丸焼き
第3章 遺跡になんて行きたくなかったんだ。
--丸焼き--
あらすじ:アンクス様達が廃村に居ない。
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「ど、どうしよう?」
ジルにアンクス様の位置を伝えてボク達は途方に暮れた。
勇者の剣も雷鳴の剣も村の外。同じ場所。半日ほど行ったところにあるみたいだ。つまり、アンクス様達は廃村を出ていってしまったらしい。魔王の森の中にいる。
夜通し歩けば追いつけるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎるけど、整備された街道でさえ夜は危ないし、夜の方を好む魔獣もいる。バッサバッサと魔獣をなぎ倒して行けるアンクス様達と違い、怯えながら警戒して進まなきゃならないボクは、魔獣に出会ってしまったら息を呑んで通り過ぎるのを待たなければならない。
暗い道で魔物に見つからないようにするために明かりを点けることもできないし、かといって明るいうちだけ歩いても、アンクス様達の方が早いに決まっているから、追いつける気がしない。
「見ろよ!肉が残っているぜ。考えたって始まらない。腹ごしらえをしよう。」
無理に明るい声を出すジルに言われてお腹が空いていた事を思い出す。青い屋根の前の広場の片隅を見ると、闇の中に5羽のチロルの肉が串に刺さったまま残っている。肉は魔族に襲われた時に火から降ろした状態のままだった。
アンクス様達は魔族と戦った後に、お昼ごはんも食べないで魔王の森に行ったのだろうか。
「そうだね!悩むのは後でもできるよね!」
せっかくジルが明るく振舞おうとしてくれるんだから、ボクも何か返したい。そう思って無理やり笑顔を浮かべて明るい口調で返す事にした。
お腹が空いたままでは良い考えも浮かばない。それにアンクス様達が居なくなってしまった今では5羽の肉は貴重な保存食になる。これが無くなる前に新しくチロルを捕まえる方法を探すか、魔王の森を抜ける手立てを考えなきゃならない。
焼いている時は回す肉の重さに辟易して、食べきれるかと心配だったけど、今では大量にある肉がありがたくさえ感じる。
すっかり燃え尽きて灰だけになった竈に枯れ枝を入れて火を点けると、明々とした光にほっとする。焚火の火が希望の明かりに見えたんだ。
何も持たないで村に来た時よりも状態は良いんだ。頼りになる相棒も居るし食料も豊富にある。しばらく村で保存食を作って、ゆっくりと慎重に進んでいけば魔王の森だって抜けられるに違いない。
村に来る時だってできたんだ。今度は少し道が長くなるだけ。
そう自分に言い聞かせながら、肉の刺さった串を火にかけると香ばしい匂いが辺りに漂った。
ぐぅ~。
お腹に催促される。
早く食べたい気持ちを抑えて、くるくると串を回す。しばらく美味しいものが食べられないかもしれない。今だけでも最高の状態で食べたいよね。くるくると回る肉を焦がさないように赤く燃える焚き火を見つめ続ける。
くるくる。くるくる。
肉を焼くのってどうしてこんなに落ち着くんだろう。ボクには単純作業が合うのかもしれない。
「ヒョーリ、ヒョーリ。あのね。」
「どうしたの?」
カプリオの声に我に返る。夜の闇が怖くて、肉を焼く事以外を考えたくなくて、少し集中しすぎていたみたいだ。夜空が少し明るくなって星の数が減っている。
「魔族が来たみたいだよ。」
「っ!」
声にならない声を上げる。悲鳴を上げちゃダメだ。魔族に聞かれる。
魔族はアンクス様が倒したんじゃ無かったんだろうか?倒し損ねたからアンクス様達は村を出て行ったのだろうか?逃げたのだろうか?無事なのだろうか?いや、アンクス様が戦ったのとは別の魔族かも知れない。
頭の中をぐるぐると考えが巡る。
(おい!何してんだ!?逃げようぜ!)
