空き地
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--『空き地』--
あらすじ:魔王が王様に会った。
------------------------------
王都の外れにある孤児院のさらに奥にある空き地の木の間に、ハンモックを吊るして魔王は寛いでいた。近所の子や孤児院の子供たちが良く遊びに来る空き地で、白と黒の二頭の魔獣、それに魔道具の魔獣カプリオが一緒に寝そべっている。
「オンツァザケスは干物になるつもりなのぉ?」
「こうやってのんびり日に当たるのも悪くは無かろう。」
体が3階よりも大きかった頃の魔王は城の外に出るのも大変で、ゆっくりと陽の光を浴びてハンモックで寝ることもできなかったらしい。考えてみれば物のない訓練場だってみんなを追い出さなければ歩けないだろうし、街の中では足の踏み場を探すだけで大変そうだ。
だからってこんな人目につくような場所で寝なくても良いと思うけど。
空き地の周りには魔王を一目見ようと大勢の人が集まっていた。大通りだと邪魔になると思ったから、こんな裏通りの奥の空き地を選んだんだけど。それでも予想以上に人が集まりすぎていて、衛兵さん達が交通整理をする羽目になってしまっている。
だって王妃様までいるんだもの。
「真っ白だけど、綺麗な髪よね。」
「占い師のお婆様も高齢で真っ白だけど、こんなに艶やかじゃ無いわよね。」
「ありがとうございます。でも、魔族でもこんな色なのは私だけなので、少し恥ずかしいですわ。」
王妃様と王女様とそのお友達。懐かしい人たちが白い姫様を囲ってお茶会をしていた。綺麗な泉も花畑も無いただの空き地に集まることも無いだろうと思うのだけど、姫様だけでは寂しいだろうと王妃様がわざわざこの場所まで来てくださったんだ。
そして、ボクはと言うと…。
「やああぁ!」
と元気のいい少年の掛け声とともに、ボクは宙に浮いて真っ青な空を見上げていた。
おかしいよね。ちゃんと相手の木刀を受け止めたと思った瞬間に背中から地面に落ちているなんて。ボクの指から離れた木刀がくるくると円を描いて飛んでいく。
「ヒョーリ!」
ジルの慌てた声を聞くのも何度目だろう。薄れていく意識の片隅で謝りながら、ボクは地面に背中を打って気を失った。
アンクスが勇者の力を失って、ボクが新しい勇者になった噂はあっという間に王都に広がった。だってみんなが、魔王と勇者が並んで歩いている姿を見ていたからね。誰だってその理由を知りたいと思うよね。
そして、魔王が王都にまで来た理由も。
だから、こうやって誰にでも見られるような場所にいたら、街の人たちは集まっちゃうんだ。それも、魔王が考えた通りだけど。
おとぎ話のような噂話でしか知らないから魔王は恐れられる。今では3階ほどの大きな魔王の姿だとか、雲のように空に広がっている姿に恐ろしい尾ひれがたくさん付いて広がっていた。その噂話を払拭するために魔王はありのままの姿を王都の人たちに見せる必要があるのだそうだ。
普通の魔族よりも少し大きいだけの姿を見せれば、街の人たちは噂話が大げさだったと納得して、自分の目で見た魔王の姿を信じるようになるよね。
そして、その真実の姿が広まれば、魔王への恐怖が薄れる。魔王を恐ろしい存在だと思わなくなれば、勇者に倒すように祈ったりする人も減ると考えているみたいなんだ。
ついでに魔王の作戦その2が実施されている。
そう、勇者の力を弱めるために魔王が考えていたのはひとつじゃ無かったんだ。
勇者になったボクが頼りないことをみんなが知れば、無理に戦いに向かわせようと思ったり願ったりしなくなる。そうすれば、ボクの頭に入ってくる祈りの言葉も少なくなると言うんだ。もしかするとボクに勝った人の中から勇者の力を引き継いでくれる人が現れるかもしれない。
