門番さん
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--『門番さん』--
あらすじ:ソンドシタ様でも勇者の力は取り除けなかった。
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「止まれ!!!」
ニシジオリの王都の入り口で、顔なじみの門番さんがボクに槍を向ける。いや、正確にはボクの後ろに向けているんだろうけど。
パレードをして魔王の森に行った時はもちろんの事、食べ物が無くなって近くの森に行く時やツルガルへ行く時だって、門番さんはボクに槍を向けたことはない。それどころか、ボクなんかの顔を覚えてくれていて気さくに挨拶をくれる人だった。
だけど、ボクの後ろには魔王がいるからね。
仕方が無いよね
勇者の力に困って嘆いていたボクに、魔王はひとつの提案をしてくれた。それで王を除いた全員、ボクとジルとヴァロアにアグドとカプリオ、魔王と姫様と2頭の魔獣。それに元勇者様ご一行のアンクスにライダルにウルセブ。みんなで、ニシジオリの王都へ戻ることになった。
アンクスだって勇者の力が無くなったことを伝えなきゃいけないからね。
唯一同行しなかった樹王は、魔樹の人たちを安定した『魔脈の澱』に移住させるために魔王の城に戻った。住む場所を失って避難してきた魔樹の人たちだけど、魔王の城の近くは塩が強くて暮らしにくいらしい。だから多くの魔樹の人たちが樹王の帰りを持ち望んでいる。
それと樹王はもうひとつ役目を負ってくれた。魔王がニシジオリの王都に行けば時間がかかるから、魔脈を使って魔王の城に残っている魔族達と連絡が取れるようにしてくれたんだ。だから、魔王も心置きなく城を空ける事ができたんだ。
ついでに言うと樹王は去り際に、ボクの白い腕輪に黄色い魔晶石を付けてくれた。魔脈の澱の件で迷惑をかけたお詫びだって。大変な目には遭ったけど、樹王の責任じゃないと思うんだよね。
「王都への来訪された理由をお尋ねしたい。」
門番さんは魔王だと知らないだろうけど、大きな魔族を前にしても槍の穂先を微かにも揺らさない。それだけしっかりと門を守るって仕事をしていて、街の皆を守っているんだ。
そして、相手が魔族であっても、ちゃんと理由を聞いてくれる門番さんは相変わらず良い人だよね。ボクやアンクスがいるからかも知れないけど。
「国王直属の特務戦士ライダルだ。伝書鳥は飛ばしてある。悪いが道をあけてくれ。」
ライダルはもともと王宮に使える戦士で、王様が勇者になったアンクスが変な人に利用されたり困ったりしないようにと付けてくれたらしい。今も王様に直に仕える身分で貴族の位も持っているから色々な相手に融通が利く。今も門番さんと交渉役をしてくれるようだ。
「し、しかし、私どもには連絡が来ておりません。申し訳ありませんが、命令系統の順守は規則です。」
相手は魔族だから、正式な許可も無く門を通すわけにはいかない。そもそも、見た目だけでも怖いよね。牙や角が生えていて、魔法使いウルセブの魔道具の魔獣、アラスカが牽く青い馬車よりも背が高いんだ。それに、白い姫様だって一応は魔族だし、白と黒の2頭の魔獣も側にいる。
ひとりで槍を構えた門番さんは凄いと思う。
ボクだったら、魔族が遠くに見えた時点でしっかりと門を閉ざして絶対に目を合わせないようにするし、ライダルに睨まれたらホイホイと通してしまいそうだ。まあ、3階よりも大きな魔王に見慣れていたから、魔脈のダンジョンから出て小さくなった今の姿は親しみやすくなったくらいなんだけど。
「ふぉっふぉっふぉ。相手は国を代表して来ているのじゃ。たかが兵士の一存で足止めして良い相手ではないぞ?」
魔法使いのウルセブが、人間の国同士なら代表してはるばるやってきた使者を丁重に扱うと門番さんに説明した。つまらないことで争いの源を作ってしまうと、まとまる物もまとまらなくなってしまうから、門の入り口で槍を向けたまま待たせるような事は絶対にしてはいけないと。
そう言われると、普通の家でもとりあえず家の中へと迎え入れてくれるよね。今も騒ぎを聞きつけて野次馬が集まってきているし、ボク達が足止めをされているから後ろにも街に入るための長い行列ができてしまっている。
