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勝負

第12章:勇者なんて怖くないんだ。

--『勝負』--


あらすじ:アンクスがデレた。

------------------------------



「わあああ!」


ボクが地面を蹴ると、勇者の力が働いて思った以上の速さで距離が詰まる。上段に構えた『愚者の剣』をよろける足で振り下ろすボクを、アグドは黒いドラゴンナイフをだらりと下ろしたまま、鋭い瞳で見つめている。ありったけの殺気を纏った剣はブンと風を切ってアグドを捉える。


「甘いぜ!」


「ぐはぁっ!」


アグドの額を割ると思った『愚者の剣』は残像を切り、一瞬のちにボクは呼吸ができなくなってヨダレを垂らして地面に転がっていた。地面に強く打ったお腹と何故か背中も痛いので、すぐに治癒の魔法をかける。


「何も挟撃しなくてもよかったッス。」


「この方が実力差がはっきり判るんじゃねえかと思ったんだけどよ。」


ヴァロアによると、ボクはあの一瞬で『愚者の剣』の軌道を見切ったアグドに、膝で鳩尾を蹴られた上に浮いた背中からも肘鉄を落とされていて、上下から挟まれて押しつぶされていたらしい。だから、今までのどの攻撃よりも痛かったんだ。


ケフケフと咳き込んで呼吸を取り戻すと、涙目のボクは荒い息のまま地面に仰向けになった。何度やっても上手くいかない。アグドにドラゴンナイフを使わせる事すら叶わない。


「実力差を見せつけてもダメ、負けてもダメ、気絶させてもダメ。お手上げッスね。」


「せっかく勇者になれるチャンスだと思ったのによ。」


タメ息を吐きながら怖いことを言う2人だけど、実のところ戦ってくれと言い始めたのはボクの方だ。


ボクがジルと魔晶石の力を借りて、アンクスにまぐれで勝ってしまった。だから勇者になってしまったんだよね。たぶん。だかから、同じように誰かに負ければ、勇者の力は勝った人に移ると考えたんだ。


なので、アグドに20回くらい、ヴァロアに3回、ジルに2回。戦士ライダルに10回、魔法使いウルセブにも5回も戦いを挑んだ。


ジルやヴァロアは面白そうだという理由で相手をしてくれたけど、アグドは本気で勇者になろうと考えていたみたいだ。戦士ライダルも勇者の力をよその国で産まれたアグドに渡すくらいならと手伝ってくれて、魔法使いウルセブは負け続けるボクをからかうために相手をしてくれた。


アンクスは間違っても勇者に戻りたくないと言われたし、魔王と白い姫様と樹王は、魔力の波長が合わないだろうからと断られた。人間の神様が作った力だから人間じゃない彼らには移らないだろうって。


最初は怪我をしないように木刀を作ってワザと負けるようなこともしたけれど、勇者の力の光は見透かしたように現れなかった。真剣勝負で無ければダメじゃないかと誰かが言い始めて、ボクは『愚者の剣』を抜く事になった。


ボクは本気で剣を振っても誰にもかすりもしない。負け続ける内にだんだんと勇者の力に慣れてはきたけれど、アグドはもちろん、女の子のジルにもヴァロアにも、運動が得意じゃなさそうな魔法使いウルセブにもぜんぜん歯が立たなかった。


ボクは全力を出したのに思った以上に酷く負け続けた。怖い思いをして気絶もした。死にそうな目にも遭った。


なのに、勇者の力はボクから離れようとはしない。


ボクは朽ちた柵の柱に乗せた白い腕輪をぼんやりと眺めた。最初にアグドを相手にした時は、ソンドシタ様の緑の膜が木刀を阻んでくれた。だから負けるためには邪魔だと思って外していたんだよね。おかげで、何度も痛い目に遭うことになったけど。


ダンジョンから出てきたら、白い腕輪には紫色の魔晶石が増えていたけど、これもまた使い方が解らない。勇者の力が関係あるのかと思ったけれど、ジルの『木になる指輪』にも付いていたから違うみたいなんだよね。


