卵
第3章 遺跡になんて行きたくなかったんだ。
--卵--
あらすじ:踊り場で寝てしまった。
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(卵も良いけど、お肉はどうかな。)
うすぼんやりと明るくなった集会所の広間の片隅、踊り場の上で目を覚ましたボクはチロルの卵の味に思いを馳せながら、同時にお肉の味も思い出していた。
チロルがあれだけ居たんだから1羽くらい捕まえられるかもしれない。血の通っていない魔獣のお肉は食用にはならないけど、家畜として飼われているチロルのお肉は食べられる。
魔獣の卵が食べられるかは知らないけど。
(ん、ソイツはどうかな。)
(小さい頃に捕まえた事もあるよ。)
ジルが困ったような返事を返してくるから少しムキになってしまった。
チロルはおとなしくて臆病で飛べない鳥だから、村に住んでいた子供の頃に知り合いの家にいたのを追いかけまわして遊んだことがある。その後、飼い主にメチャクチャ怒られたけど。
捌き方だってエマンドの解体を教えてくれたジルが知っているだろう。
(いや、数がな。たぶん、ヒョーリが思っているより沢山いるぞ。)
耳を澄ますと、確かにチロルのコッコと言う鳴き声が聞こえてくる。ガラスの割れた踊り場の窓から外を覗くと、十数羽のチロルが一心不乱に地面をつついていた。踊り場の窓から覗ける範囲だけでね。
(…たくさん居るね。)
(そうだろ。倍以上の数が集会所の周り中にいるぜ。たぶん村中にいるんじゃないか。)
(食糧庫にこんな数が入っていたのかな?)
人間が居なくなって、魔獣が入って来られない廃墟はチロルにとっての楽園になっていたようだ。でも、集会所の食糧庫がいくら大きくたってこんな数のチロルが住めるわけが無い。
(ここの他にも巣はあるんじゃないか?食糧庫の向こうからも鳴き声が聞こえて来たぞ。)
ようやく目が慣れて見え始めてきた大広間は、天井が抜けて2階の様子が見える。昨日の夜には机だと思っていた破片の中に天井だったものらしい板が混ざっていた。なるほど、この部屋は少し危険かもしれない。天井が降って来る部屋なんてイヤだもんね。
とすると、食糧庫の方は天井が落ちて無いのかもしれない。そう言えば街の食糧庫なんかでは温度の変化を小さくするために石で囲むことがあるって聞いた事がある。暖まりにくく冷えにくい石で囲った方が野菜を長持ちさせる事ができる、とかなんとか。
(ここは危ないみたいだけど、チロルも安全な場所が分かるのかな。)
今すぐに天井が落ちて来るとは思えないからしばらくは大丈夫だろう。でも、ほうっておくと畑を荒らして走り回るチロルの姿を思い出すと、とてもそんな知恵を持っているとは思えない。
(さてな。何羽か天井の崩落に巻き込まれたんじゃないか。まぁ、ヤツ等は朝飯に夢中みたいだから卵を獲る方が楽だと思うぜ。)
確かに数羽を相手にするならともかく数十羽に囲まれたら、いくら大人しいチロルとは言えタダじゃ済まないかも知れない。お腹が空いているとはいえ朝からガッツリお肉を食べたいほどじゃ無いしね。
卵だって、しばらく野草しか食べられないと思っていたんだから十分なご馳走だ。チロルが朝ご飯を食べ終わって満足する前に少し分けてもらう事にしよう。ボクは踊り場から大広間に降りた。
机と天井が崩れてまぜこぜになった床には破片が散乱していて歩きにくい。よくもまあ昨日はこの中を走って逃げる事ができたものだ。キッチンを見回しても新しい鍋は発見できなかった。ここは昨日も探し回ったから仕方がない。
ゆで卵にするにしても目玉焼きにするにしても、調理するための道具が必要だ。生で食べるわけにはいかないよね。
