食事
第4章 魔王の城で死にたくなかったんだ。
--食事--
あらすじ:魔族コワイ。
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アンベワリィの大きい手がボクを引っ張って調理場の更に裏。外にまで連れ出した
「薪なら、いくらあっても困らないからね。追加で割っておいておくれよ。」
アンベワリィの太い指の先には薪割台に刺さった斧が見える。
ボクが黙って頷くと、喋れないのか?と大きな目がボクの顔を覗き込んできたから、慌ててぶんぶんと首を振る。
「人間ってのは大人しいのかね。まぁ、頼んだよ。」
それ以上は気にすることも無く、独り言のように言うと鼻歌を歌いながら戻って行った。
(ヒョーリ、返事は声を出した方が良いぞ。)
(だって、怖かったんだ。)
アンベワリィのオタマの一振りで体の大きなセナが吹き飛んだのを見たばかりだ。喋った言葉に気を悪くしたらボクなんてどこまで飛んでいくか分ったもんじゃ無い。
(そう言う時こそ、声を出すべきだと思うんだが。)
ジルの言う事はもっともだと思うけど、声が出なかったんだから仕方ない。首が動いただけマシだったと思う。
(まぁ、薪割りなら誰でもできるよね。)
言い争っても負けそうだから話題を変える。
薪割りは村では良くやったんだ。暖房にも料理にも使うし、父さんが火を扱う仕事をしていたから、他の人たちより多いと思う。街に来てからは機会も減ってしばらくぶりだけど、体はちゃんと覚えているだろう。
自分でもできる仕事だった事にほっとして、薪割り台に刺さった斧を手に取ろうとしたんだけど、その時になって初めて失敗を悟った。魔族が使う道具だから大きかったんだ。
塩を割る道具を持った時に魔族の道具は大きいって気が付いていたんだから、アンベワリィにボクが使えるような小さな斧が無いか聞いておけば良かった。塩の道具とは違って魔族の女性用とか子供用に作られた小さな斧だってあったかもしれないよね。
マントを脱いでジルと愚者の剣を脇に置いて、仕方なしに斧を手に取ってみるけど、柄が太くてボクの手じゃ握り込めない。何とか掴むことはできるんだけど、親指と人差し指が開きすぎてしまうんだ。
(オイオイ、大丈夫か?)
重たい斧は薪割り台に深く突き刺さり、手だけでは抜けなかったから、柄の先に体重を預けて体の重さで倒して抜いた。何気なく刺さっていたから、魔族は力を込めて斧を突き刺したわけでもないのだろう。
(ダメかもしれない…。すっぽ抜けそう…。)
両手を使って斧を振りかぶる事はできるけど、重過ぎて回数を振れそうにはない。
子供の頃なら大人の真似をして無茶をしてでも割っていただろうけど、仕事となると安定して数をこさなきゃ十分な量が用意できないかもしれない。いや、それ以前に斧を振ってる最中に手が滑って、どこかに飛んで行ってしまうかもしれない。
(や、やめとこうぜ!オレに当たるかもしれねぇ。)
フラフラするボクを見てジルが慌てて口を挟んできたので、ゆっくりと斧を下ろした。斧が飛んで行ったら何かを壊しそうだし、人に当たれば怪我もする。それこそ、アンベワリィに殴られそうだ。
腰のショートソードを抜いて刃を見る。使ったことのない刃にはボクの顔が映っていた。
森での護身用にと持っている剣だけど、いちおう木が切れないわけじゃない。ヤブを漕いだり、ツルやツタを払ったり、野宿の時に枝を斬ったりもする。でも、森へ行く回数も少ないし、そもそもそんなに深い所まで入る気も無かったから刃は薄いんだ。
その方が鉄を使わない分、軽いし安いもんね。
(やめとけって、折れるぞ!)
ジルには止められるけど、調理場に戻ってアンベワリィに声をかける勇気がない。覚悟を決めて振りかぶりゴクリと唾を飲んだ時、カプリオが声をかけてくれた。
(ヒョーリ、ヒョーリ、コレを使えば?)
立てかけてあった愚者の剣を、赤い舌で巻き付けて渡してくれたんだ。
(これを使っても良いの?)
