遺跡の村
第3章 遺跡になんて行きたくなかったんだ。
--遺跡の村--
あらすじ:木から降りた。
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魔獣がうろつく森の中を進む。
ジルが居なかったらボクはまだ木の下で震えていたかもしれない。だって魔獣に出会ってしまったらひとたまりも無いんだよ。頼れる相棒がいるって、なんて心強いんだ。
(おう、本当にコッチで良いのかよ?)
森の中は木々や下草が鬱蒼と茂っていて魔獣が通っただろう獣道しか歩くことができない。つまり、魔獣と出くわす可能性が高いんだ。
ボク達は森の中でアンクス様達を待つより、遺跡の村まで行く事に決めた。アンクス様達がボクを見つけてくれるとは限らないからね。
(うん。妖精がコッチだって言っているから大丈夫だと思う。)
魔獣が木を切り倒してくれているワケでも、まっすぐな道路を作ってくれているワケも無く、獣道は曲がりくねっている。でも、信じて進むしかない。ジルの『小さな内緒話』で無音の声を掛け合いながら、大きな音が鳴らないように、魔獣の足音を聞き逃さないように、慎重に森を進んでいく。
森の中は静かじゃない。虫の声や鳥の歌に風の音。それらすべてがボクを見張っているかのような感覚に襲われる。チリチリと鳴く虫に、ポッポッポーと歌う鳥。ザワザワと草木を揺らす風の音。そして、ボクの足音だってカサカサポキリと響いてくる。いつもより大きく聞こえる。
不安でお尻の当たりがむずむずして居ても立っても居られなくなる。
(おい、何か聞こえる。…足音だ!)
ジルの声に耳を澄ますと遠くから落ち葉の擦れる音とポキポキ言う枝を踏む音が聞こえる。単独じゃない。複数の人間、あるいは魔獣の足音だろう。とにかく魔獣だったら怖いから大きめの木の影に身を隠す。
(もしかしたらアンクス様達かも知れない。)
ドキドキしながら一縷の望みを持って言ってみたけど、間違っていたら魔獣にぺろりと食べられてしまう。空に浮かぶ魔獣の馬車を見る事ができればアンクス様だと確信できるのに。空を隠してうっそうと茂る森の木の葉を恨めしく見上げる。
(それなら簡単に解るぜ。雷鳴の剣はどこにある?)
ジルの声に『失せ物問い』の妖精が囁く。どうやらアンクス様ではないようだ。だって妖精が囁いた場所は足音が聞こえた方向と全く違う。
それどころか木を降りてすぐに『失せ物問い』で確認した時よりも離れているように思える。森の上を飛んできたボク達と、森の中を魔獣に警戒しながら歩いてくるアンクス様達。見つけてもらう事は本当にできないかもしれない。
(残念だけど違ったよ。)
(なら、静かに身を隠しておこうぜ。)
ジルと一緒に木の影に身を隠して足音が消えるのをひたすら待った。むずむずするお尻と、バクバクする心臓に、ほんと生きた心地がしなかったよ。
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ジルは『小さな内緒話』という『ギフト』のおかげか、それとも毎晩色々な場所に聞き耳を立てていたからか、とても耳が良かった。ボクが気づかないような小さな音まで聞いてくれて近づかれる前に身を隠すことができた。
時には木に登ったりしてね。
魔獣から身を隠すことを繰り返しながら傾斜を登って行くと、森を抜ける事ができて予定通り遺跡、『賢者の居ない遺跡』に辿り着くことができた。
遺跡は山に沿った高台に作られていて今まで歩いてきた森を見下ろすことができる。山の中腹に黄色い石を基調にした遺跡だけぽっかりと切りぬかれたように存在していた。
(音はしないみたいだし、そろそろ中に入ろうか。暗くなってしまう。)
遺跡に入る前にジルの提案でしばらく中の様子を見ていたんだ。ボクが安全に過ごせるって事は魔獣にだって安全な住処になるかもしれない。中から音がしないか様子を見ていたんだ。
誰もいない静かな村は低い石垣に囲まれていて、崩れた家々を構成する黄色い砂岩のレンガが赤い夕陽に照らされている。
石垣を乗り越えて中に入ると魔獣除けの結解に入った時の薄い膜を通過したような感覚を覚えた。村や街なんかでは魔獣や動物が入って来れないように結界を張っている事が多いから、きっと同じ物だろう。
(結界が生きているんだ。)
(ひとまず安心かな。だが、どこかに結界の穴があるかも知れないから気を付けておけよ。)
結界も絶対じゃない。古い物や簡易的な物だと、空からや土の中から抜けて結界の中まで魔獣が入って来る事が有るそうだ。この村が作られたのが200年前だって話だから、相当に古い物になるはずだ。
今日の寝床のために屋根の無くなったレンガ造りの家々を見て回って寝心地の良さそうな家を探す事にした。家の中は荒れていて、屋根瓦が落ちていたり、壁が剥がれて散らばっていたりしている。もちろん結界があるからって壁に穴が開いているような崩落しそうな家は止めておきたい。
レンガが落ちてきたら怖いもんね。
(おい!あっちに大きな家があるぞ!屋根も見える。やったぜ!ドンヤキまで生ってるんじゃないか!?)
大通りに小川が流れている村の真ん中に屋根の青い大きな家が建っていた。それは今まで泊って来た村々の集会所のように大きく、いや、この村の集会所だったのかも知れない。
家の前には広場があって、取り囲むようにドンヤキの赤い木の実が生っている。オヤツの干し肉しか持っていなかったボクにとって大事な食料だ。魔王の森でのんびり野草なんて取っていられないからね。
たわわに実るドンヤキをひとつ捥ぎり取ると袖にこすりつけて齧って顔をしかめた。
(ちょっと酸っぱいかな。)
街の市場で買うドンヤキより酸っぱい。もともとこの村で育てていたのが放置されているのだろう。太くなった木の幹は古く、枝だって伸び放題になってドンヤキの実の重さでしな垂れている。
(肥料が少ないんだよ。風通しが良いから森の中のように木の葉が溜まらないんだ、きっと。)
農家できっちり剪定して育てられたドンヤキと違うのも当然だろう。
ポツン。
酸っぱいドンヤキに掴む腕に雨粒が落ちた。
(あ、雨だ。)
夕陽が見えるくらい天気が良かったはずなのに。不審に思いながら空を見上げるといつの間にか薄い雲がかかっていた。
(濡れる前にあの家に入ってしまおう。)
屋根のある家は1件しか無かった。いきなりの夕立にボクはドンヤキを急いでいくつか捥ぎ取って青い屋根の家にもぐりこむことにした。
森に留まって雨に打たれずに済んでよかったよ。雨に会うなんて思っていなかったものね。
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次回:雨の降る『青い屋根の家』