解らない物がどんどん増えて行く。


≪お~い!ソン様が来たよ!≫


ぼんやりと見ていた白い腕輪の水色の魔晶石から声が聞こえた。もちろん、それは世界の果てにある記憶の図書館の司書さん、ヤイヤさんの声だ。


そして、ヤイヤさんの隣には待望の人がいるはずだ。ドラゴンだけど。呼び方が略称になっているのはそれだけ仲が良くなったからかな。


側にいたジルから遠くで樹王の手伝いをしていた魔王まで、全員が集まってきた。みんながソンドシタ様を待っていたんだ。



「ソンドシタ様!お久しぶりです。」


黒いドラゴンのソンドシタ様はヤイヤさんとの約束で定期的に記憶の図書館を訪れる。ソンドシタ様が図書館を訪れた時に話をさせてもらえるように頼んでいたんだ。だって、色々な魔法が使えるソンドシタ様なら何でもできると思ったんだ。ドラゴンは魔法だって作ったって言うしね。


≪はっはっは。オマエが勇者になったんだってなヒョーリ。≫


「勇者の事を知っているんですか?」


遠く白い大地のドラゴンの里で暮らしているソンドシタ様が勇者を知っていると思ってなくてボクは驚いた。人間とドラゴンが会ったなんて話はそれこそ、おとぎ話の中でしか聞いたことがなかった。


≪近い所で言えば、勇者グルコマか。実際に会ったぞ。≫


グルコマ様の名前が出てきたので、ボク達は魔道具の魔獣カプリオを振り返った。カプリオはグルコマ様に『勇者の剣』を授けた賢者様に作られたし、グルコマ様の作った村をずっと守っていたんだ。グルコマ様と面識だってあるよね。


「船が小さかったのもあるけれどぉ、どのドラゴンに会うか判らなかったからねぇ。まぁ、白い大地の守護神と言えばソンドシタだけどさぁ。」


≪ん?カプリオがいるのか?≫


「久しぶりだね。ソンドシタ。」


ソンドシタ様とカプリオが知り合いだと知っていれば、ツルガルの国の浮揚船に乗ってドラゴンに会いに行く時にいっしょに付いてもらえばよかった。カプリオに仲介してもらえば、あんなに怖い思いをしなくて済んだんだよね。


≪フン。ワシと会うのが嫌なだけだろうに。≫


「そ、そんな事ないよぉ。」


どうやら、ソンドシタ様に会いたくないからカプリオはボク達に『安息の糸』を渡して逃げたらしい。彼の毛にも使われている糸を見ればソンドシタ様が気付くかも知れない。少なくとも興味を持ってくれると考えて。


≪まぁ、昔話は勘弁してやろう。≫


「べええぇぇぇぇぇぇ!」


うろたえたカプリオはのっぺりとした顔からこれでもかというくらいに赤い舌を伸ばすけど、水色の魔晶石で届けられるのは声だけなので、当然ソンドシタ様には見えてない。


≪話を戻すと、グルコマにも言ったのだが、ワレにはその力を如何こうする事はできない。≫


グルコマ様がソンドシタ様に会いに行った目的も『勇者の力』を手放すためだった。そして、ソンドシタ様はグルコマ様に宿った勇者の力を調べていた。


ドラゴンが作った魔法も人間の神様の作った『ギフト』も魔力を使うけれど、神様が作った『ギフト』は複雑で真似をするのは難しいらしい。例えばボクの『失せ物問い』も、どうやって目的の物を探すのか全く見当もつかないのだそうだ。似たような物を作れるか試しているみたいだけど。


構造が解らなくて同じものを作れないから、下手に手を出すと相手の体を傷付けてしまう可能性があるのだそうだ。


「そんな…。」


どんな事でもできるドラゴンの協力があれば、いつも祈りの言葉を聞くような不便な生活をしないで済むと思っていたのに。上手くいけば声を聞かずに、力だけ取り出せる方法も見つかるかもしれないとさえ期待していた。そうすれば、誰かが勇者の力を欲しがってくれるよね。


「ドラゴンでもダメッスか。」

「しょうがねえよ。」

「また他の方法を探そうぜ。」


がっくりとうなだれるボクにヴァロアとアグドとジルが慰めてくれていると、大きな黒い影が差した。何の影かと顔を上げると魔王がボクを見下ろしていた。


「ワシにちょっとした考えがある。」



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次回:可哀そうな『門番さん』


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