食糧庫
第3章 遺跡になんて行きたくなかったんだ。
--食糧庫--
あらすじ:暗闇から何かが飛び出してきた。
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バサバサバサ!
「うわぁぁぁぁぁああ!!」
右手に松明。左手にジル。
暗闇から突然飛び出してきた影にボクはショートソードを抜くことができなかった。
「ケーケーココッココッココ!!」
動けないボクに聞こえてきたのは小さい頃から聞き慣れた声。バサバサと飛び出してきたのはチロル。村で家畜として人間に飼われている飛べない鳥の声だった。
大きな声で鳴きながら鋭い爪でボクにキックをかまして来る。あるものは飛べない翼で飛んでボクの頭を踏んづけるし、そしてあるものは鋭い嘴でボクの膝をつつく。
そう、1羽だけじゃない。羽で見にくいけど何羽も居たんだ。
膝くらいまである体でのタックルを受けて、ボクは堪らず逃げ出した。
足元が悪くて転げそうになるけど、右手の松明を離すワケにもいかないし、絶対に左手のジルだって手放すことはできない。
何とか広間まで辿り着くと、松明をめちゃくちゃに振り回して入り口を牽制する。動物は火が苦手だって聞いたことがある。けど、意に反してチロルはボクの後を付いては来なかった。
(静かになったみたいだぜ。追っては来ないみたいだ。)
(助かった。びっくりしたよ。)
松明を持つことができない彼らは暗い中を走り周る事ができないのだろう。
(食糧庫を巣にしていたみたいだな。)
そう言うとジルは食糧庫の中の様子を語ってくれた。ボクがびっくりしている間にもちゃんと中を見てくれていたんだ。ジルによると、中は食器がたくさん入りそうな棚や、保存用の棚、木の箱や樽がたくさんあって、その隙間に収まるように草でできたチロルの巣があったのだそうだ。
(チロル小屋は無いのかな。)
欠伸が出そうなのを堪えて頭を働かせる。今は欠伸をしている場合じゃ無いよね。村では専用の小屋を作って入れていた。この廃墟になった村でも同じことをしていたハズだ。
(人間の家の屋根も無くなっているんだぜ。チロル小屋なんて残っているかも怪しいさ。)
村のチロル小屋は木でできていた事を思い出して納得する。屋根まで木でできていたと思う。屋内のテーブルでもボロボロに崩れているのに家の外の木の小屋が残っているとも思えないよね。
(まぁ、チロルの巣ができていたんなら、魔獣は居ないよ。安全じゃ無いかな。)
(魔獣が住んでいたら、とっくに食われて全滅しているもんな。)
魔獣や動物にチロル小屋が襲われるのはよく聞く事件だ。逆にチロルが生きているなら大きな魔獣が居ないって事だと思う。
(そうそう、広間まで追いかけてこないみたいだし、ここで寝かせてもらおうよ。)
少し早い時間だけど、魔獣の鳥に襲われたのもあって眠くなってきた。
(いや、ビノリが居るかも知れねぇ。2階に上がろうぜ。)
村の中を手も足も無くニョロニョロと動くビノリを思い出してゾッとする。チロルの卵を狙って小屋に入り込むんだよね。2階まで這って登って来る事も有るけど、1階よりはマシかもしれない。
ボクは何度目かの欠伸を噛み殺して崩れた階段を見る。
踏板が無いけど手を使えばよじ登れない事も無さそうだ。4本足の動物が居ても登って来る事ができないので安心だろう。チロルだって登って来れないんじゃないかな。
(そうだね。少しでも安全な方が良いよね。)
魔王の森の中にある廃墟の村では慎重になりすぎるくらいが良いかもしれない。
松明を瓦礫の山に突き刺して、階段の下に散らばった踏板らしきものをどけて登りやすくした。この板は後で焚き木に使えそうだからまとめて置いておく。外は雨が降っているから乾いた焚き木が有るのはありがたい。
ジルをベルトに差して踏板を留めていただろう出っ張りを使って2階までよじ登った。2階で新しい松明を作れば良いからね。
でも、よじ登った先に有ったのは大きな穴が開いたボロボロな木の廊下だったんだ。
(この先には行けないよね。)
階段の踏板が落ちていたんだ。木でできた廊下が落ちていても不思議じゃ無い。
(念のために見ておきたかったんだけどな。)
小さな動物くらいなら通れるかも知れないけど、ボクを襲いそうな大きな魔獣や動物が歩けそうにない。それより足場が悪くて松明が無いとろくに見えないような暗い中を探索する方が危険だ。逃げる事もできないしね。
(でも、2階で寝るって作戦が使えなくなったよ。)
(階段の踊り場は石でできていただろ。1晩くらいならイケるんじゃねぇか?)
1階と2階の真ん中、階段が曲がっている踊り場は広く、下にはレンガでできた小さな部屋になっていた。この下は掃除用具や雑用の道具が入っている倉庫みたいだったんだよね。道具もボロボロになっていたから推測でしか無いけど。
階段の踏板が落ちて1階からも2階からも独立しているので一番安全だろう。石でできているから穴が開いて落ちるって事も無い。
(少し狭いけどね。)
寝返りをうって落ちるかも知れないけど。
風の魔法で埃を飛ばして座り込むと、どっと疲れが押し寄せてきた。いつ魔獣に襲われるかドキドキしながら息をひそめて歩くのって疲れるんだね。森を歩いている時間よりも魔獣を避けるために身をひそめている時間の方が長かったようにも感じる。
冷たいレンガの壁に頬を当てるとひんやりとして気持ちがいい。
もう少し探索した方が良いのかもしれない。でも、雨が降って暗いし、明るくなってからでも良いんじゃないかな。
ガマンしていた欠伸が出る。
(ああ、おい、まだ寝るなって!)
1階に残してきた松明が燃えるのを見ながら、ボクは泥のように寝てしまった。
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「コケー!コッコッコッコ!コケ~!」
チロルの騒ぐ声でボクは目を覚ました。
夜明けから鳴き声がうるさくて街の中で飼っている人なんていないから久しぶりに聞いた気がする。実際、まだ夜明け前でうっすらと暗い。雨の音はしていないけど雲がかかっているかもしれない。
(起きたのか?せめて横になって寝ろよ。)
ボクは床に座って壁にもたれかかったまま寝ていたらしい。変な恰好で寝たから体中がバキバキに痛い。
(ん、今からそうするよ。だから、もう少し寝かせて…。)
いつもより早い時間に寝たハズなのに、まだ眠たい。だって、まだ日は出ていなくて、いつも起きる時間より早いからね。二度寝したって良いよね。
どうせアンクス様が来るまで予定は無い。食べ物は探したいけど明るくなってからの方が良いと思う。
(いや、起きたんなら今がチャンスかもしれないんだ。)
(何が?)
寝ぼけた頭ではジルの言いたいことが判らない。
(卵だよ。た、ま、ご。チロルが外に出払っているんだ。今がチャンスだぜ!)
村のチロルも夜明け前にエサを食べに行く習性があった。確かに今ならチロルの卵を獲るチャンスかもしれない。ぐ~っと鳴るお腹と相談するまでも無い。昨日は酸っぱいドンヤキの実をかじっただけで寝てしまったんだ。お腹が空いているに決まっている。
チロルのゆで卵の味を思い出して、思わず舌なめずりをしたって仕方ないよね。
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次回:『卵』泥棒。




