崩落
第3章 遺跡になんて行きたくなかったんだ。
--崩落--
あらすじ:魔族がでた。
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体が重い。
皮のマントが体に纏わり付き、皮の鎧が動きを遅くする。
空飛ぶ魔獣に襲われた時も、教会の床が抜けて落ちた時も、ボクの体を守ってくれた大事な人達から貰った物だけど、魔族から逃げようとする今のボクには重すぎる。
いっそのこと脱ぎ捨ててしまいたいけれど、脱ぐために腕を動かす時間が有るかさえ分からない。
後ろから声が聞こえる。
「お、おい待てよ!」
慌てる魔族の言葉に応える時間なんて無い。
歩く速さでさえ普通の人より早かったんだ。彼らが動き出したらボクの所まで一足飛びに駆けてくるだろう。
「ヒョーリ、ヒョーリ、なぜ逃げる?」
必死に走るボクの隣からのんびりとしたが聞こえる。ほら、カプリオでさえボクに追いつける。必死に走ってもボクは遅いんだ。
「教会まで連れて行って!」
カプリオの返事を待たずに、ボクは彼のモコモコとした長い毛にしがみついた。
「アンクスのトコに行きたかったのか。」
ボクがしがみついてもカプリオはスピードを落とすどころか、意志を汲んで更にスピードを上げてくれた。
カプリオの速さに安心して、ちらりと後ろを振り返れば漸く駆けだした魔族たちが、のろのろとボクを追い始めているのが見える。助かった。魔族たちは本気で走ろうとはしていない。まるで庭に迷い込んだ子供を仕方がないと追いかけているようだ。
「アンクス様!ライダル様!魔族!!魔族がいた!!」
カプリオに引きずられながら、遠目に見えてきた教会に向かって大声を上げる。少しでも早く知らせれば、アンクス様達も迎え撃つ準備ができる。そう思って遠くへと声を飛ばす。
カプリオは早かった。
遠くに見えた教会が瞬く間に目の前に迫る。転がるようにカプリオから降りると永い間教会を守ってきたドアを乱暴に開けて室内に入り床に空いた穴へと再び叫ぶ。
「魔族が3人も出たんだ!!」
「魔族だと!?」
地下へと続く部屋の扉から出てきたアンクス様達も驚いた表情をしているけど、ボクのように怯えた顔は見せる事は無かった。それがとても心強い。
「勇者の剣の試し切りには丁度良い相手だぜ。」
「たった、3匹だろ?恐れる事はねぇぜ。」
「ここで倒せば、宣伝文句として申し分ない。」
「魔族の実力を測る良い機会じゃ。ワシも文献でしか読んだ事は無い。」
勇者の剣を使って魔族を狩れば新しい話題は大きくなる。魔族を倒し勝った証を持ち帰れば、勇者の力を更に強める事ができるかもしれない。
勇者の力は人々の期待を受けて強くなるのだから。
「邪魔になるから、コレはオマエが持っていろ。」
アンクス様は勇者の剣じゃ無かった鉄の剣をボクに渡すと、意気揚々と教会を出て行った。
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カーン。カーン。ガツーン。
良く晴れた空に剣戟の音が響き渡る。
アンクス様達は教会から出ていき、ひとつ先の辻で魔族たちと戦っている。でも、ボクが出ていったって戦いの手助けどころか足手まといにしかならない。そう思って教会のドアの所から半身を乗り出して戦いを見守ることにした。教会には結界もあるしね。
(すげぇ戦いだな。)
戦いの衝撃はボクの所まで飛んでくる。魔族の速い動きで疾風が起こるし、アンクス様の持つ勇者の剣は衝撃波を飛ばすとウルセブ様は言っていた。
アンクス様が2人、ライダル様が1人の魔族を相手取り、それにウルセブ様とモンドラ様が状況に応じて牽制の魔法を飛ばす。対して魔族の方も人間とはかけ離れた脚力で縦横無尽に駆け回り太い腕から暴力を飛ばす。数の不利をものともしない。
ボクの目にはすごい戦いが繰り広げられているように見えるけど、多分どちらも本気を出していない。これからの戦いが有利になるように相手の力を見極めるようとしているようにさえ見える。
激しい戦いなのに誰も息を乱してはいなかったんだ。
(勝てるかな?)
