空中
第3章 遺跡になんて行きたくなかったんだ。
--空中--
あらすじ:ハンモックで寝た。
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思った通り、ハンモックではほとんど寝る事ができなかった。だって、右を向いても左を向いても闇の中から覗かれているような気がするんだよ。勇者アンクス様と僧侶モンドラ様に。
それに、ふわふわのハンモックではしっかり寝返りがうてなかったから、体が変な風に曲がっている気がする。けど空の上で寝れば安全だし、もうしばらくの辛抱だ。
魔法の水に頭を突っ込んでも眠たい目で焼しめたパンを炙って今日も空の上に行く。
今日はジルを隣に持っている。
ボクが手に持っていればジルだって色々な方向から景色を楽しめるに違いない。荷物の中じゃ同じ方向しか見えないだろうし、せっかくの珍しい景色なんだから楽しんでもらわないとね。
(いや、まぁ、見えるのは木のてっぺんばかりで変わらないと思うんだけどな。)
(そんなことないよ。あっちの木は葉っぱが上を向いているし、こっちの木は葉っぱが3つに分かれて垂れているんだよ。不思議だと思わない?)
地面からでも葉っぱの違いは分かるんだけど、空の上から眺める木の葉はまた違った趣があると思う。光を目指して伸びていく様を見ているだけでも飽きないんじゃないかな。
(ああ、まぁ、違うっちゃ、違うけどな。でも、おんなじ緑だ。)
ジルは詰まらなさそうに答えた。山も見えて風も心地よい、こんなに素敵な風景なのに。
とはいえ、長い事空の上に居るとやることが無い。ウルセブ様が乗ったアラスカが引っ張っているだけだからね。ボクは景色を眺めながら、時折下から聞こえてくる戦いの音にびっくりするしかすることが無い。
暖かいポカポカした日差しに昨晩の寝不足もあって眠たい。寝たらアンクス様に怒られそうだから、ジルと話して誤魔化していたんだけど、夜通し話していた事も有ってそろそろ話しのネタが尽きてきている。
ジルにボクの代わりに返事をしてもらって寝てしまいたいけど、案内ができるのはボクだけだし、ジルの声は女の子にしか聞こえないんだから無理だよね。
ジルとの話が途切れてしまってぼおっと考えながら遠くを見ていると、空に黒い点が現れた。
1点、2点と増える点は、瞬く間に大きくなっていき、すぐにそれが鳥の形をした魔獣だと見えた。
「魔獣だ!!鳥の魔獣だ!!」
ボクは下を歩いているハズのアンクス様達に向かって大声を上げた。アンクス様の雷鳴の剣なら相手が飛んでいても、空を駆ける雷の力で魔獣を落としてくれるだろう。
そう思って大声を上げたんだけど、あいにくと足元には大きな木しか見る事ができない。そして、大樹が声を阻んでいるのかアンクス様達からの声もボクには届かない。
アンクス様達と声を掛け合う時は木々の開けた場所だった。木の葉だけで声が届かなくなるなんて思えない。下の戦いの音だって聞こえていたんだ。でも実際問題、下からの声は聞こえないし、何かが動くような気配も無い。
(おいおい、やべぇぞ。3羽も居やがるぞ!)
黒い点は今や大きくなって目の前に迫ってきている。
ボクが、ボクが戦うしかない。
砦で戦った時のように弓矢は使えないから、いくつか小石を拾ってきている。これで凌いでいる内に下にいるアンクス様に気付いてもらうしか方法は無い。
ボクはジルを立てかけて袋をから石を取り出して、いつでも投げれるように席を立つ。
当てる自信なんて無いけど、鳥が馬車に近づかないように牽制さえすれば良いんだ。
「うおおおおぉぉぉぉお!」
アンクス様達に聞こえるように大声をあげながら石を振りかぶる。
目の前まで近づいてきた魔獣めがけて力いっぱいに投げつける!けど、鳥は風に乗るようにすっと斜め上に避けてしまった。
「助けて!!」
避けられても良い。馬車に近づかせないで大声を上げ続ければ良い。アンクス様に気づいてもらえればボクの勝ちだ。
「魔獣だよ!!」
次の石を取り出して狙いをつけて投げるけど、鳥はすでに石を投げつけられることが判っているかのように、ひょいひょいと躱していく。まるでボクをバカにしているかのように。
「アンクス様!ライダル様!モンドラ様!ウルセブ様!」
叫びながら悔し紛れに石を2つ持って投げるけど、ぜんぜん当たる気配がない。
声は澄み渡る青空にむなしく吸い込まれていく。
また1羽の鳥が近づいてくる。慌てて次の石を取り出して投げつける。
すうっと方向を変える鳥に、むなしく石は落ちていく。
石が落ちていくのを見ながら悔しさを噛みしめた時、鳥の後ろにもう1羽の鳥がいた事に気が付いた。近づいてきた鳥の後ろに隠れていて見落としてしまっていたのだ。
目の前まで迫る鳥に、慌てて袋の中から石を取り出そうとする。
ばちぃん!
鳥がボクに触れる事ができそうなほどに近づいてきた時だった。空に阻まれるように鳥は見えない壁にぶつかった。
(魔法の障壁か?)
(ジル。知っているの?)
(聞いたことがある。魔法で見えない壁を作って生き物を通さないようにできるってな。)
魔法使いウルセブ様が作った馬車だ。そんな不思議な魔道具を積んでいてもおかしくは無い。この馬車だって魔道具だしね。
「とりあえず、助かった。」
魔法の障壁が有れば鳥だってボク達に、いや、馬車に近づくことはできないんだ。ウルセブ様はこうなる事を見越して魔法の障壁を張っていてくれたのかも知れない。
こうなれば鳥が何匹いようと怖くは無い。だって鳥はボクに近づけないんだ。落ち着いて石を投げながらアンクス様達が気づいてくれるのを待てば良いよね。
安心して次の石を取り出そうとした時、足元が揺れた。
いや、足元に有るのは馬車なんだから、馬車が傾いたんだ。
つんのめりながら下を見ると先ほど障壁に当たった鳥が魔法のロープに引っかかっている。きっとアレが馬車を傾けたんだ。
ボクは体が落ちないように慌てて馬車の方へ手を伸ばす。
(あ、おい!オレを掴むな!!落ちるぞ!!)
でも、ボクが手にできたのはジルだった。ジルは馬車に立てかけてあって、馬車とは固定されていなくって、つまり、ジルを掴んでも意味は無くって。
ボクは馬車から転げ落ちてしまった。
「うわぁぁぁぁぁあ!」
大きく悲鳴を上げるけど、空から落ちるなんて初めてで、ボクはパニックになる。
ボクとアンクス様達を遮っていた大樹が目の前に近づく。
大樹のてっぺんまではそんなに距離が無かったから、落ちても大丈夫だ。木に掴まって下りれば何とかなるかもしれない。
ひょい。
大樹に掴まる事ばかりを考えていたら、急に体が空を浮いた。鳥がボクを捕まえていたのだ。
鳥はそのまま大空高く飛び上がる。
「きゃぁあ!助けて!!」
ジルの黄色い声が空を駆けると1本の雷が大気を切り裂いた。
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次回:『木の上』からの脱出