頭の中を整理する事に一杯で立ち尽くしていたボクにジルが呼びかける。そうだ、とにかく逃げないとボクなんかに勝ち目は無いんだ。最初に会った時みたいに相手が油断してくれるとも限らない。
「カプリオ。どっちから来るの?」
カプリオに近づいて声を落として尋ねる。
「あっち~。」
カプリオの赤い舌が村の入り口の方を差す。良かった。まだ見えない。これなら集会所の中に入ってやり過ごす事ができるかもしれない。
「と、こっち~。」
不意に続くカプリオの声。そして赤い舌が畑の方を指し示す。魔族は2人以上いて別行動をしている。それを理解するまでに少し時間がかかる。そうだ。最初に魔族に会った時も3人居たんだ。複数人居たって不思議じゃない。
「あと、後ろにいるよ。」
思いがけない言葉に振り返ると、大きな黒い瞳が目前まで迫っていた。
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「うひぃっ!」
ボクは飛び跳ねる程びっくりした。変な声が出る。
「静かにしろよ。」
魔族が消えたかと思うと、いつの間にかボクを拘束していた。瞬きすらしない間に目の前にいた魔族は後ろに回り、毛の生えた長い腕でボクの腕をねじって口を押える。耳元で太い声が囁かれる。
まったく見えなかった。
これが伝えられて恐れられている魔族の実力なのだろうか。それとも、まだまだ早く動くことができるのだろうか。アンクス様達はこんな速さで戦っていたのか。もっと速く戦っていたのか。遠目から見たよりも速い。
4本しか無い指は大きく、2本もあればボクの口を覆い隠せる。ボクだって成人しているのに、魔族と比べると余計に小さい。大人と子供くらい違う。
「仲間はどこにいるんだ?」
魔族は低い声で尋ねてくる。アンクス様達の事だろう。
(適当に答えておけよ。)
素直に返事をしようとする前にかけられたジルの『小さな内緒話』の声にハッとする。
別に正直に置いて行かれた事を告げなくても良いんだ。アンクス様達はそばにいる。そう思わせた方がボクの逃げるチャンスができるかもしれない。そう思って口を開こうとした時、足音も無くもう一人の魔族が現れた。
「アンニャ。やっぱり他には誰もいなかったぜ。」
せっかくチャンスを作ろうと思ったのに、言葉を発する事も無く不意になってしまった。ジルの舌打ちも聞こえる。
「置いてきぼりを食らったってワケか?こんな所で。」
ボクを押さえつけている魔族の言葉には同情が籠っていた。
「コイツは教会の方に逃げ込んでいたからな。大方、建物の下敷きになったと考えたのだろうさ。」
教会は穴が埋まるくらい崩れていた。そうか、アンクス様達はボクを見捨てたワケじゃ無くて、ボクが教会の下敷きになって生きていないと思ったから帰って行ったんだ。
よく見れば2人の魔族の格好もボロボロだけど同じ鎧を身に着けている。魔族が3人だけとは限らない。同じ鎧を着た魔族の兵隊だとすれば、もっと多くの集団がいるかも知れない。
焚火の煙を確認しに来ていた斥候役なら、この魔族達が帰らなければ援軍、あるいは本隊の魔族たちが来ていた可能性もある。
だから、アンクス様達は作りかけの食事も摂らずに村から退いて行ったんだ。
「おい!あの攻撃は何だったんだ!?」
後から来た方の魔族が黒い大きな目を細めてボクの襟元を掴む。あのと強調するくらいだから、アンクス様が放った『破邪の千刃』の事だよね。魔族の言葉は結界が張られた教会が潰れたとか間一髪逃げるのが精いっぱいだったとか続いているし。
「まぁまぁ、とりあえず落ち着こうぜ。」
「でもアンニャ!」
「落ち着け!シャデ。肉が焦げる。コイツを連れて魔王様に報告に戻るぞ。」
そう言った魔族の視線の先には熾火に炙られるチロルの肉。
香草を詰めて焼いた肉の香ばしく食欲を誘う匂いに、焦げた香りが混じっていた。
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次回:新章/魔王の城で死にたくなかったんだ。




