知っているヒトには居なかったけどなぁ。)
人間の方が無茶苦茶で、出鱈目だとカプリオは続けた。『ギフト』によってはアンクス様のように千の刃が出せる。その方がオカシイと言う。ああ、そう考えれば魔族よりアンクス様の方が怖いかも知れない。
そう考えてクスリと笑うと、食堂に続くドアが開いた。
ガチャリ。
アンベワリィが手に皿を持って近づいてくる。
一瞬で空気が凍り付く。悪さを見られた時の子供のように。森で不意に魔獣に出くわした時のように
まだ、ご飯の時間には早いハズだ。魔族だっていつも同じ時間に食事をするハズだ。少なくとも魔族のセナは似たような時間になると眠れる広場を探していた。人間と同じように。
まだ日が高い。
緊張しながら薪を割っていた手を止めて、愚者の剣を横に置くフリをしてアンベワリィから視線をずらす。
「ちょっと良いかい?」
アンベワリィが声を発すると、ボクの体がビクリと飛び上がる。
「怖がらなくても良いんだよ。ちょいと味を見て欲しいんだ。」
そう言うとアンベワリィは手に持った皿をボクの前の薪割り台に置いて、自分は適当な原木を地面に敷いてドスンと、ふくよかな体を座らせた。薪になる前の原木でも大きいお尻は窮屈そうで、太い尻尾がだらんと垂れる。
お皿には、昨日と同じメニューが載っている。
量は味見だけなのか数口と少なくなっていたけれど、薄暗かった昨日には見えなかった色がはっきりとしている。マッシュポテトは薄い黄色に、味の無い豆は濃い赤紫色で、酸っぱかった葉は薄く赤みがかった緑。それに焼かれて黒い香草まみれのお肉。
マッシュポテトにかかっていた辛くて悶絶した黄色いソースはかかっていないようだった。
ゴクリと喉を鳴らす。
アンベワリィが腰を下ろして味見と言うのだから、目の前で食べろと言う事なんだろう。昨日食べた時には塩辛くて美味しくなかったんだ。果たして彼女の前で美味しそうな顔をして食べる事ができるのだろうか。
今朝の彼女はボクのお皿を見て不機嫌になっていた。お皿をキレイにして返したのに、不機嫌になる理由が分からない。今の機嫌はどうなんだろう?そっと彼女の手元を覗き見る。良かった。オタマは無い。
覚悟を決して、ボクは浄化の魔法をかける。いつも通り魔法陣が浮き上がり、薄く青白い光にボクと料理が包まれる。
「ちょっと待って!」
アンベワリィが突然、大きな声を出すからボクは再び体を硬直させてしまった。
「今の魔法は何?」
何と言われても、説明できない。
「じょ、浄化の魔法ですけど…。」
食事の前に浄化の魔法をかけるのは当たり前だ。病気や毒に困っていた人間を見かねた女神様が聖女様を通して教えてくれた浄化の魔法は食中毒も寄生虫も防げる。それに、薪割りでかいた汗も飛ばせて、口の中もスッキリして味がはっきりする。
料理を出す人も食べる人も魔法をかければ、食事を安心して出せるし美味しく食事を摂ることができるエチケットだ。『いただきます』のお礼と同じように絶対にする。小さい頃からこの習慣は欠かしたことが無いよ。忘れそうになると母さんに怒られるしね。
「浄化の魔法?」
聞き返されても、困る。当たり前の魔法でいつも何気なく使うんだ。朝起きて浄化の魔法、ご飯の前と後に浄化の魔法。体が汚れたら浄化の魔法。寝る前にも浄化の魔法を使う。それは誰だって同じだ。
たぶん、『不自由な大鷲亭』でコロアンちゃんを保護してくれた怖い顔のバーツさんでも同じように浄化の魔法を使っているんじゃないかな。あの人はゴロツキのように見えて、根は優しかったからボク以上に浄化の魔法をかけていたかもしれないケド。
でも、浄化の魔法を説明するために長い言葉を紡ごうとすると、口が回らない。頭に浮かぶ文章はなぜかバーツさんの所でぐるぐる回っているんだ。
「浄化の魔法はねぇ~人間のために女神様が作った魔法なんだよぉ~。」
「な、アンタの魔獣は喋れるのかい!?」
後ろで寝そべっていたカプリオが声を出すとアンベワリィの尻尾がピクリと動いて地面に打ち付けられた。太い尻尾が地面をドスンと揺らしたのだけど、カプリオは平然としたままで言葉を繋げる。ボクは気が気じゃない。尻尾がドスドス言うたびに地面がえぐれていく。
何気なく振られている、あの尻尾に当たっただけで吹き飛ばされそうだ。
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次回:アンベワリィの『皿』。




