巣穴
第3章 遺跡になんて行きたくなかったんだ。
--巣穴--
あらすじ:『破邪の千刃』に巻き込まれて教会の地下に落ちた。
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「…でよう、ヒョーリのヤツが…」
「ふぅん。で、その後どうなったの?」
うっすらとジルにボクの名前を呼ばれたような気がして意識を取り戻した。手にはモコモコとした手触りを感じる。いや、体中がモコモコに包まれている。モコモコは手触りの良い長い毛で触り心地も良いけど、頭まですっぽりと埋まってしまっているようで息苦しくなる。
身をよじると簡単に頭をモコモコから出す事ができた。賢者様の像のある地下室のヘンテコな棒の淡く白い光が目に眩しかった。でも、新鮮な空気を期待していたボクの肺には埃っぽく汚れた空気しか入って来なかった。
「けほっ、ごほん!」
「お、起きたか?」
すぐ近くからジルのそっけない声が聞こえる。でも、本当はスゴク心配していただろうことは何となくわかる。顔を出してすぐにボクを見つけてくれたから。彼はボクとアンクス様から預かった鉄の剣とひとまとめにされてモコモコの中に包まれていた。
「ヒョーリ、ヒョーリ。だいじょうぶ?」
のっぺりとした顔がいきなりボクの目の前に現れた。
「わあぁっ!」
「どうしたの?ヒョーリ。」
「ゴメン、いきなり現れたからビックリした。」
いきなり現れた白面に表情が無くて怖かったとは言えない。
アンクス様の『破邪の千刃』の余波に巻き込まれて吹き飛ばされた時、カプリオのモコモコの体に包まれたのを覚えている。教会の扉とカプリオに包まれながら穴から地下に落ちて、そのままゴロゴロと賢者様の像の前まで転がされたんだ。
モコモコの毛に護られていたから、空飛ぶ魔獣から落ちた時のように全身が痛くなったりはしていない。だから感謝こそしても顔が怖かったとは口が裂けても言えないよね。
「ごめんねぇ。」
カプリオが謝ると長い舌でボクの顔をひと舐めした。赤い舌は魔道具の魔獣だからか冷たく乾いていたけれど、優しく触れてくれているのが分かる。少しくすぐったい。
「ケガは無いのか?相棒。」
ジルに言われて改めて体を確認するけれど痛みは少ない。でも、大きな事故は後から痛むこともあると聞くので、念のために治癒の魔法はかけておくことにした。
「大丈夫だよ。それで、ボクが気絶している間に何かあったの?」
地下に落ちて目の前に瓦礫が落ちてきたのは覚えているけれど、それからは気を失っていて覚えていない。だけど、眠ることのないジルなら知っているんじゃないかな。
それと、ジルがカプリオとお喋りしていたのも気になる。だって今までずっと『小さな内緒話』で声をかけてきていて、存在を知られないようにしていたんだもの。
「何もねぇな。今の状態と変わっていないぜ。穴に落ちたヒョーリをカプリオが守っていた。ドジっちまったことと言えばオレの存在をカプリオに知られたことくらいか。」
声には少しトゲがあるように聞こえる。アンクス様の『破邪の千刃』が放たれる時、ジルは慌てて声を上げてしまったので『小さな内緒話』を使い損ねたらしい。その声がカプリオには聞こえていた。ボクが気を失っている間に赤い舌で舐められては問い詰められていたらしい。
生きているのか?生きているなら話し相手になって欲しいと。
周りの状況を確認しようとヘンテコな白い棒からあふれる光に沿って、天井の落ちてきた穴のあった方を見ると、教会だっただろう瓦礫の山ができていて穴は完全に塞がっていた。
「もしかして…、生き埋めになっちゃった?」
瓦礫の山の向こうには教会へ昇る階段が有ったはずだ。冷汗が流れる。
「いや、集会所の方に続く抜け道は通れるみたいだぜ。」
ジルも同じことを考えていたみたいで、先にカプリオに聞いていてくれていた。青い屋根の集会所へと続く抜け穴は、地下室が襲われた時に逃げる事も考えられていたので、教会に昇る階段とは違う位置に有ったことが幸いしたらしい。
人間からも魔族からもはぐれた人たちが住んでいたのだから、こういう仕掛けも必要だったのかもしれない。
抜け穴は知らなきゃ分からないほど巧妙にできていて、一目見ただけじゃどこにあるのかも分からない。教えて貰った場所をよく観察すると、永い年月をかけて広がった岩の隙間があるのが見えて、チロルの臭いが風に乗って漂ってくるのが分かる。
隙間をなぞると扉より少し小さいくらいの四角い壁になっている。カプリオに言われて賢者様の像の台座に魔力を通すと、隙間に囲まれた石の壁が動いてポッカリと穴が開いた。
バサバサバサ!!ケッケッ!コココ!!!
