魔王
第4章 魔王の城で死にたくなかったんだ。
--魔王--
あらすじ:魔族に連れ去られた。
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「降りろ。」
カプリオのモコモコの毛に埋もれて景色は見えなかったけど、森を出て峠を越えて街の喧騒が聞こえてからしばらく進んだ先。どこかに到着したらしく、魔族がボクに声をかけてきた。
考えるまでも無いね。魔族の街だ。ジルが色々な物を見ては珍しがっていた。
カプリオの背中に荷物のように括られていた縄が解かれた。まだ手は縛られたままだから、グリグリと体を捩じって降りようともたもたしていたら、落ちた。
どさっ。
背中から落ちて青い空が見える。
そして、太陽を背負った黒く高いお城の尖塔。陽の影よりも濃い黒いお城は堂々として青空に映え、天にまで届きそうだ。
「何やってるんだよ。」
魔族がボクを縛ったロープを片手で引っ張ると、体は羽毛のようにふわりと浮かびストンと地面におろされる。空中で半回転して丁寧に足から。魔族の顔には力を込めた様子も無い。何事も無かったようにやってのけているけど、ボクにだって大人の体重くらいはあるんだ。
「あ、ありがとうございます。」
「いや、良いって。」
ボクが振り絞った感謝の言葉に魔族は素っ気なく答える。
きょろきょろと見回すと、すでに城門の中に入っていて城の前庭と呼べる場所に居るようだ。目の前に首が痛くなるほど高くまで見上げなきゃ、てっぺんが見えないような黒い大きなお城がそびえている。
「ここは?」
「魔王様の城さ。すげぇだろう?」
牙の生えた口からは予想通りの答えが返ってきた。魔族は魔王様の元に連れて行くと言っていたからね。けど、王宮の図書室で見たおとぎ話の挿絵に描かれているようなお城では無かった。
挿絵のお城はボロボロに朽ちてツタが絡み、いかにも魔獣やお化けが出そうな感じがしていた。それは子供の頃に聞かせてもらった話を上手く表現しているように見えて、本当に魔王ってこんな場所に住んでいるんだな、という風に感心した。
だけど、目の前に現れた城は、色は黒く大きくデコボコしているけどどこか整っていて不思議と違和感がない。あちこちに設置されている魔獣の彫像もカッコいいとすら思える。
お城が大きいのだってボクを軽々と引き起こしてくれた魔族との身長差を考えればうなずける。彼らはボクよりも大きい。子供と大人くらいは違うんだ。
「黒いんですね。」
嬉しそうに自慢する魔族を怒らせないように返事をしないと思い、もっと恐ろしいお城だと思っていたなんて言えないから、当たり障りのない事実を感想として口にした。
「当たり前だろ?城は黒い方が良い。黒ければ城は闇に紛れる。」
黒い城は夜襲に強い。暗い闇と同化して輪郭がぼやけ高さが分かりにくくなるらしい。明かりを点けなければ窓の位置も分からないし、城壁の上を守っている兵士もどこを歩いているのか探しにくい。デコボコした見た目も同じような役割を果たすらしい。
夜襲の恐れが減れば安心して夜を過ごせる人数が増える。夜を守れば日中を力いっぱい戦える。だから、魔族の城は黒いのが当たり前だと。そしてデコボコした壁にはあちこちに隠し窓があって何もないように見えた場所から弓を引く事ができるらしい。
人間のお城は威厳を示すように豪華に色とりどりに作られている。魔族のお城はずいぶんと実践的なようだった。
「おっと、長くなったな。んじゃ、先に進もう。」
大きなお城に開けられた扉は魔族の身長よりも更に高く、大きな魔獣でも余裕で通れるようになっている。1人の魔族が軽々と扉を開けると12人の魔族は12匹の魔獣を連れて城の中へと進む。
「あ、あの、カプリオも連れて行って良いんですか?」
「オマエの魔獣だろう?当たり前だ。」
カプリオは魔道具であって魔獣じゃない。けど、人間の王宮に獣を連れ込むなんて事は絶対に無い。少なくともボクは王宮で見た事は無い。図書館から出る事は少なかったけど。
大きく開け放たれた城の中を覗くと魔族に混じって魔獣が、いや魔族よりも大きい魔獣だから魔獣に混じって魔族が、の方が正しいのかもしれない、闊歩しているのが見える。
まるで魔獣の見本市のように色々な魔獣が歩いている。
「魔王様に謁見に行く。」
城門を入ったホールで隊長格の魔族が受付の魔族に一言告げて魔族達はどんどんと奥へと進むのを、びくびくしながら追いかける。階段を登り突き当りの扉を入ると、入り口のホールより大きな部屋に大きな首がひとつ。
ボクの身長よりも大きな首は広い部屋の奥の一段高い場所に鎮座していて、戦士様の盾よりも大きな目、白目の無い黒くぎょろりとした瞳はボク達を俯瞰するように一瞥した。
「良く戻った。セナ。」
大きな口から低く部屋を振るわせる声が響くと、お腹にズドンと衝撃が走る。隊長格のセナと呼ばれた魔族は首の前にひれ伏すと、続いて11人の魔族と12匹の魔獣がそれに従った。
「ハッ。ありがたきお言葉でございます。魔王様。」
この首が魔王だったんだ。ボクの体は思うように動かなくなる。けど、魔王の首からも目が離せない。他の魔族よりも立派な鬣には左右に3本ずつ。合計6本物角が生えている。大きな口には鋭い牙が生えていて、にんまりと弧を描くと言葉を続けた。
「報告を頼む。」
「失礼します。」
セナと呼ばれた魔族が首に近づくと、魔王は目をつぶる。
「そうか、ではヒョーリとやら、近くに参れ。」
突然、名前を呼ばれてボクは硬直する。声の衝撃は先ほどよりも重く響く。縛られている体は転びそうになるけれど、何とか踏みとどまることができた。今はまだ静かだろうけど、怒鳴られたら立つ事さえままならなくなるかもしれない。
報告を聞くと言っていたから、セナと言う魔族が何か口上を述べるのだと思っていたし、ボクはまだ名乗っていない。魔王の城に来てから12人の魔族もボクの名前を言っていないから、呼ばれるとは思っていなかったんだ。
「なに、取って食おうとは思っておらんて。ヒョーリ。」
近くに寄らなかった理由を勘違いしたのか魔王はさらに低い声に優し気な声音を混ぜてボクを呼ぶ。叫びたいけど声は出ないし、黒い大きな瞳が細められるけど恐怖で震えが止まらなくなる。
「悪いが、魔王様の御前なんでね。」
動けないボクは縛られたままセナに持ち上げられて、魔王の前に立つことになった。魔王の大きな口から吐き出される生臭い息がかかって更に気分が悪くなる。
「ふむ。人間を読むのは久しぶりじゃが、やはり難しいか。まぁ、見たいものは見た。」
ボクは何も言っていないのに魔王は独りで納得している。
「それで、鉄の剣とやらはどこに?」
魔族の1人が勇者の剣かも知れなかった鉄の剣をすらりと抜いて見せると、魔王は言った。
「愚者の剣か。懐かしい。」
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次回:魔族の『食堂』




