声援
第12章:勇者なんて怖くないんだ。
--『声援』--
あらすじ:魔王がダンジョンからの出口を作ってくれた。
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魔王の作った石の扉から外に出ると、空にはすでに星が瞬いていた。満点の星空の下に焚火がひとつ。ヴァロアとアグドとカプリオと姫様と2頭の魔獣と樹王。そして、勇者アンクスに戦士ライダルに魔法使いウルセブ。みんなが焚火に集まってひとつの鍋を囲んで笑い合っていた。
「おかえりっス!兄さん。」
耳の良いヴァロアがいち早くボクに気付いて満面の笑顔で手を振った。みんなもヴァロアの声で振り向いてたちまちボクは注目の的になってしまった。
「ただいま。」
「いったいどうなってるんだ?」
集まる視線にぎこちない笑顔になりながら、ボクは辛うじて挨拶を返すけど、ジルは今の状況が信じられないようで疑問の声を上げた。
ボクが魔脈のダンジョンに入る前は、勇者一行と戦っていたんだよね。あんなことがあったのに一つの鍋から食事をして笑い合っているなんて信じられないよね。愛想の無かった勇者アンクスまで笑っているんだ。
「兄さんが居なくなってから3日も経ってるッス。」
「3日?」
ダンジョンの中でかなりの時間を過ごしたと思っていたけれど、3日も経っているとは思わなかった。お腹が空いておやつに持っていた干し肉を齧ったけれど、眠くなる前に魔王を見つけられたと思っていたんだ。
「すまんな。まだダンジョンが安定していないようで、時間の流れが食い違ったようだ。」
背後から謝罪されて振り返ると、樹王の大木の根元に開かれた石の扉の前に、今まで見てきた魔族の中でもひときわ大きい、魔族がひとり立っていた。
「お父様!」
白い姫様が大きな魔族に駆け寄ると、大きな魔族はしゃがんで姫様を迎え入れる。白と黒の2頭の魔獣も寄り添っているのだから、この大きな魔族が魔王で間違いないんだと思う。いやいやいや、どうして小さくなっているのかな。3階よりも大きかったじゃない。
「娘をこうやって抱けるとは思っていなかった。」
「私もよ。ああ、お母様に見せてあげたかった。」
魔王は飛びついてきた姫様を抱きしめて優しく白い髪を撫でた。魔王に取り付いていたたくさんの魂を『愚者の剣』で切り離したことで、元の姿に戻ることができたらしい。小さくなった魔王は以前より細くなって優しくなったように見える。
「ああ、アイツもこうやって抱きしめられればどんなに良かったか。」
3階よりも体が大きかった魔王では抱きしめることもできなかったんだね。太い丸太のような指で小さな姫様の頭を撫でていたら首がぽっきりと折れていしまいそうだったもの。
「さあ、兄さんはこっちッス。ジル姐さんも来るッス。飯の用意ができてるッス。」
「あ、ああ。どうしてオレの名を?」
「カプリオに聞いたッス。ずっと隠れていたなんてズルいッス。いけずッス。」
ヴァロアが手を引いて焚火の前にボク達を促した。ジルは自分の名前を呼ばれて面食らっていたけれど、この中でジルの存在を知っているのは魔道具の魔獣のカプリオだけだ。彼がみんなに上手く説明していてくれたみたいで、ジルもすぐに受け入れてもらえた。
ボクとジルがアグドの用意してくれた椅子に座ると、ウルセブが具のたっぷり入ったスープを手渡してくれた。チロルの肉と色々な野菜や豆が入れられたスープはイモでとろみを出していて熱かったけれど、お腹が空いていたボクに優しく染みる。
「うむ。こうやって普通にメシが食えるのはいつ以来か。」
「いつも、みんなの食べ物が無くなるからって遠慮していたものね。」
姫様と感動の抱擁を果たした魔王も椅子に座ってスープを受け取っていた。体が大きかった時はこんなに手の込んだ料理をお腹いっぱい食べる難しかったみたいで、一口一口噛みしめていた。体の大きかった頃は、チロルの丸焼きも小さすぎたものね。
