車輪の向かう先
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--車輪の向かう先--
あらすじ:カプリオの村に行くことにした。
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マッテーナさん達に見送られた大通りはまだ人気が無くて、魔道具の魔獣カプリオが牽く幌馬車でも誰の目にも止まらない。新しい4つの車輪はコトコトとゆっくりと回り、何事も無く王都を取り囲む壁の門に着いた。
馬車はどこにでもある普通の幌馬車だけど、カプリオは目立つから誰かに見つかるかもとびくびくしていたのに。誰にも見つからなくて拍子抜けしたくらいだ。
「よお、遅かったな。」
門では朝早くから門番さんが働いていた。夜中は魔獣なんかが入らないようにと閉じている門を朝一番に開いて、今日も多くの商人や旅人を見守るんだよね。そして今日はボクも見送ってもらう。
「色々ありがとうございました。」
「いいってことよ。」
食事に困っていた時に助けてもらったりしたのに、魔王を連れてきたことで門番さんにはたくさんの迷惑をかけてしまった。ジルを通してお詫びに金貨の入った袋を渡そうとしたけれど、門番さんには断られていた。
最後にお礼が言えてよかった。
勇者が相手でも魔王が相手でも仕事をきちんと熟して門を守ったことが評価されたらしくて、少なくない褒美をもらって昇格もしたと聞いて胸を撫で下ろしていたたんだけど。
「それより、連れが待ち詫びているぞ。」
ボクにジルとカプリオ以外の道連れはいないと思いながら門番さんの指先を辿ると、そこには頬を膨らませたヴァロアが旅支度を終えて待っていた。
いや、料理の苦手なヴァロアの旅支度なんて青いマントと12弦のブルベリだけ有れば事足りるのだろうけれど、酒場に行く時はスカートを履いたりしているからね。男装をしたヴァロアは久しぶりに見た気がする。
「酷いッス!ズルいッス!また置いて行かれる所だったッス。」
ヴァロアが頬を膨らませていた理由は、ボクがツルガルの王都があるアズマシィ様の背中から独りで降りたことを繰り返そうとしていたからみたいだ。あの時も実はジルと一緒だったんだけどね。
「ヴァロア!どうしてここに?」
「姐さんに聞いていたッス。今日出るって。」
ヴァロアは王宮でもずっとボク達と一緒にいるつもりだったけれど、ニシジオリの国の生まれでは無い彼女は何かと理由をつけられて王宮から追い出されてしまったらしい。そして、彼女を追い出した人はカナンナさんを使ってボクには『酒場に行って帰って来ない』と伝えていたみたいだ。
(ジルは知っていたの?)
(ああ、王はヒョーリの周りを自分の息のかかった人間で固めるつもりだったんだよ。その方がヒョーリを扱いやすくなるし、街のヤツ等も勇者の一行を同じ国の仲間だと感じて応援したくなるだろ?)
