魔王の森
第3章 遺跡になんて行きたくなかったんだ。
--魔王の森--
あらすじ:アンクス様は畑仕事が好きだった。
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「お~!飛んでる!飛んでるよ!!」
ボクは今、空を飛んでいる。
何を言っているのか分からないかもしれないけど、空を飛んでいるんだ。
(落ち着けって。)
(いや、だって空を飛んでいるんだよ。落ち着いてなんて居られないよ!)
空を飛んでいるのに落ち着いていられることが有るだろうか。
魔獣の襲撃が有ってから3日。アンクス様がずっと畑にかかりっきりになっていたので、しばらく砦に居たんだけど、やっと魔王の森へと出発することができる。
まぁ、どうせアンクス様の調子を取り戻すためにも2~3日時間をかけるって話だったから良いのだけど、その間は砦や畑の修理へと駆り出されていたんだ。ついでに雑草を抜いたりね。アンクス様が耕してくれれば早いのに。
魔獣の夜襲でボクの調子もおかしくなっていたから丁度良かったのかもしれない。
人の作った道の無い魔王の森に行くのだから、アラスカの引く魔獣の馬車を降りて歩いて行くのだと思っていたのだけど、大きな魔獣の馬車ごと飛ぶとは思わなかった。
いや、ホントだよ。魔獣の馬車は飛ぶんだ!
(確かに空を飛んでいるんだが、何というか、これって凧じゃねぇのか?)
(確かに凧かも知れないけど、凧にだってボク達は乗る事はできないよ。)
魔獣の馬車は空を浮いている。街道を走る時も地面から浮いていて静かに走っているって話だったけど、ウルセブ様がボタンを押したら馬車は森の木々より高い所まで浮いた。
アラスカが勇者様達に引き連れられて魔法のロープで馬車を引っ張っているんだ。
(まぁ、高い所だから景色は良いよな。うん。)
(そうだね。こんなに高い所に来るのは初めてだよ。)
アンクス様、ライダル様そしてモンドラ様が守る中、ウルセブ様が乗ったアラスカが歩く、そうするとアラスカに付けられた魔法のロープが木々をすり抜けて馬車を引いて、ボクの足元を森の木々が過ぎ去っていく。不思議な光景だ。
王宮の図書館の屋根以上の高さを馬車は飛んでいるんだ。バルコニーから見下ろす景色よりよっぽど高い。いや、丘や山にも登ったことはあるよ。けど、足元に何にもない状態と言うか、足元に木が立っているなんて信じられない。
誰もいない空をボクだけが独り占め。いや、ジルと2人きり。
ボクはしばらく、ジルと2人きりの馬車の上で空の風を楽しむことが出来たんだ。
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空の旅は快適だった。ココが魔王の森だなんて思えないくらいに。
天気は良く穏やかな風が吹いて、手綱を握る事も無いから景色に見とれていられる。魔王の森を通るんだからよっぽどの冒険をしなきゃならないと思っていたのに、のんびりと雲を見ていられるなんて思っていなかった。
アンクス様達は森の中を歩いているんだけどね。時折、馬車の歩みが止まって下の方から戦いの音が聞こえていた。ボクは馬車の上に居るから下の様子が分からないけど。アンクス様の雷鳴の剣が鳴っているのが分かる。
そして、しばらく進んでは森の開けた場所でアンクス様達に方向を指示する。道なんて無いから『失せ物問い』で聞いた方向を空から方向を指し示すだけだった。
手綱を握っていた今までの旅路より魔王の森の旅の方が楽なんだよ。
空の上を進むこと1日。暗くなる前に泊まる用意をすることになった。
森の開けた場所をアンクス様の『耕す一振り』で平らにすると、アラスカに繋いだ魔法のロープがするすると短くなっていって地面へと馬車を下ろす。
木で覆われた魔王の森は空の上にいるボク達が考えるよりも暗かった。これ以上日が暮れたら寝床の用意をするのにも明かりが必要になるだろう。
「今日は、ここで野営をするからウルセブを手伝ってくれ。」
地面に降りたボクにライダル様が言ってきたので、返事をしてウルセブ様に問いかける。
「あの、何をするのでしょうか?」
野営をするために必要な物って何だろう?魔獣の馬車を持ってきているから森の中でマントに包まって寝る事も無いハズだ。だって馬車の中にはベッドが用意されているからね。
「ああ、メシの支度だ。肉を1口サイズに切り分けてくれるかの。」
ウルセブ様は魔法使い。あまり聞き慣れない職業だけど魔法を研究する人なんだ。王宮にも何人かいたし、図書館に来る人の中にも魔法使いだって人がいたから知っている。
ボク達が使える魔法なんて薪に点ける火や喉を潤す程度の水しか出せないけど、ウルセブ様は魔道具を使って何倍もの威力のすごい魔法を使うことができる。砦で魔獣の襲撃を受けた時も魔道具の杖を使ったウルセブ様の魔法の炎が明るく燃えていたよね。
魔獣アラスカやアラスカの引く魔獣の馬車を作ったのもウルセブ様だ。アラスカも魔道具だって話だからね。つまり魔法使いって魔道具を作って普通の人よりすごい魔法を使う人の事だと思う。
「ウルセブ様が料理をするのですか?」
馬車の中でだって村の集会所だって自分の事にしか興味がなさそうで、黙々と魔法の研究を進めていたんだ。失礼な考えかも知れないけど、誰かのために料理を作るなんて考えられなかった。
ボクがアンクス様に初めて会った時にも一言もしゃべらなかったし、他の人に関心なんて無いのかと思っていた。
「なんだ?ワシの腕を信用していないのか?」
「いえ、料理をされるなんて思わなかったので。つい。」
「料理はワシの趣味じゃ。魔法の研究と同じで料理は研究しがいがあるからな。こんな場所でも宮廷の料理人に負けないくらいのメシを食わせてやろう。」
思った事をつい口にしてしまったことを後悔しながら愛想笑いをするしか無かったボクに、ウルセブ様は楽しそうに笑って1頭のエマンドを渡してきた。首が落とされていて血抜きはされているようだけど、毛皮が付いたままのエマンドを。
ああ、肉を切るって干し肉や燻製肉じゃないんだ。きっと魔王の森での戦利品なのだろう。
ボクはエマンドを捌くためにジルに聞きながら四苦八苦することになった。
自慢じゃないけど、料理なんてほとんどしたことが無いんだ!
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次回:空の上の『野営』




