屋根裏部屋
第4章 魔王の城で死にたくなかったんだ。
--屋根裏部屋--
あらすじ:マッシュポテトが辛かった。
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言葉にならない悲鳴を押し殺して冷静を装いお盆を薪の山の上へと置くと、あまりの辛さに、悶絶しながら転げまわった。アンベワリィに貰ったご飯を落とすわけにいかないよね。落としたらオタマが飛んでくるかもしれない。
(オ、オイ。大丈夫かよ!?)
ジルの言葉に涙目になって頷くと、少し辛さが治まった口に魔法で水を出して洗い流す。
(か、辛かった…。)
水を飲んでも十分に辛さが治まるまで返事ができなかった。でも、食事はまだ始まったばかりだ。お皿にはまだまだ料理がたくさんあって、一匙しか口にしていない。
ゴクリと唾をのむ。
(や、やめておけってよ。)
ジルは止めてくれるけど、お腹は空いているし、しばらくココでお世話にならなきゃならないんだ。少しでも食べて体力をつけておかなきゃ持ちそうにない。腰に付けた革袋に干し肉が少し入っているけど、もう少し取っておきたい。ここを追い出されたらすぐに路頭に困ってしまう。
赤い豆と、茹でた葉に、お肉だってあるんだから、食べれるものが有るかもしれない。
有って欲しい。
覚悟を決めて、お皿を観察すると、スプーンですくった場所の色が少し違う事に気が付いた。確認するために魔法の火を小さく点けると、薄い黄色のマッシュポテトに枯草のような色のソースがかかっていて、ソースの部分を食べた跡がある。
暗いから気が付かなかったんだ。辛いソースだけを食べてしまったんだ。
(大丈夫かもしれない…。)
辛いソースの部分を間違えて食べてしまったんだ。
今度はソースのかかっていない場所を少なめにスプーンにとって、恐る恐る口に入れる。しょっぱい。塩がたくさん入っているのか塩辛い。噛んでいるとたまにピリッとする場所があるのは何かのスパイスだと思う。
赤い豆を食べると茹でただけなのか食べても味がしないし、茹でた葉だと思った物は酢漬けだったのか、塩と酢で味付けがされていて酸っぱかった。美味しくない。
最後に、大きなお肉に目をやる。お肉だけは普通の味がすると信じたい。セナに分けてもらったお肉は食べられたんだ。
ナイフで小さく切り分けると、魔法の火を近づけてみる。焼いた肉に何かの粉が掛かっているみたいだ。
食べてみると、言いようがない粉っぽい香辛料の味の後に塩漬け肉を水で戻したような味がした。筋肉痛の時に貼る薬草を間違えて食べてしまったらこんな味がしそうだ。それに、干し肉よりは柔らかいけど、噛んでいるとアゴが疲れてしまう。
なんでこんな味にするんだろう?
