薪小屋
第4章 魔王の城で死にたくなかったんだ。
--薪小屋--
あらすじ:魔族のご飯は塩辛い。
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目覚めるとカプリオのモコモコの毛に頭を突っ込んでいた。セナに連れられていた頃から馴染みになっているので、なんとなく安心できる。あの時は一日中、背中に縛られていたけど、彼は揺らさないように走ってくれていた。
ジルとカプリオに挨拶をしながら顔を洗って身支度をすると、薪の積まれた小屋を出た。太陽はすでに昇っている。
「寝過ごしたかな…。」
思わず口から零れてしまう。昨晩はなかなか寝付けなくて夜遅くまで起きていた。寝坊しないように気を付けてはいたんだけど、疲れも合わさって深く寝入ってしまったみたいだ。アンベワリィに怒られるかもしれない。
(まだ誰も来てねぇぜ。)
ジルの言葉に意識して耳を澄ませてみても、食堂の方からは物音ひとつしてこなかった。なんで気が付かなかったんだろう。ジルは『小さな内緒話』で音を聞いて判断している。本当に誰も居ないのか確認するために食堂へと続くドアの取っ手を捻って見たのだけど、鍵がかかっているのか開かなかった。
(本当に誰も来てないの?)
人間の王宮なら、すでに朝食の準備を終わらせている時間だ。ヌクイさんなら『完璧な鉄鍋』でお昼ご飯のための下ごしらえを始めているだろうし、パンが焼き上がる香りが漂っているハズだ。朝食を済ませて自分の仕事にとりかかっている人もいるだろう。
魔族の黒い城の小さな庭に風が吹いてボクの背中がゾクりとする。人気が無い広い場所に居ると妙に背中がゾクゾクする。薪を割るための小さな広場には原木が積まれていて、井戸がある。せっかく割った薪が湿気らないように風が良く通った。
(ああ、昨日の夜も遅くまで騒いでいたし、魔族ってのは朝が苦手なのかも知れねぇな。)
ジルとカプリオがボクを起こさなかった理由が分かった。夜を通して起きているジルなら、魔族が来たことを『小さな内緒話』で察知して起こしてくれるよね。良く寝ていたボクを気遣って休ませてくれていたんだ。
(どうしよう。)
(なにがだ?)
(何したらいいと思う?やっぱり、薪割りの続きをした方が良いのかな?)
誰も来ていないけど、昨日言いつけられた仕事の続きをしていたら良いのかな。でも、仕事の時間が始まっていないと考えて、ボクが自由に使っていい時間なら、少しやりたいことがある。
(良いんじゃないか、テキトーで。薪割りのノルマだって言われてねぇんだしよ。)
ジルの言葉には呆た感じがある。ノルマを言われてないから、昨日はできるだけ多く割ることにした。少ないって怒られるのが嫌だったから。でも、晩御飯を持ってきたアンベワリィは忙しそうで、ボクが割った薪の山を見る事も無かった。せっかくたくさん割ったのに。
(そうだよねぇ。)
(アンベワリィだって熟す量なんて気にしていないんじゃないか? )
(でも、仕事ができるって思ってもらった方が良くしてくれるんじゃないかな。)
アンベワリィに気に入られておけば、ここで長く使って貰える。追い出されたら今度はどこで働くか分からない。それに、食堂なんだから、ご飯も少し良い物を食べられるかもしれない。昨日のアレをずっと食べ続けるのはさすがに嫌だけど、せめて味付けする前の物が欲しい。
(相棒が連れてこられたのだって突然で、アイツにとっても予想外の出来事だったハズだ。もう少しのんびりしてても気にしないさ。)
煮え切らないボクにジルは熱弁する。まぁ、突然現れて手を付けていなかった仕事を終わらせたんだ。少しぐらい自分の時間に使っても良いかな。今朝した仕事の量も、ボクが起きた時間も彼女には分からないよね。
ボクは屋根裏部屋に戻る事にした。
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「あら、早いんだね。」
アンベワリィが大きな体を揺らしながらやってきたのは、それからしばらく経ってからの事だった。
アンベワリィは魔族の中でもふくよかだけど、女性だからかセナより背が低い。今朝はまだエプロンも三角巾もしていなくて、青いシャツに長い足首まであるスカートを履いている。昨日とは違った花をあしらったピアスをしている。
でも、大きな頭からは2本の曲がった角が生えているし、結ばれた口からは牙がのぞいていて、口を開いた時には無数の尖った歯が見えた。頬の周りにはシワがある。口を開けたらボクの拳の2つくらいは飲み込めるかもしれない。
薪の積まれた倉庫の開けられる戸と窓を全部開けて、昨日は暗くてできなかった屋根裏部屋の細かい場所の掃除をして、1階も丁寧に薪の間まで風の魔法を通して、夜通し鳴いていた虫にも出て行ってもらった。
やっぱり、生活する場所は綺麗にしておきたいよね。
さっぱりとはしたけど拭き掃除までできないことを少し不満に思いながら一息ついていると、魔族の人たちが食堂に来始めた事をジルが教えてくれたので、愚者の剣で薪を割る仕事に戻ることにした。それからアンベワリィがボクの所に来るまでに、もう少し時間がかかった。
黒いお城の壁に備えられた大きな木戸の鍵を開けて、アンベワリィが姿を現わした。手にはカゴを持っている。
「お、おはようございバス。」
アンベワリィが食堂に来たのもジルに教えて貰って分かっていた。だから、挨拶する練習をして準備をしていたのだけど、舌を噛んでしまった。陽の光の中で改めて見たアンベワリィの顔が怖かったんだ。
あらかじめ愚者の剣から手を放して立ち上がっていて良かった。慌てて足に剣を振り落していたかもしれない。
「大丈夫かい?」
黒い大きな瞳は瞬きもせず、猫なで声で顔を覗き込まれた。震えそうになるのを抑えて首を縦に振る。声なんて出ない。ここで生活するなら何とか慣れないといけないとは思うけど、なかなか上手く声を出す事ができない。
「昨日のメシはどうだった?人間の口に合ったかい?」
ボクは昨晩のお皿を差し出した。ちゃんと洗って浄化の魔法をかけてある。塩辛くて自分の口には合わなかったことを、彼女を怒らせないように伝えたかったんだけど、掃除をしながらジルと一緒に考えていた言葉さえ口にできなかった。
大きな黒い瞳でじっと見つめてくるアンベワリィに面と向かって言われると、なおさら口にできない。
「キレイ…だね。ウマかったかい?」
眉の無い額に縦ジワを寄せて聞かれる。お皿をキレイに洗った事が何か気に障ったのかな。でも、食事の後に浄化の魔法をかけるなんて当たり前の事だよね。食べ散らかしたお皿を美味しく作ってくれた料理人に返すなんて事は無いよね。
美味しかったかと聞かれても、美味しくなかったとは答えられない。かと言って、せっかく作ってくれたものを不味かったとも言えない。彼女なりに気を使ってくれていたのかも知れないよね。
言葉を見つけられずに口をパクパクさせる。
「ちゃんと喋りな!男の子だろ!」
アンベワリィは大きな太い尻尾で地面を叩いて揺らすと、ボクにカゴを押し付けて食堂に戻って行ってしまった。
カゴには2個の赤い果物と茹でた卵が入っていた。
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次回:『魔族』という者。




