狼煙
第3章 遺跡になんて行きたくなかったんだ。
--狼煙--
あらすじ:やっぱり豪華な剣が勇者の剣だよね。
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くる。くる。くるん。くるん。
焚火の火で焦げ付かないように様子を見ながらハンドルを回す。ハンドルの先には羽を毟られて香草を詰め込まれたチロルがこんがりとキツネ色になって刺さっている。
5羽も。
1人1羽ずつあるジュワっと脂が滴たる肉は、大きなソダマでも丸々焼ける長い串に刺さっていて重たい。それに、それぞれの下に焚火が有って、焚き木をくべるだけでも一苦労だ。
アンクス様達が廃墟となった村に到着して一晩を明かした。
廃墟の畑を嘆きながらアンクス様が刈り入れ、ライダル様がチロルを苦労する事も無く捕まえる。カプリオから離れようとしないウルセブ様をモンドラ様が説得して料理ができる。
昨日の夜はパーティーだった。
なんて言ったって旅の目的だった勇者の剣を手に入れたんだ。おまけに安全な結界に肉も野菜も取り放題。今までの旅だって、村々でお世話になったりライダル様が狩りをしたりで。保存食に手を付ける事は少なかったけど、どこか緊張していた。
万が一の事を考えると食べすぎる訳にはいかないだろう。お酒は飲んでいたけど。
でも、どうせ持って帰れない肉や野菜がたくさんあるんだ。食べつくす勢いで食べたって問題ないよね。お祝いだし。
おかげで、お腹いっぱい食べる事ができた。
そして、一晩明けた今日もボクはクルクルとチロルの肉を焼いている。もう一晩、村に泊まるためだ。
村に食料もあり脅威が無いのなら、勇者の剣に関する物が無いか確認したい。せっかくだし他に良さそうな物が無いかも見ていこう。ここは古の勇者が居た村なんだから、他にも何かあるんじゃないか?お宝が。
そう言って、アンクス様達は村を探索する事にした。廃墟のようにしか見えないけどカプリオが居た事で期待が高まっているんだ。魔王の森の中にある、この村まで来るのも一苦労だし、収穫は多い方が良いよね。
ボクも帰りの道中に馬車の中で寝る事を考えると、もうしばらくココに居ても良いかなと思う。アンクス様とモンドラ様に囲まれてハンモックで寝るのは勘弁してもらいたい。昨晩だって何とかボクだけ教会で寝れるようにお願いしたんだ。
アンクス様達が村の探索をしている間に時間がかかる丸焼きを焼く役目を仰せつかった。宝を探すのにボクが邪魔なのかもしれないとジルは言っていた。ボクが足手まといと言うよりも、山分けの人数が増えるから。
宝には興味があるけど、アンクス様達と一緒に居る方が気疲れしそうだし、ボクはもう探索を終えているから丁度良かったのかもしれない。
美味しいチロルを食べられるんならボクは文句なんて無いよ。
カプリオやジルとお喋りしながらクルクルと串を回せば、チロルを焼く香ばしい煙がモクモクと上がる。
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「ヒョーリ!ヒョーリ!誰か来たよ。」
ウルセブ様にずっと追いかけられる事に辟易したカプリオはボクと一緒に残ることになった。モンドラ様は村の案内を頼みたがっていたけどね。最初はウルセブ様との追いかけっこを楽しんでいた彼も、お腹を執拗に撫でまわされる事は嫌だったみたいだ。
「アンクス様じゃないの?」
ざっと村を一回りして安全を確かめたアンクス様達は教会の方へ行っていた。勇者の剣もカプリオも教会に居たんだから、お宝がある可能性が一番高いと考えているのだろう。戻って来るには少し早いかとも思うのだけど、何も無い教会を見てさっさと諦めたのかもしれない。
「ちがうよォ。アッチにいるよ。」
カプリオは赤い舌を教会とは反対の方角、村の入り口の方へ伸ばすけど、建物の影になるその方向には誰も見えない。村には結界が張ってあって魔獣は入って来れないハズだから、誰かとは人間だよね。
(おいおい。こんな場所に誰が来るって言うんだよ?)
ジルが声を潜めて言う。
「ボク達以外にも誰かが村に来たのかな?」
ボク達の後を着けて誰か別の人が来たのだろうか?兵士の人たちかも知れない。何か急がなければならない事情が有ってアンクス様を追って来たとか。アンクス様の後を追いかけてくれば魔獣が駆除された道を通ることができる。
でも、盗賊が勇者の剣を狙って後を着けてくるなんて事も考えられるかな。ボク達の目的は村々で触れ回ってきたんだもの。
「うん。3人。」
念のためチロルの肉が焦げないように火から離して、お尻に敷いていたマントを羽織って身を隠そうとしていると、ザクザクと足音が聞こえてきた。
3人分。村の入り口から人間が歩く速さにしては、ずいぶんと早い。
「無人の遺跡から煙が上がっているから確認に来てみれば、人間だと?」
先頭の足音の主がびっくりした声を上げる。
太く長く毛に包まれた手に持つ、トゲがたくさん付いた異形の槍。黒く大きい目を持った顔に鬣のような毛と横に突き出した曲がった角。彼らは人間より大きな体躯を持ち、人間より素早く動くことができる。
魔族。
魔王を頂点として魔王の森の奥の街で暮らしているハズの彼らが目の前に居る。物語では聞いた事が事はあるけど、命からがら逃げかえった話と、勇者様に討伐された話しか聞いた事が無い。そして、その話には沢山の犠牲になった人々がいる。
「な、なんで…。」
魔王の森では会わなかったんだ。話では魔族なんて魔王の森の奥から出てくる事なんて無いハズだ。だって、魔王の森から魔獣が出てこないように守っている兵士さん達でさえ魔族に会った事は無いんだ。
バクバクする心臓に足を動かすことができない。
なんで結界に護られた村に、結界が生きている村に、魔族が居るんだ?
チロルの肉が焦げる事なんて考えないで逃げれば良かった。後からアンクス様達に怒られる事なんて気にせず逃げれば良かった。マントなんて羽織っていないで一目散に逃げれば良かった。後悔が頬を伝う。
「お、おい!泣くなって!」
「オマエの顔が怖すぎるんじゃねぇか?」
「ちげぇし!オレの顔は怖くねぇし!」
魔族が騒ぎ出す。なんか人間っぽい?
(な、なぁ、逃げようぜ。)
突然始まった魔族の言い合いにキョトンとしているとジルが囁いてくる。
(捕まればどうなるか分からねぇし、アンクス達に任せようぜ。)
魔族たち3人はからかうように言い合っていて、注意はボクから離れている。これが最後のチャンスかもしれない。捕まれば頭からボリボリと食べられてしまうかもしれない。
教会まで逃げればアンクス様、勇者様がいる。
ボクでは太刀打ちできない魔族かもしれないけど、アンクス様なら戦えるかもしれない。素早い動きをする魔族から逃げられる気もしないけど、ボクは脇目も振らずに教会へと走り出した。
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次回:教会の『崩落』