アンクス様達に勝ってもらわなきゃ、ボクは街に帰れない。
(大丈夫なんじゃねぇか。アンクスはまだ『耕す一振り』を出していないぜ。)
アンクス様達は、まだ『ギフト』を使っていないと思う。少なくとも『耕す一振り』、いや戦う時は『破邪の千刃』かな、を見ていない。たくさんの刃が現れる『破邪の千刃』は見たらすぐに分かるからね。
(使えないだけかもよ?)
4人と3人が入り乱れて剣と槍で戦っているんだ。近距離での戦いでは『破邪の千刃』のたくさんの刃は仲間を巻き込んでしまうかもしれない。
(タイミングくらい作れるんじゃねぇか?魔法で目くらましをしている隙にでもさ。)
魔法の戦いの事は良く分からないけど、先ほどからウルセブ様とモンドラ様が杖を振り回すたびに水の玉や土の塊が飛んでいる。ボク達が使う魔法なんかより大きくて当たったら痛そうだ。上手に誘導できれば『破邪の千刃』を使う隙を作れるのかもしれない。
(魔族は『ギフト』を使っているのかな?)
人間より早い脚を持っていた魔族の様子は見ていても分からない。人間なら『ギフト』を使わなきゃ走れない速さで動き回るし、跳躍の幅も人間よりも大きい。見ていても『ギフト』のおかげで早いのか、それとも彼らの身体能力が高いのか分からない。
体つきが大きいから、『ギフト』なんて使わなくてもあれだけの動きができるのかもしれない。
「ヒョーリ、ヒョーリ。なんで、みんなはケンカしてるの?」
カプリオが不思議そうに聞いてくる。
「なんでって、魔族だよ!?」
魔族は怖いもの。魔族は恐ろしいもの。そう聞いて育ってきたんだし、実際に魔王の森の入り口で魔獣や魔族から街を守るために砦がある。だから、魔族の異形の顔を見た時から怖かったし逃げ出した。
「みんな仲良くすれば良いのにねぇ。」
カプリオの言葉で初めてボクは勘違いに気が付いた。『勇者様は魔族の子と暮らすために村を開いた。』『ハグレた魔族もこの村に住んでいた。』と、カプリオは事も無げに言っていたけど、この村では魔族も暮らしていたんだ。
村を護る結界があるのに、どうして魔族が入って来たのか不思議だったけど、魔族が暮らす村に魔族が入れない結界を作るはずがない。ここは人間だけの村じゃ無いんだ。カプリオには魔族と仲良く暮らす方が普通だったんだ。
「もしかして、あの人達は良い人なの?」
もしかして、ボクが騒いだから戦いになってしまったんじゃないのだろうか?あの魔族たちはボクに危害を加えるつもりなんて無く…。不安に思いながらカプリオに尋ねる。
「知らない人だよ。そっか、キグリも知らない人とはケンカしていたもんね。」
どうやら、この村は人間の街とも魔族の街とも仲が良くなかったらしい。魔族の街から逃げて来た魔族を連れ戻しに来た追手と戦う事もしばしばあったそうだ。
かっきーん!
魔族の持っていた異形の槍がアンクス様の剣によって弾き飛ばされボクの足元に突き刺さる。目の前の魔族が良い人だったかも知れないと荒唐無稽な事を考えている間に、目の前にはいつの間にか魔族の3人が集まっている。
真正面のアンクス様が大上段に、頭の上に勇者の剣を掲げているのが見える。
「マズイ!逃げろ!ヒョーリ!」
ジルの叫びが上がる。アンクス様の大上段、クワを振り上げる動きは『破邪の千刃』の構え。アンクス様とボクの間に魔族が三人そろっている。
とにかく遠くへ!必死の思いで奥へと走り出すと教会の重たい扉は勝手に締まっていく。
「『破邪の千刃』!!!」
アンクス様の声が響くと魔族を狙った衝撃波が教会を襲い壁が吹き飛び、衝撃の余波なのか暴風が教会の中を駆け巡る。
永い間、教会を守ってきた扉に押されるようにしてボクとカプリオは、一昨日落ちたばかりの床の穴に再び落ちて、暴風に賢者様の像まで転がされた。
ずん。ずずずうぅん。
穴から大量の瓦礫が降って来る。
もしかして、教会が潰れてしまったのだろうか?
ヘンテコな棒の白い明かりに舞う埃を見ながらボクは意識を失った。
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次回:チロルの『巣穴』