まだ中を見ていない場所に鍋かフライパンが有れば良いのだけど。今は石で囲まれた食糧庫に鍋が腐らずにのこっている事を期待するしかない。
開けっ放しで逃げた食糧庫のドアをくぐると、中は明り取りの窓が天井の近くに小さく開けられていてチロルの独特の匂いが充満していた。奥の方から明かりが漏れてくるのは外へと続く扉だろうか。食器が入っていそうな棚の中を覗くけど影になってしまって何が有るのか分からない。
(暗いね。)
(明かりが無いと見えないな。火を点けようぜ。)
チロルが残っていたらと考えると面倒だけど、明かりが無いと探し物もできない。ボクの『失せ物問い』は物を限定できないと探せない。あやふやに鍋と聞くだけでは妖精が答えてくれないんだよね。妖精も困ってしまうのかもしれない。
見えなければ探す意味も無いからボクは魔法の火を灯すことにした。親指大の火が指先に現れて辺りを照らしてくれると影が濃くなり大きく伸びる。
(食器棚の中は全滅か…。ん、おい、壺があるぜ。)
木でできた棚は板が崩れて中に入っていた食器が割れてしまっている。金属も錆びて腐っている。でも、床に置いてあった壺は割れずに残っていたようだ。蓋までしてある。
(中身は…、ダメだね。真っ黒な粉しか入っていないよ。)
ボクの頭より大きい壺の中身は真っ黒に変化した何かだった。100年も前の食べ物が残っているとも思えないし、食べられないよね。たぶん。
(鍋の代わりにはなるんじゃねえか?)
壺。そうか、壺でも火にかけられるんだ。昔話のお婆さんが壺を使って薬を作っていたのを思い出した。これならゆで卵を作ることができる。中の黒い物がキレイに無くなれば良いね。
チロルが朝ご飯を食べに巣から出払っている事を確認してから、壺の中に3つほど卵を入れた。黒い粉になった中身を捨てて中にチロルの巣から拝借した草を敷き詰めて卵が割れないようにしておいた。ジルに言われてやったんだけどね。蔓で編んだカゴならこんな面倒な事をしなくても済むのに。
他にもいくつか使えそうなものを両手に抱えて、食欲を落とすようなチロルの臭いから脱出した。外まで出ると明るくなってきた空は昨日降った雨を感じさせない爽やかな物だった。
(ん~、気持ちいい。)
街のゴミゴミした感じが無い。山と森のすがすがしい空気。
(今日は晴れそうだな。)
もうしばらく、この廃墟に居なきゃならない事を考えれば憂鬱だけど、チロルの楽園になっているこの村なら安全に暮らせそうだ。ドンヤキとチロルの卵もあるしね。
ひとつ欠伸をする。
昨日はひどく疲れたし、変な態勢で寝たからまだ眠たいんだ。安心して気が抜けたのもある。
(あ!畑があるよ!)
涙目になったボクの目に飛び込んできたのは、朝日の眩しい光と村の外れにある小さな畑。こんな辺鄙な場所に有るんだから、自分で食べ物を作らなきゃならなかったんだね。行商人だって来るかも分からないし、行商人の馬車で運ぶ程度で足りそうなほど小さな村にも思えない。
考えてみれば畑があるのが当たり前だった。
人の手が無くなって、荒れ果てては居たけど、チロルの好きなモロコンも生えている。他にも大きな畑があるかもしれない。
(ナリは小さいけど食えそうだな。)
畑に駆け寄ってひとつもいでみる。農家の人がきちんと手入れをした畑じゃないから実っているモロコンは小さい。でも、他にも食べられそうな野菜がいくつも成っているんだ。
アンクス様達が来るまで魔獣と食べ物の心配をしなくても済む。
ボクはもうひと眠りするために青い屋根の集会所に戻ることにした。
今度はゆっくり眠ることができそうだ。
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次回:廃墟の『探検』




