僧侶様
第3章 遺跡になんて行きたくなかったんだ。
--僧侶様--
あらすじ:ライダル様にくぎを刺された。
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「お、やっと見えてきたぜ。」
平原の向こうの地平線に陽炎といっしょに浮かぶ街を見つけて、ライダル様はいつも通りアラスカの頭の上から声をかけてきた。
最初は落ちないかハラハラしていたけど、さすがに3日も見続けていたら慣れてきた。だってずっと馬車はボクが操作しているんだもの。3日間ずっとライダル様のお尻を見ているんだ。
勇者様ご一行の馬車なのに誰も操作を代わってくれない。いやいやなんでボクばっかりが手綱を握っているんだ?
アラスカは賢いから、ほとんど何もしなくていいから楽なんだけど。
ライダル様に「今日もよろしく。」と言われたら断れないし、他の人たちは当然のように何も言わずに馬車の中に入って行くし。まぁ、馬車の中で何かできる事も無いし、窮屈で退屈で、何よりアンクス様を気にしてじっとしていなければならない馬車の中にいるよりかはマシだろう。
「今日はあの街でお昼ご飯を食べるんですか?」
アラスカの引く魔獣の馬車は足が速いので、街道の途中で食事をしなくて済む。普通なら途中でお昼ご飯を食べて次の街まで辿り着くような距離でも、他の馬車の倍の速さで走っているから同じ時間で次の村に辿り着けてしまうんだ。
途中で獣や魔獣に会ったりして時間がずれる事はあるけど。まばらにしか出てこない魔獣はライダル様だけで簡単にやっつけてしまう。
そして、街や村では小さなパレードをして盛大に飲み食いをする。たぶん、アンクス様のためにやっているのだろう。勇者様の力を強くするために。
「いや、モンドラが用事があるらしいから今日はこの街で泊まるぞ。」
なるほど、遠くにかすむ街には高い尖塔が見えるから大きな教会がありそうだ。僧侶であるモンドラ様は通る村ごとに仕事を受けたりしているから、大きな教会にも仕事で寄るのだろう。
ここ3日の間にやって来たように、街に着くとアンクス様達も馬車の上から顔を出して、街の人たちに手を振りって大通りを行く。
今日の街は割と大きな街だけど、アラスカの引く魔獣の馬車が大きいからそれだけで目立つ。大通りでも対向する馬車も人も道を開けてくれるし気分よく進むことができるんだ。
「よお、勇者様。こんどはどこでメシを食うんだ?」
「ライダル様!危ないですよ!!」
「お~今日は御者が付いているからライダル様がアラスカに乗っているのか。」
街の人たちも慣れた様子で声をかけてくれるから、何度も同じことをしているのだろう。アラスカの頭の上にライダル様が乗っているなんて異様な光景も何とも思わないみたいだ。
お昼を食べるために大きな魔獣の馬車は広場に置いたら、アンクス様が馬車を興味深そうに眺めている子供たちにお菓子をあげて見張りを頼んでいた。子供たちはお菓子を貰えることも知っていたし、何より勇者様が乗る珍しい魔獣の馬車を間近で楽しめるのだから喜んでいたよ。
大きな食堂を選んで入ると街の人たちを巻き込んで一緒の食事会をすることになる。そして食堂では勇者様といっしょに食べた人たちの分まで奢っているんだから、食堂の中は我先にとテーブルの奪い合いになるんだ。元から座っていた人はラッキーだね。
そんな喧騒の中、僧侶モンドラ様がボクに話しかけてきた。
「食事が終わったら手伝ってくれませんか?」
ライダル様に引き続いてのモンドラ様のお願い。今度は何を手伝うんだろう?
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「キミには、この書類の検算をして欲しいんだ。」
食事が終わってモンドラ様に着いて行くと、予想通り教会に連れてこられた。
神様を奉っている教会は誰もがみんな来たことがある。教会は神様の考えを教えてくれるからね。だからボクだって街の大きな教会に行くし、王宮でも寮に小さな教会が有った。
それに教会にはもうひとつ大切な役割を持つ。それが拝受の儀式だ。
拝受の儀式は12歳の時に『ギフト』を貰うための儀式で、ボクの生まれたような小さな村では、『ギフト』をもらうために教会から神官様が来て神殿で拝受の儀式をしてくれる。
『ギフト』を貰わないと人より苦労することになるんだから教会を嫌う人なんていない。『ギフト』を使った仕事は使わない仕事より効率か質が上がるからね。例えボクみたいに望みの『ギフト』が貰えなかったとしても、『ギフト』が有ると無いとでは雲泥の差なんだ。
拝受の儀式をしているから教会は王宮と同じ、あるいはもっと大きな力を持っている。
この街の教会はあちらこちらに神様のレリーフが飾られていて、神様がボク達に『ギフト』を授けてくれるようになった理由を絵で解いてくれている。
モンドラ様は神様の像の前でお祈りをした後に、教会の1室にボクを案内してくれて1枚の書類を渡してきた。色々な金額が書いてあるから何かの明細だと思う。
1回のお昼の食費がボクの1月分の食費よりも大きく書かれているから、勇者様達の1回の食事の代金かも知れない。食堂を借り切って街の人たちとご飯を食べているんだからこれくらいになるのかな。
「あの、ボクは計算なんてできないですよ。」
占い師の師匠に文字は教えて貰ったけど計算は教えて貰っていない。だって、占い師に計算なんて必要ないでしょ?1回の占いの金額だけ決めておいたら足し算だって必要にはならないじゃないか。
それでも街で買い物をするために簡単な足し算くらいはできるようになったんだけど、こんなに大きな金額を何度も足すなんて事はボクはしたことが無いし、できるとも思えない。なにより間違えたらものすごく怒られそうだ。
「なに?王宮で活躍していたハズなのに、こんな簡単な検算もできないのかい?」
呆れたようにモンドラ様が言う。
「申し訳ありません。王宮の図書館でボクがしていたのは資料整理だけなんです。」
「宰相様のお気に入りなんだから、さぞかしすごい事務能力を持っているのかと思えば資料整理だけとか。雑用しかできないのか?」
その資料整理をドゴ様は気に入ってくれていたんだけどね。
「申し訳ありません。」
とにかく、モンドラ様を怒らせないようにひたすら謝るしか無いだろう。
勇者アンクス様は農民の出で計算はおろか字を書くこともできないし、戦士ライダル様は武芸一筋で計算をさせれば間違える。魔法使いウルセブ様は計算をほったらかして自分の研究に没頭してしまう。
だから、王宮と折半になっているのに、細かい報告書は全部モンドラ様の仕事になってしまうらしい。モンドラ様がぐちぐちとこぼす。
「オマエが来ればオレも楽ができると思っていたのだが、この役立たずが!!」
いや、そんな理由でボクを遺跡まで連れて行くつもりだったんじゃないよね?王妃様とドゴ様と争ってまでボクを連れてきたのは『勇者の剣』のためだよね?
結局、検算は諦めてくれたけど、報告書の清書や資料整理を手伝わされることになったんだ。
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次回:人間の『砦』