ヴァロアとアグドがあちこちで宣伝してくれて最初は半信半疑で集まってきた人たちも、ボクがライダルに負けて、兵士さんに負けて、孤児院の男の子に負けたところで、面白半分に参加し始めた。もしかしたら勇者の力が手に入るかもしれないと聞いて。
誰でも参加できるようにと、王妃様達が勧める王宮の訓練場を断って、こんな場所に来たんだ。王妃様まで来るとは思わなかったんだ。
そして、そんなボクよりもたくさんの人が集まっているのが勇者だったアンクスだ。
「長年の恨み!!」
「ワガママばかり言いやがって!」
「オレのヤッタちゃんを盗りやがって!」
アンクスは勇者だった頃にあちこちで恨みを買っていたらしく、たくさんの人たちがアンクスに勝負を挑んでいた。実はアンクスに勝てば勇者の力を授かれるとか言う噂話が勝手に作られてもいる。いや、だってボクに勝っても一向に勇者になる人が出ないからね。
「ぐっわあ!」
「があぁ!」
「ぐはあっ!」
勝負を仕掛けてきた人たちが次々とアンクスの木刀に薙ぎ払われてた。中にはさっきボクを殴り倒していた人も混じっているのにね。彼は苦労する様子もなく一刀のもとに切り伏せて行ったんだ。
「ふざけんな!オレがただ勇者をしていたと思うなよ。あと、最後のはオレは知らねえ。」
勇者になったからって魔王と戦いに行かされるのは怖かったらしく、アンクスは色々な人から剣を学んだり、勇者の力を使いこなすために戦い方を教わったりしていたらしい。意外とそう言うとこは真面目なんだよね。その反動で、あちこちでわがままを言うようになってしまったみたいだけど。
「だらしねえなあ。こんな少年にまで負けるなんて。」
何度も気絶して慣れたのか、ボクはすぐに目を覚ましたらしい。目を開ければ人間の姿に戻ったジルが治癒の魔法をかけてくれていた。
「だって、ボクなんてただの占い師だよ。」
そう、ボクはただの占い師で勇者なんて無理だ。もとから力なんて無いし、期待に応えられるように努力なんてできない。なんで勇者の力はボクから離れないのか不思議だよね。
「別に力で魔王を倒さなくても良かったんじゃねえか?現に相棒は魔王から信頼を勝ち取ったんだぜ。」
ジルに言われて納得しそうになるけれど、それだったら勇者の体が丈夫になったり、力が強くなったりしなくても良いよね。人の祈りも聞こえなくていいよね。慣れない力に振り回されてボクは前よりも弱くなった気もする。アンクスはきっと沢山努力をしていたんだね。
「だからよ。もうちょっと頑張ろうぜ。」
「もう無理だよ。」
勝ってしまえば勇者のままだけど、ボクが本当に弱いとみんなに見せるために、魔王からは手を抜かないで戦うように言われていた。
だから、最初から本気で闘っているけれど、勇者の力があるのに、ボクは誰にも勝てていないんだ。そして、明らかにボクより年下の少年に負けるのは、さすがに落ち込むよね。ボクにだって少しは意地がある。ボクより小さな少年くらいには勝ちたいと思っていたんだ。
「そうだ。勝てたらオレがチューしてやろうか?」
「いやいやいや、いいいよ!」
「照れるなって!」
人間の姿に戻ったジルは口が悪いままだったけど、綺麗な人だとボクは思う。だからキスをされるのは嬉しいけれど、ジルはきっとふざけているんだよね。だって、ボクは全然勝てないんだもの。
「オジちゃんにチューなんてさせない!!」
ジルの冗談を真に受けたのか、ボクの対戦相手の整理を手伝ってくれていたコロアンちゃんが並んでいた人から木刀を奪っていた。木刀を取られた人も、その次に並んでいた人も面白そうな話になったとコロアンちゃんを応援し始めたんだ。
でも、ボクがジルにキスされるのを阻止するためにはボクがコロアンちゃんに負けなければならないんだよね。
「オジちゃん覚悟!!」
いやいやいや、痛いのは嫌なんだけど!!
------------------------------
次回:静かな朝の『裏路地』