王様の威光が効果を発揮するのは当然同じ国の人たちの間であって、他の国の人たちは他の国の人たちで王様がいるんだよね。そして文化も生活の仕方も違う他の国の人たちは王様の命令に批判的な意見を言ってしまうこともあるそうだ。
王様に睨まれても自分の国へ帰るか、他の国に行けば良いと思えるから。ボクだってツルガルの王様に無理を言われていたらニシジオリに逃げて帰ってきたかもしれない。ソンドシタ様に会いに行く時は一度は逃げたくらいだしね。
だから、王様は自分や国に縁の深い人たちで勇者であるボクの周りを固めようと考えていて、ヴァロアとアグドを追いやって戦士様を付けたんだ。たぶん、魔法使い様や僧侶様みたいな人たちもそのうち選ばれてボクの仲間にするつもりだったんだ。
そしてヴァロアやアグドと言った知り合いが返ってこない寂しさを、見知ったカナンナさんで紛らわそうと考えていた。そのカナンナさんがジルに秘密を漏らしてくれたみたいだけど。
「とう!」
ジルの話が終わると、今度は頭の上から声が聞こえてきた。見上げなくても判る聞き慣れた声と、声の後に続くビスたちのバタバタと羽ばたく音。
「アグドも!?」
「オレも行くぜ!」
アグドも王宮の外に出た後は戻れなくなって、ニシジオリにある王都にあるツルガルの大使館に留まっていたそうだ。アグドは戻れなくてもボクを護衛する命令は変わらなくて、困った彼はずっと見晴らしのいい門の上でボク達が来ないか見張っていたらしい。
いやいやいや、結構な日数が経っているよね。
「そろそろ行けよ。命令に反していないから通すけど、報告する義務は残っているからな。早くしないと追手がつくぞ。」
「ありがとう。お元気で。」
呆れる門番さんに別れを告げるとカプリオは歩き始める。王都の周りにある畑を抜けて懐かしい森が見える。最初に言った森だ。そして、森の手前で街道は別れる。魔王の森へ行く道と、見知らぬ海のある国へと。
「魔王の森へは右へ行くんだよね。」
当然のようにカプリオは左に、海のある国の方へと曲がってしまったんだ。ボクは慌ててジルに確認をすると、彼女はニヤニヤと笑いだした。
「いや、行き先を変えて海の、ヴァロアの国へ行くぜ。」
「どうして?」
「要するにヒョーリが勇者だって事を忘れてもらえば良いんだろ?誰もいない場所も、誰にも知られてない場所も同じようなところだろ。」
ほとんど人のいないカプリオの村で無くても、ボクの事を知らない人だらけのヴァロアの国でも同じで、ボクの事を知らない人とすれ違っても、ニシジオリの王都でのように手を合わせて拝んでいく人なんて現れない。そう言われればそうだけど…。
「いやでも、さっき『もちろん』っていったよね?」
裏路地でジルがボクといっしょにカプリオの村に行って後悔しないかと思って『本当にいいの?』と尋ねた時、ジルは『もちろんさ、相棒』と返してくれた。ボクじゃなくてもジルが魔王の森に行く事を了解したと思うよね
「ああ、もちろん、王都を出ることに反対なんてしないさ。」
ニヤニヤと笑うジルは王都を出ることに賛成していただけで、最初から目的地は変えるつもりだったんだ。そのためにジルはヴァロアと連絡をとって、彼女の国の景色の良い所や、美味しいお店を教えて貰ったらしい。
その上でマッテーナさん達冒険者ギルドの人たちや、門番さんには2人で魔王の森に行くと伝えている。万が一、ボク達の行き先を聞かれたマッテーナさん達が、行き先を漏らしてしまったとしても、追手が違う方向へと行くようにと。
ジルはイタズラが成功したように喜んでいるから、最初から意図していたよね?
「海は広いッス!しょっぱいッス!今から行けば海王祭に間に合うッス。楽しいッスよ。」
楽しげに語るヴァロアは魅力たっぷりに歌い始めた。ボクは海なんて見たことがない。おとぎ話には聞いているけれど、魔王の城から行った塩の湖より大きいなんて想像もできない。
本当に、おとぎ話は正しいのかな?
そうだね。別に他の勇者たちと同じように魔王の森に行かなくても良いんだよね。新しいボクを探しても良いかな。幸いにして少しは蓄えもできたし、どこかの裏路地でまた占い師をやっても良い。また、飢え死にしそうになるかもしれないけれど。
でも、今度もジルもカプリオもヴァロアもアグドもいる。今まで通り、なんとかなるんじゃないかな。
「いや、ツルガルに行こうぜ。歓迎するぜ。」
「ヒョ~リ~ボクは大きなお魚が見たいよぉ!」
再び賑やかになった幌馬車は、魔王の森とは反対の街道を進み始めたんだ。
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≪おわり≫
長々とお読みいただきありがとうございます。同時投稿予定の新作、『聖女なんかじゃない!』では、元気な女の子が主人公です。そちらでもお付き合いいただければ幸いです。
(元気な女の子?元気すぎじゃないか?)
(嘘じゃないだろ?)
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