食堂
第4章 魔王の城で死にたくなかったんだ。
--食堂--
あらすじ:魔王に会った。
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「愚者の剣か。懐かしい。」
魔王の言葉にボクは内心、安堵していた。
だって、鉄の剣は勇者の剣じゃ無かったから。間違った剣を渡さずに済んだから。勇者の剣はちゃんと勇者アンクス様が持って行ったんだ。これで何が有っても王宮も街も守られる。
ボクの冒険もムダじゃ無かったんだ。
王様と王妃様、ウチナ様にカナンナさん。お世話になった王宮の人たちにマッテーナさんを始めとする冒険者ギルドの人たち。それにコロアンちゃんに街の人、アパートを貸してくれた大家さんや食堂で占い師をさせてくれた人。
皆の顔を思い出してへにゃりと床に崩れ落ちた。
「ヒョーリ、ヒョーリ。どうしたの?」
カプリオが長い舌でボクの頬を舐める。
「久しいな。カプリオ。」
魔王は懐かしいと言った剣から興味を放し、今度はカプリオを見つめていた。カプリオはボクの隣に来ているから、魔王の体を揺るがすような声はボクの方にも向けられていて体にビリビリと響いて怖い。
「久しぶりだね。オンツァザケス。」
カプリオの長い舌は頬から目尻へと涙をぬぐうように舐め上げられる。のっぺりとした顔はボクの方に向けられていて魔王の方を一目として見ようともしない。
「今度の主人はソレか?」
「違うよォ。ヒョーリはヒョーリ。ボクのご主人様は後にも先にもキグリ様だけさ。」
カプリオの長い舌はボクの両頬を舐め上げ終えると、今度は魔王をしっかりと見据えてアカンベェとするように下げられた。大丈夫かな?魔王と知り合いみたいだけど、カプリオがケンカを売ったようにとられないかな?
「なら、好きにするが良い。セナ、後は頼む。」
「はっ。」
ボクの心配をよそに魔王は静かに大きな黒い瞳を閉じると、それっきり静かになってしまった。
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「アンベワリィ。コイツを使えるか?」
魔王の部屋を出たボクは、セナに連れられて魔王城の食堂の調理場に連れてこられた。トコトコとカプリオも付いて来ている。
鉄の剣、いや愚者の剣はなぜかボクに渡された。セナは魔王の指示だと言うけど。目を閉じた後は何も言わなかったのに不思議だ。魔王もジルの『小さな内緒話』みたいに声を使わない会話ができるのかな。
どうせ魔王には愚者の剣なんて汚名の付いた剣なんて要らないんだろう。
雑然とテーブルが並べられた食堂は王宮のそれよりも広かったけど、体の大きな魔族に魔獣も入って食事をするなら同じくらいの人数が一度に食べられるようになっているのかもしれない。
食事時でも無いのにちらほらと魔族がいる食堂の奥に調理場があって、並んだ大きな鍋を囲んで10人ほどの魔族が働いている。その中でもひと際大きな…縦にじゃ無く横に、魔族のセナの倍はありそうだ。に、セナはカウンター越しに声をかけた。
「こりゃ、人間かい?初めて見た。」
アンベワリィと呼ばれた魔族は調理場から出てくると大きな目を見開いたと思うとマジマジとボクを観察する。黒い瞳が吟味するように細められ、近づけられた大きな口はそのままボクを飲み込んでしまいそうで怖い。
でも、服装は調理をする人らしく、使い込まれた白いエプロンを身にまといっていて長く伸ばした髪もきちんと編みこんでいて三角巾まで被っている。人間が食事に髪の毛が入らないように気を付けているのと同じだと思う。
スカートには模様も入ってオシャレだし、声が高いから女の人かも知れない。耳元のピアスは花をあしらっている。
「ああ、南東の廃村で捕まえたんだが、労役をやらせようとしたらニシャに断わられてな。」
セナはげんなりとした表情でボクの腕を指さした。
ボクの腕には筋肉なんてほとんどついていない。占い師なんだから当たり前だよね。魔族の間では捕まえた敵に労役をやらせるそうだ。魔族の街の北東に塩湖があって、塩の切り出しと運搬をやらせているのだそうだ。