「チロルがたくさんいるよぉ。」
ゴリゴリゴリと音を立てて動く石壁に驚いたのか、突然差し込まれたヘンテコな棒の光に驚いたのか、穴の奥からチロルが一斉に騒ぎ出す声が聞こえた。
「この中を通って行かなきゃダメなのかな?」
思わず鼻をつまむ。大きく開いた暗い巣穴からはチロルの臭いと騒めく声がはっきりと聞こえてくる。石壁が閉じていた時よりもクサイんだ。
「仕方ねぇだろう。ボヤボヤしていると飢え死にするぞ。」
ジルに言われて焚火で炙っていた5羽のチロルの丸焼きを思い出し、お腹を押さえるとグゥ~と鳴る。夕飯用を食べ損ねた事は確実だよね。
「ヒョーリ、怖い?ボクに乗る?」
カプリオの提案でボクは彼の背中に乗せてもらう事にした。
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アンクス様から預かった鉄の剣とジルを背負ってカプリオの背中に乗った。
チロルの巣穴になっている抜け道は臭く狭く、体の大きなカプリオの背中は天井近くまであって、彼のモコモコの背中に埋もれるようにして乗らなきゃならなかったけど、何事も無く通り抜ける事ができた。
途中でチロルが騒いで威嚇されたり、虫の巣に引っかかったり、背中に背負った鉄の剣がつっかえたり、天井に頭をぶつけたりしたけれど、おおむね順調だった。抜けられればそれでいいよね。
抜け穴の突き当りにも魔力を通すと開く岩壁があって、最初の朝にチロルの卵を貰った食糧庫に続いていたんだ。隣には壺を拾ったキッチンがある。一晩を過ごした大広間を抜けて外に出ると、満天の星空の向こうに細くなった月が見えた。
「う~ん!」
深呼吸をする。瓦礫に潰された埃っぽい部屋とチロルの臭いのする抜け穴を抜けてきたので、空気がとても新鮮な物に感じられたんだ。
「さぁ、アンクスを探そうぜ。」
ボクはアンクス様達が魔族に負けるはずがないと思っていたし、ジルも同じだったようだ。アンクス様は結界に護られた教会を壊すくらいの威力の力を振るったんだ。それに、勝ってもらわないとボクは街まで戻れないからね。
「ジル。勇者の剣のある場所を聞いてよ。」
ボクは森でやった時と同じように、『失せ物問い』の妖精にアンクス様達の居る場所を聞くことにした。その方が村を探し回るより早いよね。
「よっしゃ、任せろ。勇者の剣はどこにある?」
ジルの問いに妖精が囁く。ボクの背中に背負われている鉄の剣と、そして豪華な剣のある場所を。
「…ジル。今度は雷鳴の剣の場所を聞いてくれないかな?」
「どうした?ははん、勇者の剣は2本あったから相棒の背中のヤツが反応してしまったか?いいぜ、雷鳴の剣はどこにある?」
妖精は再び答える。豪華な剣のある場所と同じ位置を。
それは廃墟となった勇者の村の外を示していた。
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次回:5羽のチロルの『丸焼き』




