詩
第2章 書類整理だけをしていたかったんだ。
--詩--
あらすじ:とうとう泉のほとりに着いてしまった。
------------------------------
「あそこで読んでもらうのが良いのでわなくて?泉の反射がキレイですわ。」
「お花畑をバックにしてみてはいかがでしょうか?」
「座る場所は日影が良いですわ。」
王女様たちが泉のほとりで戯れている間に、侍女の人がお茶の用意をしていく。きゃっきゃと可愛らしく遊ぶ様子は見ていて楽しい。侍女の人たちも、お茶の用意をしているほかには、馬車の手入れをしたり王女様たちに付き添ったりと何かしら仕事をしている。
ボクだけぽつんと置き去りにされているようだけど、みんなが働いている中で腰を下ろして休むわけにもいかないだろう。王女さまたちはボクに期待しているようだけど、逃げて帰りたい。
(相棒、詩の確認でもしていたらどうだ?)
(今さら読んでいられないよ。嫌って程読まされて覚えさせられてしまったもの。)
今から朗読するのは詩だから、見返さなきゃならないほど長くもない。こんな場所で長々と運動不足の王女様を座らせていたら陽にノボせてしまうかもしれないから様子を見ながら歩く頻度を増やそうって考えらしい。
まぁ、今回はただの様子見で、その後には王宮で本を読まない娘を集めた定期朗読会や、王妃様とヤワァ夫人の間で計画されている『恋物語を聞く午後のお茶会』なども考えられている。
ボクが読む短編の物語を聞きながらお茶会をするなんて計画だけど、その後には『官能的な物語を読ませよう会』なんて計画を立てていた
王妃様とヤワァ夫人で笑いながら話し合っていたから冗談だと思いたい。いやホント。
(いや、手持無沙汰は解消されると思うぞ。)
(本を汚しても弁償できないからね。やっぱりやめておくよ。)
(相棒の万年金欠は相変わらずだなぁ。)
王宮に来てから食べる物に困らずにお腹いっぱい食べられるようになったけど、お給金は部屋の細々としたものを買ったのでほとんど無くなっている。
ソンオリィーニ子爵に賞金を懸けられてアパートに戻れなくなってしまったから、以前に住んでいたアパートに置いてあった物を持って来れなかったんだ。鍋とナイフとショートソードくらいは用意しておきたい。
滅多な事では森に行こうと思わないけど、何度も森の恵みで生き延びてきたんだ。いざという時のためにベッドの下にお守り代わりに入れてある。
「ヒョーリ、そろそろ準備はよろしくて?」
ジルと話しながら気を紛らわせているとカナンナさんが呼びに来てくれた。
王女様たちのために木陰に用意された敷物にはクッションが置いてあって爽やかな泉の風が流れている。あそこで昼寝をしたら絶対に気持ち良いに違いない。
そして、ボクは泉の前のさんさんと太陽の照り返す位置に立たされた。本を広げても眩しくて読めそうにない。暗記してきて良かった。
「さぁさあぁ、ウチナちゃんたち!用意が出来ましたよ。」
ヤワァ夫人が王女様たちを呼びに行く。いよいよボクの出番が来てしまった。
泉のほとりにちょうど良い石が有って、それを台座に選んだようだ。カナンナさんはボクを石の上に立たせると、王女様たちを敷物のクッションにそれぞれ座らせる。そして、カナンナさんも王女様とは別の敷物に座ってしまった。
って、全員で聴くんですか!?
台座に立って見回すと、遠くで馬車の番をして馬の世話をしていた侍女までみんなが集まって敷物に座って聞く体制に入っている。だれも立っていない。
29人の女の子の58個の瞳が一斉にボクを見る。
うわぁ、この中で愛の歌を読みたくない。緊張しかしないじゃないか。
(がんばれよ。相棒!)
ジルの言葉が聞こえるけれど、ボクはガチガチに緊張しているから返事を返す余裕もない。
(もっと、気楽にすれば良いのさ。失敗しても王妃様の機嫌が悪くなるだけさ。)
いや、王妃様って王宮のトップの奥さんだよね。王様の奥さんだよ。ボクのクビが飛ぶんじゃないかな。とはいえ、ジルの冗談に少し落ち着いてきた。何日も王妃様に朗読を教わっていたので、王妃様が少し間違ったくらいで怒り出すような人じゃないって知っている。
だから、覚悟を決めて朗読を始めた。
「私は今日も泉へ来た。愛しいあの人に会うために。あの人とした約束を守るために。」
詩の内容は、お姫様が家族には内緒で知り合った騎士と密会をするって話だ。家を抜け出して騎士と会うまでの時間をソワソワとしながら待っているって内容だ。
「エズクロシイの花が咲き誇り、オイナイが飛んでくる。オセルが歌うこの泉。」
王女様達、いや、侍女たちまでが目を瞑り聞き浸っている。せっかくの景色なのに目を瞑っていて良いのかな。まぁ、気持ちいい風が吹いているし、きっと楽しんでいるんだろう。
「この場所は貴方と会うために用意された特別な場所。泉に集まる動物たちは私達を祝福してくれる。」
「敵だ!暗殺者だ!!!」
詩の最中にいきなり、ジルが騒ぎ出した。ボクは言葉を止めてジルの方へと視線を向ける。珍しくジルが声を上げている。
「後ろの木の影で密談していやがったぞ!」
ジルの声が静かだった泉に響き渡ると男たちがぞろぞろと出てきた。
「へっへっへ。こんな所でお遊戯会とは結構なご身分だなぁ!オレ達にもちょっとばかり分けてくれないかい?」
先頭に出てきたガラの悪そうな男が言った。山賊みたいなナリだけど、この場所なら街のチンピラでもおかしくない。
森から出てきた男たちは10人。こちらは王妃様をはじめとする侍女たち。とても荒事に向いているとは思えない。争いごとに慣れた男たちならば、ボクたちが30人いたって制圧できるのかもしれない。
それに比べて森から出てきた男たちはそれぞれに剣を持ち皮の鎧を着て武装している。ボク達にはお茶の用意はあっても武器の用意なんて有るようには見えなかった。
「フランソワーズちゃん。詩の途中で無粋ですよ。」
王妃様はボク達を取り囲んでいる男たちを一瞥することも無くジルに言った。
「『殺せ』って言っていたんだぜ。警告くらいするだろ?」
「他に誰かいましたの?」
「知らねぇよ。オレの『ギフト』は聞くだけだ。声だけで誰が居たかなんてわかりゃしねぇよ。」
「使えない子ね。まぁ、良いわ。ノーナッテ、お願い。」
ジルの言葉に呆れた声で王妃様が侍女長さんに声を掛ける。
ノーナッテさんは王妃様に仕える侍女長さんで、今日の朗読会の間はずっと王女様や他の娘たちの侍女を取りまとめて指示を出している。王女様に淹れた紅茶の準備も、敷物の用意も、馬車の手入れも彼女の指示に従って全ての侍女に割り振られていた。
「おいおい、俺たちを無視するんじゃねぇ!」
ガラが悪そうな男が大声を上げるけど、誰も何も言わない。
代わりに、お皿が飛んでいた。
馬車の屋根に乗っていた箱のフタが空き、そこから無数のお皿が飛び出して音もなく男たちの背後からぶつかっていく。
お皿が後頭部で割れるたびに、一人ずつ男が気絶していく。
「さぁ、ヒョーリ。詩の続きを聞かせてちょうだい。」
最後の男が倒れるとともに、王妃様は何事もなかったように言い放った。
------------------------------
次回:カナンナさんと『噂話』