人間の国でも同じだね。戦争で捕虜として捕まった敵兵や犯罪者として捕まった泥棒を鉱山とかで働かせている。
調理場に来る前にセナが労役を束ねるニシャと言う魔族にボクを引き渡そうとしたら、役に立ちそうにねぇと断られたんだ。
塩を砕くにしてもボクが使えそうな道具が無い。道具はすべて体の大きな魔族のサイズで作られていた。試しに塩を砕く道具を持たせて貰ったんだけど、持ち手が太すぎて握り込めないんだ。へっぴり腰で振り回したらすっぽ抜けてセナとニシャに大爆笑された。
その上、砕かれた塩は魔族が使う大きさに切り取られているからボクが運ぶには少し重たい。束ねて運ぶにしても体の大きな魔族と一緒に持ち上げるには背丈が違いすぎてバランスが悪い。塩を採るにも運ぶのにも役に立ちそうになかった。
ガキでももっとマシな体つきをしてるぜ。とはニシャの言葉だ。
「アタシのトコでもごめんだよ。」
アンベワリィと呼ばれた魔族は大きなオタマを振りかざしてボクの方へ向けた。そのオタマは鉄の剣よりも大きいけど、アンベワリィは軽々と片手で振り回す。
「そう言うなよ。雑用くらいあるだろ?」
「一番小さな袋でも持てそうにないじゃないか。」
そう言って今度はオタマで壁際に並べてあった小さめの袋を差した。その袋は小さいと言ってもボクの肩くらいの大きさがある。人間のサイズで言えば特大で、4人がかりで何とか運べるかもしれないと言う代物だ。
魔族なら一人でも持ち運びできるのかもしれないけど。もちろんボクなんかじゃ独りで持てるはずもない。
「だからさ、ここに連れて来たんだよ。荷物は運べそうにない。かといって掃除や身の回りの世話をさせるような表の仕事はさせられないだろう?イモ洗いでも使えないか?」
「イモ洗いねぇ。誰でもできるだろう。タッチルのエサにでもしとけばいいんじゃないかねぇ。」
アンベワリィはセナの背後の魔獣をちらりと見ながら言った。牙の生えた口元は笑っているようにも見えるけど、目元は笑っているようには見えない。
「そう言うなよ。掃除に食器の片付け、なんかよぉ、あるんじゃねぇか?」
ありがたいことにセナは頭を使って仕事を考えてくれる。労役に断られたボクを連れて食堂まで足を運んでくれた。さっさと面倒なボクを誰かに押し付けてしまいたいだけなのかもしれないけど。
「ウチは食堂だよ。調理場に人間なんて入れたら不衛生だと思われるじゃないか!」
食堂の調理場に動物が入っていたら不衛生だと言う事らしい。確かに、ボクも街の食堂で動物を飼っていると言われたら嫌な顔をするだろう。毛が入るかもしれないし臭いが付きそうで気分が悪い。
人間の街で魔族が調理した料理だと言われれば食事を断るかもしれない。
ボクは人間で調理をすることだってある。でも、人間を見た事が無い魔族にとってはボクも動物も変わらないのかもしれない。実際はともかく、聞いただけでは嫌な気分になる魔族もいるんじゃないかな。口にはしないけど。
だって、仕事が見つからないとなるとどうなるか分からないんだ。面倒くさくなったセナに殺されるかもしれない。いや、殺されなくても追い出されただけで死んじゃうよ。ここは魔族の街で、魔族が人間なんかに優しくしてくれるとは限らない。お金が有っても買い物だってできないかもしれないんだ。
街に出て、魔族に囲まれて、食べられちゃうかもしれない。
何とか仕事に有り付かなきゃならないとは思うのだけど、思ったように口が動かせないボクにセナは顔を近づけてクンクンと臭いを嗅ぐ。
「オマエよりキレイじゃねぇのか?」
一言多い、と思う暇もなくアンベワリィのオタマがセナの左頬を襲う。そのまま盛大に吹っ飛んで並んだテーブルを崩していった。
「汚いアンタを食堂に入れるよりか、よっぽどマシかもねぇ。仕方ない。ついてきな。」
アンベワリィはそう言うと、ボクを引っ張って調理場を出て行った。
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次回:魔族の『食事』