もともと勇者の力を強くするためにパレードとかをするし、人が集まりやすい気質の国なんだよね。だから、魔王が見世物になっていて姿を見て小さな悲鳴をあげる人もいる。今はまだ大騒ぎしたり走って逃げたりしないけど、嫌な気分になってもおかしくない。
でも、相手は魔族だ。いくらライダルやアンクスが言ったって、間違って通して後で怒られるのは門番さんなんだよね。
「今、王宮に確認をしていますので、どうかもうしばらくお待ちください。それが私の役目です。」
「いつになるんだよ?」
事前に連絡をしていたのに待たされる事になってアンクスの声が刺々しい。いつの間にか門番さんの仲間が王宮へと伝えに行ってくれているらしいけれど、門番さんからその上司、そして貴族や偉い人達から王様へと話が伝わるまで長い時間がかかる事はボクでも想像できる。
「急がせますので、どうかご容赦を。」
凛々しく返事をする門番さんに一瞬だけど、縋るような目で見られた気がする。この人には色々と良くしてもらったから何とかしてあげたいけど、ボクもどうしたら良いか判らない。
「せめて休める場所は無いか?」
魔王の森から王都までの道のりは、前と同じように丸太のイカダを使って川を下ってきた。8人と青い馬車と2頭の魔道具の魔獣、2頭の本物の魔獣を乗せるのに大きなものになってしまったけれど快適だった。
だから、たいして疲れて無いけれど、人目を避けられれば騒がれないので気が休む。
だけど、ボクが使っていた幌馬車は魔王の森で粉々になってしまったし、アラスカが牽く青い馬車は中で4人が寝られるほど広いけど、魔王が入ったら床に座っても頭の角が天井につかえてしまう。
「申し訳ありません。そちらの方たちが入れるほど大きな部屋は用意できなくて。」
小さな待合室のような物はあるものの、魔王と白い姫様と2頭の魔獣達を入れられるようにはできていないらしい。そもそも部屋は人間のサイズで作られているから、体の大きな魔王が入れるようにはできていない。
「それでは近くの…。」
ライダルが次の提案をしようとした時に魔王が彼を遮った。
「よい。ワシが人目についたほうが目的は果たしやすい。」
「うわ!喋ったぞ!」
「低くて怖い声だわ。」
「この世の終わりだ!」
魔王は重たい口を開けると、それだけで驚く声が上がった。ボクのために遠い所に来てくれた魔王に不快な思いをさせたくないから止めようと人垣を見ると、騒めく足元から小さな影が押し出されて転がった。
「迷子探しのおにいちゃん!」
「コロアンちゃん?!」
小さな影は孤児院のコロアンちゃんで、前に見た時よりもまた大きくなっている。あどけない笑顔はそのままだけど、顔つきはまた少し大人びてきた気がする。
「ねえねえ、この人が魔王ってホントなの?」
「どこで聞いたの?」
「みんな言ってるよ。」
どうやら、野次馬の中に魔王の森で黒い雲になった魔王の顔を見た人がいて、その人から噂が街中に広がってコロアンちゃんの耳にも入ってしまったらしい。
「そうだよ、偉い人だから…」
「すごいね!魔王って大きいんだね!!かっこいい!!」
ボクが注意をし終える前にコロアンちゃんがきらきらと目を輝かせて魔王を見上げと、何を思ったのか魔王は黙ったまま彼女を抱き上げた。
「女の子が魔王の不興を買ったぞ!」
「いやあああぁ!」
「食べられるぞ!逃げろ!!」
門番さんの顔が青く変わり、人垣からは悲鳴が聞こえる。ボク達がびっくりしている間に魔王はコロアンちゃんをそのまま左の肩に乗せたんだ。
「うっわ~!!たっか~い!すごいね!」
魔王の肩の上は当然、大人よりも高くなる。コロアンちゃんは屈託なく笑って角のある頭を抱いてはしゃぎ始めた。
「お父様!デレデレしないの!!」
「いや、オマエにしてやれなかったので、ついな。」
白い姫様に咎められた魔王は姫様が幼いころにはすでに三階ほどもあるほどに体が大きくて、手の平の上で遊ばせる事はあっても肩車なんてしてあげる事ができなかったらしい。だから、普通の父親のように娘を肩車をすることに憧れていたとか。
もごもごと口ごもる魔王の顔は真っ赤だった。
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次回:王様と魔王との『対話』