ボク達ががつがつとスープを食べている間に、ヴァロアとアグドが代わる代わる今までの出来事を話してくれた。
ボクが魔王の眉間を『愚者の剣』で突き刺した後、ボクの体は魔王の体に吸い込まれるように消えて、その魔王の体も他の魔族や魔獣と同じようにぐずぐずと崩れて地面に染みこんでいってしまった。魔王の娘である白い姫様は取り乱し、ヴァロアとアグドもボク達を探したそうだ。
どこを探しても見つからないので、アグドが本格的に地面を掘り返しそうとした時、姫様がいつも連れている黒い魔獣が白い魔獣に寄り添われて魔王の森から戻ってきた。
「黒い魔獣が教えてくれたっス。兄さんたちは無事だって。だから、自分達はここで兄さん達を待つことにしたッス。」
黒い魔獣は魔王と対になる魔獣だから、魔王が魔脈の澱の中で静かに眠っていて、その近くにボク達がいる事が何となく解っていたのだそうだ。それから、ヴァロア達は交代で帰りを待つことにした。ボク達が戻ってきた時に困らないように。
話を聞いた戦士ライダルと魔法使いウルセブも手伝ってくれたらしい。
「その椅子はオレの自信作だぜ。」
「料理を作れる者が誰もいなくてのぉ。」
手の空いた人はカプリオの村の畑に食べ物を取りに行ったり、みんなが過ごしやすいように木を切ってテーブルや椅子を作ったりして過ごしていた。雨露を避けられるように小屋まで立てていたんだから驚きだ。
「アンクスも?」
勇者アンクスは最初に会った時から乱暴だったし、最後は剣を交えていて、ボクが頭突きして気絶させてしまったんだよね。だから、彼がボクを待っているとは思わなかったし、ヴァロアを助けてくれているとは想像もしなかった。
「一番働いてくれたっス。村の家や畑を整理して、このチロルもアンクスが捕ったッス。」
ヴァロアに褒められて、照れて鼻を掻くアンクスは、勇者の力を失っていた。アンクスからでてきてボクに入ってきた白い光が勇者の力のすべてだったらしい。
勇者の力を失ったアンクスは毒気が抜かれたように人が変わったそうだ。
たくさんの人の祈りを受け取って力に変える勇者の力は、たくさんの人の祈りの声を勇者になった人に届ける。それは勇者になった人を励ましてくれるけれど、期待に応えさせるための大きなプレッシャーにもなっていた。
考えないようにしていても不意に勇者を称える声が聞こえてきたり、『憎い魔王を倒して』と恨みのような言葉も聞こえてきて、無理をして潰れそうにもなっていたそうだ。どれだけ耳を塞いでも、みんなの願いを叶えるように強制してくる。
まるで呪いのように。
「オマエのおかげで助かったぜ。いやあ、やっぱり聞こえないって良いよな。ありがとうよ。」
これまでは死ぬ以外に勇者の力を手放した例は無いみたいで、アンクスも一縷の望みをかけて魔王を倒そうとしていたそうだ。それも勇者の力から解放されるためだった。だけど、勇者の力は消えなかったし、魔王も生きていた。だから、何度も魔王を倒そうとしていたんだね。
いやいやいや、これからボクも同じように祈りの言葉が頭に響いてくるんだよね?剣の扱い方もロクに学んでいないし、『ギフト』だって争いに向いてないボクに、勇者の力が宿ってもしょうがないんだけど。それに、何度も助けてもらった魔王を倒す気なんてこれっぽっちも無いんだけど。
(勇者様!頑張って!)
(お父さんの仇を討って!)
(魔王を倒してくれ!)
頭の中に勇者を望む声が響く。
これからずっとこの声に悩まされる日々が続くって事だよね。
「それと、悪かったな。その、出会った時から乱暴にしてしまって。オマエは魔王を倒すよりもずっと大切な事を教えてくれた。あの王宮占い師は間違ってなかったんだな。」
血の気が引いているボクにアンクスは早口に言うと、返事を待たずに小屋に入ってしまったんだ。
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次回:負けるための『勝負』