勇者の剣じゃ無かったと言っても、魔王までもが知る名前まで付いている。本来は戦いに使う物だろう。カプリオにだって思い入れがあるかもしれない剣を薪割りに使うなんて考えもしなかった。
(ヒョーリが良いなら良いよぉ。乱暴に扱っても壊れないし。)
そう言えば、ウルセブ様が愚者の剣には永遠に変わらない魔法がかかっていると言っていた。永遠に変わらないとは、刃こぼれしないって事らしい。研ぐことも磨くこともできないんだけどね。
少し迷ったけど、魔族の斧よりもショートソードよりも良いかもしれない。壊れないんだもの。
(ありがとう。使ってみるよ。)
愚者の剣を抜くと、重さはあるものの魔族の斧程じゃ無い。何より人間用だから持ちやすい。斧よりも重心が手元に近く、傷の付いた刃は鈍く丸まっているけど、薪を割るくらいはできるだろう。
動きやすいように革の鎧も脱いで人間が扱うよりも大きな原木を置く。腰を落として両手で振り下ろすと、愚者の剣が食い込む。さすがに1度では割り切れなかったので、2度3度と原木と一緒に愚者の剣を薪割り台に叩きつけた。
うん。これなら何とかなりそうだ。
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カーン。カーン。カーン。
何度か休憩を取りながら、陽が暮れるまで薪を割った。アンベワリィは数を指定しなかったから、できるだけ多く割ることにした。
数が少なくて怠けていたと思われたらオタマが飛んでくるかも知れないよね。それだけは勘弁してもらいたい。
「おやまぁ、人間は剣で薪を割るのかい?」
薄暗くなって来た頃にアンベワリィが現れた。手に持つお盆から湯気が上がり、良い匂いが漂ってきてお腹が鳴った。
「あ、あの、斧がボクの手に合わなかったから…。」
尋ねられた質問に答えられた事にホッとした。
「あら、それは気が付かなかったわ。ああ!だから労役でも断られたのかい。」
他にも理由が有ったんだと答えたかったけど、緊張で舌が回らない。荷物が大きかったり身長が合わなかったりした事を頭は思い出すけど言葉にならなくて口をパクパクさせる。
「ん。もうすぐメシの時間だからさ、アンタに構っていられないんだ。それと、悪いけど部屋が無いんだ、今日はそこの屋根裏で寝てちょうだい。薪割りはもう良いから、メシを食ったら寝床の準備をしておくれ。」
調理場を担当するアンベワリィにとって、日の暮れた夕食の時間が一番忙しい時間なのだろう。早口で捲くし立てるとボクに魔族の食事の乗ったお盆を渡して、そそくさと戻って行った。
なんだか取り残された気分になって、お盆を持って呆然と立ち尽くす。
(食えるのか?コレ?)
(匂いは良いよ。)
魔族が作った料理だからなのかジルは疑っているけれど、薪割りでお腹はペコペコだ。セナに連れられていた時は、焼いたお肉を分けてもらって食べたんだけど料理とは言い難かった。特に2日も気絶した後に食べた肉は魔法の水で流し込んで味なんてしなかった。
良い匂い。ってだけで期待するよね。
お盆には1枚の木のお皿が載っていて、そこに料理が全部乗っている。もちろん魔族サイズだ。イモを潰したようなモノに、茹でた赤い豆と茹でた何かの葉。それにはみ出す大きさのお肉。ちょっと多い。
薪割り台を椅子にして、大きな木のスプーンでひと匙すくう。最初はイモを潰したようなモノだ。薄い黄色いモノがグチャグチャに潰されていて黒いナニカが混ざっている。暗くなってきているから良くは見えない。明かりを点ける勇気も無いけど。
(ソレから食うのかよ!?)
(最近、お肉ばかりだったしね。)
セナ達の乗る魔獣には、ほとんど荷物が乗っていなかった。木と木の間を飛び跳ねて移動していたんだから、荷物なんて持てないのかも知れない。獣を狩っては焼いて食べていたんだ。
(何が混ざっているか分からねぇぞ。)
(食堂のポテトにはベーコンが混ざっていたよね。)
王宮の食堂で出されたマッシュポテトには細かく刻んだベーコンが混ぜてあって香りの良い香草を刻んでまぶしてあって、とても美味しかった。ベーコンの脂がポテトに染みて、香草の香りが鼻を抜けるんだ。
鼻を近づけても匂いは良い。美味しそうだ。思い切って口に入れる。
「!」
辛い!
ボクは味わったことも無い辛さに身悶えして転げまわる事になった。
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次回:『屋根裏部屋』でおやすみ。