香辛料のおかげか匂いは美味しそうなのに、ひとつも美味しくない。でも、残してしまったらアンベワリィにどう言われるか分からない。ご飯抜きもオタマも絶対にイヤだ。
食堂からは仕事を終えた大勢の魔族達の楽しそうな笑い声が聞こえ始める。
ボクは小さな火も消して、お皿を見ないようにして料理を細かく切り刻んで魔法の水で流し込んでいった。
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食事をすべて飲み込み終えると、お腹の中が水でタプタプ言っている気がした。お皿を浄化の魔法できれいにしたら、辺りは真っ暗になっていた。食事をするだけなのに少し時間をかけすぎだよ。
せっかく寝る場所の準備をするようにと、早めに仕事を切り上げさせてくれたのに時間が無くなってしまう。
アンベワリィが指さしていた小屋は木で作られていて、所々隙間が空いている。中に入ると乾いた薪が丁寧に積み上げられていた。きっと薪を保管しておくための倉庫なのだろう。薪の隙間から虫の音が聞こえてくる。
燃えそうな物ばかりで火を使うのは怖かったけど、暗くて何も見えないから、仕方なく手のひらの上に魔法の火を点けた。こうすれば、ちょっと指が熱いけど何かにぶつかる前に分かるからね。
1階の部屋の中は薪が積んである以外には少しの道具が乱暴に置かれていて、部屋の3分の2くらいの広さを屋根裏として利用できるようにしてあった。脇に立てかけられたハシゴで登る事ができる。
屋根裏は寝るのに十分な広さがあって、いくつものワラの束と毛皮やロープと軽そうな物が置いてある。永いあいだ誰も登っていないのか空気がよどんで埃っぽいけど、薪を入れるための倉庫だから仕方ないのかな。
どこで寝ようかと考えていると、ハシゴの下からカプリオがぴょんと屋根裏に飛び上がって来た。着地の衝撃で埃が舞い上がって目も開けられなくなってしまったので、咳き込みながら埃が入らないようにシャツの端を口に当てる。
「ごめんねぇ~。」
カプリオは梯子を登れないから飛び上がって来るのはしょうがない。こんなに高くジャンプできるとは思っていなかったけど。
「とりあえず、掃除をしなきゃね。」
屋根裏部屋に風を取り込むために、ガラスの無い跳ね上げ式の窓を開けると新鮮な空気が入って来る。三か所あった窓を開けて細い薪をつっかえ棒にをすると、ようやく息ができる気がした。
(風は入りそうか?)
(少しだけね。風があるよ。)
背丈よりも高いホウキと風の魔法を駆使して屋根裏部屋から少しずつ埃を追い出した。強い風の魔法を使うとカプリオが飛び跳ねた時のように埃が舞い散ってしまって、余計に時間がかかるから、少しずつ丁寧にするしかない。埃の上で寝たら明日には真っ白になってしまうよね。
丁寧に掃除をして最後に浄化の魔法をかけると、ボクが寝転がれるようにワラの束を並べて、形を整えて、ロープに干してあった毛皮を敷いた。これでマントをかけて寝れば立派なベットになる。
出来栄えに満足して寝心地を試そうとしたら、カプリオに先を越されて寝転がられてしまった。ボクより大きいカプリオが寝転ぶとボクの寝る所なんて無くなってしまう。
「ボクがそこに寝ようと思っていたんだ。」
「ヤダ!ボクもここがイイ!もう一個作れば良いじゃん。」
カプリオは寝転がったまま動こうとはしない。それどころか真っ赤な舌を下に伸ばしてくつろいででしまっているから、今さらボクの言う事を聞きかないよね。カプリオは魔道具の魔獣で体も大きいからボクの力じゃ動かせないんだ。
魔道具だから寝る必要も無いと知っている。だからベッドも必要も無いと思っていたから一人分しか作らなかった。まぁ、カプリオには何度も助けてもらったし、何より魔族しかいない街で心を許せそうな数少ない友達だ。ジルとカプリオしかいないんだ。
体は疲れているけれど、もう一つのベッドを横に作ることにした。できればカプリオともう少し仲良くしたいし、ジルも夜中の話し相手ができて嬉しいよね。
ベッドが出来上がると、薪割りで使った愚者の剣と王妃様に貰った革の鎧。外に置いてあった自分の私物を屋根裏部屋に全部持ち込んで、体に浄化の魔法をかけて一日の汗を飛ばすと、新しく作った方のベッドに横たわった。
風取りの窓から魔族がお酒を飲んで騒ぐ声が聞こえる。
冒険者ギルドでソーデスカ達に奢ってもらった事を思い出す。王宮の食堂でカナンナさんとご飯を食べた事を思い出す。どちらも騒いで喋って楽しかったんだよね。そう言えば、ホンマアさんの『不自由な大鷲亭』までコロアンちゃんを探しに行ったこともあったっけ。
あの時もお酒を飲んだ酔っ払いたちが騒いでいたっけ。
まだまだ、夜通し騒ぐのだろうか。ボクはこんなにも眠たいのに。
少し寂しくなって、ジルを抱いてカプリオのモコモコの体にくっついた。
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